第七話
目撃証言から重要参考人として拘留されたルーシュミネ・リーヴェは、初めからひどく落ち着かない素振りをしていた。
「お前がやったんだろう」
と聞くと、震えながら首を横に振る。
数日でひどく憔悴して、頼りない肩がより薄くなったように見える。
「お前と殺された画家が一緒にバーを出ていくのを見た者がいる。目撃証言はそこで途絶えている。翌朝画家が死体となって発見されるまで」
「…ぼくじゃありません」
「じゃあ誰だと言うんだね?」
「…それは…知りません」
「君の証言は何から何まで不明瞭だ。曖昧で、不完全だ。自分でもわかっているんだろう? そんなことでは、とても我々を納得させることなどできないよ。…罪を認めれば処罰は軽くなる。正当防衛であれば、裁判で無罪を勝ち取れる可能性も出てくるんだよ」
「……」
何も言えなくなったルーシュミネはふるふると首を横に振る。緑の瞳は潤んで金の睫毛が幾度も瞬く。口紅を塗っていないのにほんのりと薄紅色した唇が蠱惑的で、同性愛者であればなおのこと、彼は垂涎の的となるだろうことを感じる。
――画家に襲われて、身を守るために斬りつけたのか。あるいはレヴォネ氏と共謀して、画家を陥れたのか――
ゆっくり吐かせればいいことだ。この可憐な青年は、既に相当消耗している。警察の圧力に屈して真実を話すようになるまで、そう時間はかからないだろう。
「よく考えるんだ。君のために何が一番良いのか。正直に話すことが、君の身を救うことになるんだよ」
懐柔のターンが終われば、恐喝の番がくる。これを交互に繰り返して、被疑者を追い詰めていくのが、いつもの方法だ。固く閉じた貝殻を無理矢理こじ開けるようにして、隠された真実という名の真珠を見つけるのだ。それが俺たちの仕事だ。無垢な一般市民を守る、警察の役割だ。
「レヴォネ氏とはどういった関係なのかな? 君たちはその、性行為をするような間柄なの?」
「…どうして、そんなこと、きくんですか…」
「レヴォネ氏も、画家と関係があったのだろう。三人で会うようなこともあったのかな? その、三人で致すようなことも?」
「……してません」
「そう? 君はレヴォネ氏の愛人なんだろう? 幼い頃から金銭的な援助を受けていた。彼の求めには逆らえなかったのでは?」
「ちがいます」
「どう違うんだね、具体的に」
「ぼくは…セデュとは、したことありません。知らない女の子たちとはたくさん寝たけど、男の人と寝たことは、一度もありません。セデュだって…男は好きじゃないと、おもいます」
「どうしてそう思うの?」
「だ、って…」
ルーシュミネは唇を噛んで俯く。震える拳をもう一方の手で包み込むようにして震えを抑えている。ここが取調室でなければ、健気で愛らしいと、感じられたことだろう。
「セデュには…婚約者さんが、いるから。だから…」
「君はオリンピア嬢が憎い?」
「……」
ぱくぱくと、餌を求める金魚のように青年は口を開閉させて、やがてぐしゃりと顔を歪めた。
それはマリウスの言葉を肯定しているような、表情だった。
「私たちは夜半にバーを出ました。私と主人は湖畔沿いの別荘に、妹のルージュとそのご主人のロッキーは宿泊中のホテルへとそれぞれ帰ったんです。リーヴェさんのことは、よく知りません。主人のブルースの、先生にあたる方の、遠い親戚だとしか…レヴォネ先生にはとってもよくしていただいたと伺っております。親切で、寛容な、立派な紳士だと…」
これは新婦、パール・トゥルーズの証言。
「――例の日の朝方、ホテルのレストランで声を掛けられました。宿泊客ではなかったようね。一緒に遊ばないかって、軽薄な感じの男だったわ。背が高くて、年はかなり若そうに見えたけど…主人の仲裁が入って、すごすご逃げて行ったから、その後のことは知りません。パーティーにも参加していたようね。声は掛けなかったけど。私たちがバーを出るときにもカウンターにいたとおもうわ。確か…」
これは新婦の実妹、ルージュ・バートンの証言。
様々な証人の証言を元に人物像を組み立てるのも刑事の仕事だ。他にパーティーに参加していた面々から聴取を得たが、ルーシュミネ・リーヴェについて、よい評判は聞かない。軽薄、尻軽、レヴォネ氏に取り付いた疫病神、等々。一方、セデュイール・レヴォネについては、ほとんどの人間が口を極めて絶賛するのだ。唯一彼を口汚く罵っていたのは、バーテンダーのファルコくらいか。
「ああいう、清廉を絵に描いたようなやつが一番怪しいんですよ。刑事サン、第一、地位も名誉も金も女も美貌も何でも持ってるなんて、不自然ですよ…」
――まあこの証言については若干のやっかみが感じられるが。
「セデュイール・レヴォネの出頭はまだか? やつはどこにいる?」
「ルーシュミネを拘束したときに屋敷に行きましたが、不在でしたね。使用人の話では、朝方から家を出ていたそうです。荷物があるので、失踪したとは考えにくいですが…」
「やつにも監視をつけておくんだったな。やつも重要参考人であることに間違いはない…」
既に警察の包囲網が、街をぐるりと囲むように配置されている。犯人の逃亡を防ぐためだ。やつが網にかかるようなら不審な行動をとったとして拘束もできるだろう。…
「警部、取調室に来てください、すぐ!」
バタバタと女性刑事が駆け込んでくる。マリウスとラヴィックは顔を上げて彼女の取り乱したような様子に不穏なものを感じ、腰を浮かせる。
「どうした、アネット、一体何が…」
「レヴォネ氏が出頭しました。ルーシュミネ・リーヴェの拘束を今すぐ解くようにと申し立てています。それと…」
「それと?」
ラヴィックが急き込んで聞き返すと、アネットは一度ごくりと唾を呑みこみ、若干青褪めた顔でマリウスを見上げた、
「――画家を殺したのは自分だと、証言しています」




