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番外編 『犯罪時刻』

犯罪者は、

それを遊びと呼んだ。


笑っているうちは、

ただの冗談。


逆らった瞬間、

それは「嫌がらせ」になる。


人が壊れるまで続けて、


壊れた人間を指差して、

「公の場で裁こう」と言う。


そして最後には、


傷つけられた者のほうを、

反社会的だと呼ぶ。


——なんて、

よくできた茶番だ。

ジェレが喫茶店内のテレビの電源を入れる。


画面に映し出されたのは――『犯罪時刻』という名のテレビ番組だった。


司会を務めるのは、黒髪の坊主頭の男。


彼は二枚の大型タッチパネルの前に立ち、いかにも深刻そうな表情で番組を切り出した。


「先ほど、ネット上における誹謗中傷について触れましたけども……ここで、我々としても触れざるを得ない、最近起きた非常に、とんでもない事件があるんです」


一拍。


「事件の発端となったのは、福田孝宏という当時十八歳の少年。彼はニドホッグにおいて、本村麻里奈さんと、そのお子さんを強姦したうえで殺害したとされています」


その瞬間だった。


ソファ席に座っていた金髪の長髪の男が、眉をひそめた。


そして、露骨に面倒くさそうな顔で手をひらひらと振る。


「ちょ、待ってや兄ちゃん。さっきネットいじめの話してたんちゃうん? どう聞いても殺人事件やんけ。これ、ネットいじめと何の関係があるんや?」


司会者は男のほうを振り返ることなく、タッチパネルへ視線を向けた。


「はい。確かに、これは極めて非人道的な殺人事件です」


そこで一度、言葉を切る。


「ですが――恐ろしいのは、ここからなんです」


その隣。


パーカー姿の黒髪坊主の黒人男性が、両手を広げながら首を横に振った。


「Man! 俺、まだ分からんど! これがネットいじめと、どげん関係しちょっと!?」


司会者はわずかに笑みを浮かべ、手のひらを向ける。


「まあまあ、まだ続きがありますから。そんなに急がないでくださいよ」


すると。


部屋の隅に座っていた、黒髪のセンターパートに小さな口髭を生やした男が、震える手で眼鏡を外した。


そして、静かな声で告げる。


「……続きを聞かせてください」


司会者は頷いた。


次の瞬間、背後の大型スクリーンへ映像が切り替わる。


「福田孝宏は出所後、その活動拠点をフェンリルへと移しました。そして、ヴァルキリーにいる特定の人物を標的とし、長期間にわたるネット上での嫌がらせを行ったとされています」


画面には、福田孝宏の出所後の行動を示す簡易年表が表示される。


「つまり――これら一連のネット暴力事件の背後にいた人物こそ、福田孝宏だったというわけです」


金髪の長髪の男が、驚いたように身を乗り出す。


目が大きく見開かれた。


「待ってや兄ちゃん。ニドホッグであんだけのことやったあと、死刑にもならんと、今度はフェンリルまで行ってネットいじめしとったんか!?」


司会者は肩をすくめる。


「SODAYO」


「そこ肯定するんかい!」


黒髪坊主の黒人男性が、信じられないといった様子で太腿を叩いた。


「Man! 三か国またいで犯罪やっとるやん! 法律の網、破れちょらん!?」


司会者は先ほどまでの笑みを消し、真顔になる。


「それだけではありません。彼にはヴァルキリーにおいて、暴行事件で服役した記録もあります」


黒髪センターパートの男は腕を組み、鋭い視線を向けた。


「彼の生い立ちについて、詳しく説明していただけますか?」


「もちろんです」


司会者はタッチパネルへ戻り、画面に表示された年表を指差す。


「福田孝宏は、北元1981年、ニドホッグ土山県光明市に生まれました。幼少期、両親の離婚をきっかけに母親から見捨てられ、その後は父親から長期的な家庭内暴力を受けていたとされています」


画面には幼少期から青年期までの経歴が表示されていく。


「このような、典型的とも言える『成長の悲劇』について、阿道夫さん。あなたはどう見ますか?」


阿道夫と呼ばれた男は、ゆっくりと頷いた。


そして、まるで専門家のような落ち着いた口調で語り始める。


「幼少期に見捨てられ、さらに長期間にわたって家庭内暴力を受けた。その経験が、彼の中に母親という存在そのものへの、偏執的な怨恨を形成したのでしょう」


眼鏡を置いたテーブルへ一瞬だけ目を向ける。


「成長における重要な時期に、正しい教育を受ける機会を失った。そして、暴力こそが対立を解決する唯一の手段であると信じるようになった」


静かな声だった。


だからこそ、妙に説得力がある。


「このような歪んだ精神性の形成は――まさに、教科書に載せてもいいほど典型的な社会病理と言えるでしょう」


金髪の長髪の男が、机を軽く叩いた。


「せやけど兄ちゃん! それやったら余計に分からんわ! そいつ、いったいどないしてニドホッグを出て、ヴァルキリーやらフェンリルやらまで国境越えて逃げ回れたんや!?」


司会者は両手を広げた。


「そこには、当時のニドホッグに存在していた法制度上の抜け穴と、彼の家庭が持つ影響力が関係しています」


黒髪坊主の男が、鼻で笑う。


「Man! そげんことまでして逃げられたんなら、親父は相当なコネ持っちょったんじゃなかと?」


司会者は力強く頷いた。


「SODAYO」


「またそれか!」


「そして、当時の判決も非常に軽いものでした」


司会者は画面を切り替える。


「福田は当時、ちょうど十八歳。弁護団は『未成年者には更生の可能性がある』という主張を強く押し出し、結果として裁判所の判断も異例なほど寛大なものとなりました」


一呼吸。


「そして、わずか二、三年ほどの服役で仮釈放されています」


黒髪坊主の男は眉をひそめた。


「Man! 俺の知っちょる限りじゃ、ニドホッグはどんだけ重か判決でも、死刑までは行かんじゃろ?」


司会者は彼を見る。


「その通りです、ブライアンさん」


そして、画面を指差す。


「ですが彼は、『未成年者保護』という制度上の盾を利用した。結果として、法律の境界線を巧妙にすり抜けながら活動することが可能になったわけです」


金髪の長髪の男は顎に手を添えた。


「ほな、実際にネット上ではどないな嫌がらせをしとったんや?」


司会者は犯罪手口をまとめた図へ画面を切り替える。


「基本的な手口としては、まず相手の過去のアカウントを徹底的に掘り返し、写真や個人情報を収集する」


画面に次々と手口が表示される。


「そして、Photoshopなどを利用して裸の合成画像を作成し、それを本人へ直接送りつける」


さらに画面が切り替わる。


「加えて、いわゆる人肉検索を行い、『COAT CLUB:迫真フェイスブック部』において、対象者の個人情報や交通事故に関する裁判記録まで公開する」


司会者は淡々と続ける。


「さらに過去の発言を意図的に切り取り、文脈を無視した形で拡散する。それによって対象者の名誉を傷つけ、悪質な噂を流布していたとされています」


阿道夫が、ふっと鼻で笑った。


「もう2026年ですよね」


静かに眼鏡を掛け直す。


「彼が最初に犯罪を犯したのは1999年。これほど長期間にわたって犯罪行為を継続できたということは……服役中に法律について学び、いわば半分ほど法律家になっていたのかもしれませんね」


司会者は満足そうに頷いた。


「その通りです、阿道夫さん」


そして画面を切り替える。


「彼がその後フェンリルへ移住した理由も、国境をまたぐことで生じる管轄権のグレーゾーンを利用するためだったと考えられています」


画面には、ヴァルキリーとフェンリルの位置関係が表示される。


「そして彼が標的としていたのは、誰でもよかったわけではありません」


司会者の指が、画面上の一つの名前を指す。


「『COAT CLUB:迫真フェイスブック部』に所属し、過去に管理人と対立した経験のあるメンバーたち。彼はそうした人物を狙って嫌がらせを行っていました」


金髪の長髪の男が眉を上げる。


「……自分を英雄にでも見せたかったんか?」


阿道夫は眼鏡を押し上げ、専門家然とした口調で答える。


「これもまた、典型的な愛情不足の子供に見られる行動でしょう」


一拍。


「福田の中に形成された認識は、『暴力こそが唯一の発散手段である』というものだった」


「しかし、現実の暴力には法律という制約が存在する」


阿道夫は淡々と続ける。


「だからこそ彼は、今度は『私刑による正義の執行』という大義名分を掲げ、ネット上で暴力を振るうことで、自らの内側にある空虚さを埋めようとしたのでしょう」


司会者も頷く。


「その通りです」


そして、再び画面を切り替える。


「彼がフェンリルから国境を越えてヴァルキリー人を攻撃していたのも、法的な制裁から逃れるためだったと考えられています」


黒髪坊主の男が鼻を鳴らす。


「Man! そいはほんに卑怯なやり方じゃな。……まあ、本人からすりゃ『賢いやり方』っちゅうことなんじゃろうけど」


司会者は話を続ける。


「ちなみに、彼が使用していたハンドルネームにも、ある意味では興味深い特徴があります」


画面に表示される。


『上官普京』


「彼はこの名前を、社内――ではなく、グループ内部の対立人物たちの姓を組み合わせ、さらに最近起きた『ロエ戦争』において指導者となったロキの名前を組み合わせて作ったとされています」


金髪の長髪の男は、困惑した顔で髪を掻いた。


「兄ちゃん、ワイにはさっぱり分からんわ。自分を正義の味方みたいに見せたがっとる奴が、なんで戦争を始めた側の名前を使うんや?」


司会者は苦笑する。


「それについては……おそらく本人にしか分からないでしょう」


肩をすくめる。


「このアカウントは、あくまで自分を善良な第三者に見せるための盾だったとも考えられます。彼は複数の偽アカウントを使い分けながら嫌がらせを繰り返していた」


そして、最後に一つの肩書きを表示する。


「さらに彼自身が『COAT CLUB:迫真フェイスブック部』の管理人だった」


司会者の表情が曇る。


「その立場まで利用した結果――彼は、ほとんど無敵に近い状態になっていたわけです」


その瞬間。


黒髪坊主の男が、勢いよく机を叩いた。


「MAN! ほんなら、最後はいったいどげんして捕まったと!?」


司会者の表情が、一気に重くなる。


「……被害者が、長期間にわたる嫌がらせに耐え切れず、自ら命を絶った」


スタジオの空気が止まる。


「それをきっかけに世論の圧力が一気に高まり、警察が捜査を開始。そこから彼の正体が突き止められ、ようやく逮捕へと至りました」


阿道夫は冷たい目で画面を見る。


「……それは、確かに憤りを覚える話ですね」


そして、静かに続ける。


「福田孝宏がどれほど不幸な過去を経験していたとしても――彼に同情する理由にはならないでしょう」


司会者は最後の証拠資料へと画面を切り替えた。


そこには、いくつかのアカウント名と投稿内容が表示されている。


「ここで興味深いのは、彼が被害者を攻撃する際、頻繁に『重度AI使用者』あるいは『AIガキ』といった言葉を使っていたことです」


司会者は、ある一つのアカウント名を指差す。


「ところが――彼自身が使用していた偽アカウントの一つ、『司馬原神』」


一拍。


「このアカウントは、他人の画像を無断で使用し、それをAIに取り込んで加工したとして、かつてイラスト関連のコミュニティで問題視されたことがあります」


黒髪坊主の男が、両手を大きく広げる。


「Man! What can I say!? 結局そいつ、他人のほうが自分より成功しちょるんが、ただ妬ましかっただけじゃなかと!?」


金髪の長髪の男は眉をひそめる。


「せやけど、そのグループの他の管理人にも問題あったんちゃうん? なんで、そんな奴を管理人にしとったんや?」


司会者は深いため息をついた。


「ええ……その中には、『大維・雷路谷』という人物もいました」


画面に、その名前が表示される。


「彼もまた、被害者に対して非常に攻撃的な態度を取っていた人物です」


金髪の長髪の男の表情が変わる。


「……まさか」


司会者は、ゆっくりと頷いた。


「はい」


そして、静かに告げる。


「彼こそ、ヴァルキリー新南省中学校で発生した、喉を切り裂く殺人事件――いわゆる『喉切り事件』の主犯、『郭秉紳』です」


黒髪坊主の男は、思わず息を呑んだ。


「……Man」


しばしの沈黙。


「そげな連中が管理しちょるグループ……まるで犯罪者の巣窟じゃなか」


司会者は重々しく頷いた。


「その通りです」


画面には、事件の関係図が表示される。


「『上官普京』による複数アカウントを利用した嫌がらせ。そして、『大維・雷路谷』による虚偽の公開説明を装った悪質なデマ」


線が次々と繋がっていく。


「それらが重なり合った結果、被害者は最終的に追い詰められ、逃げ場を失ってしまったのです」


金髪の長髪の男は、力なく首を横に振る。


「……一人きりの被害者より、グループ全体を管理しとる社長のほうを、メンバーは信じてまうんやろな……」


阿道夫も、静かに言葉を継ぐ。


「ええ」


眼鏡の奥の目が細められる。


「誰も、自分たちとは異なる少数者の苦しみを理解しようとはしない」


そして、わずかに間を置く。


「だからこそ――犯罪者によって支配される、このような独裁的なグループが生まれるのでしょう」


黒髪坊主の男が、寂しげに画面を見つめる。


「Man……なんちゅう悲しか話じゃ」


そして、司会者へ視線を向ける。


「そいで、その犯罪者どもは今、どげんしちょる?」


司会者は正面のカメラへ向き直った。


一瞬だけ、スタジオに静寂が落ちる。


そして。


「現在、彼らは全員、再び刑務所へ収監されています」


司会者は、最後まで真剣な表情を崩さない。


「今後、法に則った厳正な処罰が行われること。そして、亡くなられた方が安らかに眠れることを願います」


深く一礼。


「そして――このような事件が、二度と繰り返されないことを願うばかりです」


カメラが少し引く。


司会者は、最後に穏やかな笑顔を浮かべた。


「それでは、本日の『犯罪時刻』はここまでです」


「ご視聴、ありがとうございました」


一拍。


「司会の田所でした。また次回、お会いしましょう」

権力を持つ加害者ほど、

無実の顔をする。


切り取った言葉を並べて、

都合のいい物語を作る。


誰かを辱めることを、

「誤解を解いている」と言い換える。


そして、


偽りの正義が

ひとりの人間を踏み潰すのを、


ただ黙って、

見ている。

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