第三話
「今日の結婚パーティーはお前にも出席してもらうぞ」
『人に会う』という例の約束から帰って開口一番セデュに宣言され、「うげえ」とルーは蛙のような声で呻いた。
「嫌なんだけど…どうせセレブだらけのパーティーでしょう? 窮屈で退屈なんだもん、話は合わないしさあ…」
「私の外出中、また屋敷を抜け出す気なのだろう。そうはさせない」
「僕の性分なんだから、放っておいてよー。君もほら、たまには外泊したらどうだい? 婚約者サンの別荘とかにさ。婚前交渉なんて今時珍しくもないんだぞう?」
「…やはり首に縄でもつけておくしかないか…」
「こわいこと言わないでよお、冗談だろ? 冗談だよね!?」
わたわたと慌てるルーを見つめるセデュは静かな覚悟を固めたような顔をしている。うすら寒いものを感じたルーは観念して、知らない相手同士の結婚披露パーティーへの参加を了承する。パーティーには別荘地の隣人が大勢参加するらしい。いずれもルーの知らない手合いだ。知っているのは、セデュとオリンピアくらい。もしかしたら、昨夜を共にした黒髪の乙女も旦那と一緒に参加しているかもしれないが…互いに知らぬふりをするのが、礼儀というものだろう。
壇上で、純白のウエディングドレスを着た新婦を新郎が抱き上げ、喝采が起こる。
ライスシャワーが投げられ、夏の盛りに咲き誇る花々が撒かれる。
ルーは歓声を上げる人々を遠巻きに眺めながら隅のテーブル席で杯を干していた。
銀行家だの、政治家だの、どこどこ会社の経営者だの、芸術家だの。一端に名のある人々ばかりのその席で、何者でもないルーは完全に部外者だ。
ちなみにセデュは世界的に名の知られた有名な指揮者で、婚約者はオペラ歌手。いわゆる有名人だ。街を歩いていたら必ず声を掛けられ、サインを強請られるような特別な人種だ。
ぼんやり杯を傾けながらルーの目線は前方のテーブルに座るセデュとオリンピアに注がれる。特別な人たち。世に羨まれるようなセレブ達。ああ、くさくさする。ルーがそこに入り込むことはできない。ルーには何もない。彼らと自分とは違うのだ。
なぜここに来てしまったのだろう。
どうせセデュにはオリンピアがついてる、ルーにばかり注意を払う訳にはいかない。隙を見て抜け出そう。場違いな所にいつまでもいても仕方がない。
今朝ホテルのレストランで声をかけた美少女と、その赤毛の旦那が前の方の席にいるのに内心びびりつつ、ルーは会場を後にした。
披露宴は盛況で、酒を飲んでほろ酔い加減の面々はそのままの勢いで街に繰り出した。着替えた新郎新婦も一緒だ。新郎のブルース(青いメッシュの入った黒髪の青年)は赤毛の小柄な青年と肩を組み、新婦はオレンジ髪の美少女と腕を組んで歩いている。彼らと同世代の20代前半の若者たち、銀行家の子息や政治家の息子、娘たちなどが彼らの後に続く。少し遅れて親世代、名の知られた画家のピエトロ・ゼンの姿もある。わいわい陽気に騒ぎながら彼らは一軒のバーに入っていく。深夜営業のバーには紫煙が燻り、二名のバーテンダーが彼らを迎える。
煙草の匂いの沁みついたカウンター席にはルーがいる。ひとりで抜け出してそこでウイスキーだのスコッチだのを引っ掻けていたのだ。披露宴会場からそのまま顔を出した面々にウンザリしながらルーは席を移動し、片隅に寄る。隣には老画家のピエトロが座った。
「セデュイール、貴方は行かないの? それとも、わたくしと二人きりになりたいのかしら? 今夜は良い夜よ、朝が来るまで飲み明かすのもいいかもね…」
ぞろぞろと街へ出ていく客たちから少し遅れ、オリンピアは婚約者に向けほんのり染まった頬で囁く。
もしかしたらこれは、一気に関係を深めるチャンスかもしれない。彼女の豊満な胸は高鳴る。パーティー会場で水ばかり呷っていたセデュイールは素面だが、眉間に皺を寄せた仏頂面だ。じろりと周囲を睥睨し、疲れたような溜息を漏らす。
「またルーがいなくなった。私はあいつを探しに行く…」
「…あの子も言っていたけど、あの子ももう成人なんだし、そっとしておいてあげたらいかが? いくら貴方が身柄を預かっている子だからと言って、あの子の挙動に貴方が責任を感じる必要はないと思いますわ」
「そういう訳にはいかない。私にはあいつを守る義務がある」
「あの子が望まないとしても?」
「……」
セデュイールは街灯の下で首を横に振る。拒絶の姿勢だ。いつになっても踏み込ませてもらえない距離をオリンピアは彼に感じる。そんなにあの子が、と言いかけた言葉は飲み込む。それは口にしてはいけない思いだ。口にしたら、彼に自覚させてしまうかもしれない。それはあってはならない感情だ。糾弾されるべき、神に背くような感情だ。
だから彼女は口を噤む。振り向いてくれないつれない男をじっと見つめる。
「わたくしも、手伝いますわ、セデュイール」
「君にそんな苦労は掛けられない。私はひとりで大丈夫だよ。Ci vediamo domani.エンリコ、彼女を屋敷へ連れて行ってくれ」
「畏まりました。さ、お嬢様、こちらへ」
いつでも影のようにオリンピアに付き従っている執事が彼女の手をとり車へと促す。名残惜し気にじっと見つめる彼女の目線の先で、セデュイールは闇に向かって歩き出していた。




