表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウンディーネシリーズIF コモ湖殺人事件  作者: 咲佐きさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/19

第八話

 取調室の椅子に深く腰掛け足を組んだセデュイールの平然とした様子はまるでカフェで人を待っているかのような風情だ。嫌なものを感じつつラヴィックは隅に腰掛ける。人を殺しておいてこういう態度をするやつは、サイコパスの快楽殺人犯か、まともな会話の成立しない、頭のネジが緩んでいるような輩だ。一体どんな証言が飛び出すのやら…。

「画家を殺したのは君だと言ったそうだね。間違いはないかね?」

 面前に掛けたマリウスに尋ねられたセデュイールは冷然と相手を見返し、淡々と言葉を紡ぐ。

「ルーシュミネ・リーヴェを解放しろ。今すぐに。それが真実を語る条件だ」

「条件? 交渉しようと言うのかね。殺人犯にそんな権利があるとでも?」

「それはあなたがたが決めることだ。ルーを解放しないなら私は何も喋らない」

「ルーシュミネ・リーヴェは重要参考人だ。まだ確たる証言も得られていない。今やつを解放することはできないな」

「殺したのは私だと言っただろう。ルーは何も関係がない。無関係の人間を長時間拘束しむりやり自白を引き出すのが警察のやり口か? 精神的に追い詰めて、逃げ場をなくさせようとでもしているのか? 愚かで卑劣なやり方だな」

「殺人野郎が、何を…ッ」

 思わず立ち上がるラヴィックをマリウスが留める。落ち着いて指を顎の前で組んだマリウスは身を乗り出し、セデュイールの怒りを宿した黄金色の瞳を見つめる。

「まず、話してくれないか。その発言の如何によって、リーヴェ君を解放してもよいと判断できるかもしれない」

「まずルーの解放が先だ。それが確認できなければ何も話さないと言っただろう」

 セデュイールはあくまで頑固に主張する。鉄壁のようなその態度には寸分の揺るぎもない。確たる覚悟のようなものを固めているようだ。こういう男は厄介だ、こちらの甘言に惑わされることもなく、人が驚くようなことも平然としてやってのける。

「…ルーシュミネ・リーヴェを解放しよう。監視は付けさせてもらうが。それでいいか」

「ブラス警部!?」

「…あいつがここを出るところを確認させろ」

「いいとも。廊下の窓のところで待っていなさい。君は拘束させてもらうが、構わないね?」

「ああ」

 手錠を掛けられたセデュイールはアネットとラヴィックに付き添われて廊下に出る。

 やがて使用人に付き添われたルーシュミネ・リーヴェが警察署から放逐されるところを、彼は見る。

 憔悴した様子のルーシュミネは幾度も振り返り、そのたびに何かを探すような目を彷徨わせて、終いには警官の乱暴な手によって車に押し込まれる。

 ブウンと車が発進して遠ざかっていくのをじっと見つめるセデュイールの瞳は、地平線を眺める少年のような、郷愁に満ちていた。


「画家を殺したのは私です。私は彼に脅迫されていました。彼はあることから私の性的嗜好を知って、黙っている代わりにと金と身体を要求してきたのです」

 取調室に、セデュイールの淡々とした声が響く。マリウス・ブラス警部は顎の前で指を汲んだまま、それを聞く。

「性的嗜好というのは、画家と同様の?」

「そうです」

「君はそれらを画家に与えたの?」

「絵のモデルとなることを、私は了承しました。だが画家はそれだけでは満足しなかった。ブルースの結婚式のあった日の夜、町で私は画家に遭遇し、画家がルーを厩に連れ込むところを見ました。画家はルーを酔わせて、強姦しようとしていたのです。私は後ろから近づいて、画家を刺しました」

「凶器は?」

「ナイフです。血に濡れたそれを私は湖に捨てました」

「それから?」

「財布を抜き取り、それも湖に捨てました。血の付いた衣服は…ヨットハーバーにいたロマの集団の焚火にくべて燃やしました」

 ラヴィックは顔を上げてマリウスと目を合わせる。男の語る話の、辻褄は合っている。ルーシュミネが怯えていたのは、殺人現場を目撃して動転したからだと考えることもできる。

「君とルーシュミネ・リーヴェとの関係は? 彼は君の愛人だったの?」

「……」

 つらつらと淀みなく、これまでは脚本を読むように流暢に流れていたセデュイールの声がぴたりと止まる。

 冷然とした表情を剥ぎ取られたように、彼は眉間に皺を寄せ、少し俯いて視線を逸らす。

「君が逆上したのは、リーヴェ君が襲われているのを見たせい? 君の愛人であるリーヴェ君を画家に奪われると思ったの?」

「…ルーは関係ありません。あいつはただの居候です。愛人関係などでは、断じてない」

 セデュイールはきっぱりと言い切る。先ほどの性的嗜好の話から推測するといくらか不自然なほどに、きっぱりと。

「…湖の捜索に本腰を入れよう。その夜、焚火をしていたというロマの人相は?」

 マリウスの質問に、再びつらつらと何の感慨もないように語り始めるセデュイールの声を、どこか不可解な音を聞くかのように、ラヴィックは聞いていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ