第十九話
その夜は、バレット家の別荘での夜会が開かれていた。
結婚披露パーティーから3週間が過ぎ、すっかり主婦然としたパールが客を迎え入れる。
警察関係者、管理会社の面々、探偵やその助手、ルーシュミネの姿もある。また、証拠不十分で釈放された、マルセルの姿も。
捜査は停滞したままだが、一度改めて状況の整理をしようと探偵が申し出たのだ。シャンデリアが輝く広間では楽団がカンツォーネを奏でている。演奏されるのは『アルディラ』。堂々とした女性歌手が喉を震わせ、会場に華やかさを添える。
シャンパンを片手に壁の隅にいたブラス警部に、ルーシュミネが近寄る。
今夜の彼は黒のタキシードを着て胸元に赤いバラを一凛差している。編み込まれた長いブロンドが背に揺れて、一段と清楚で可憐な佇まいだ。
「警部さん、…お話が、あります」
「ふむ」
「客間に、来てください」
青褪めたように見える深刻な白皙が告げる。マリウス・ブラス警部はラヴィックと顔を見あわせ、頷いて彼の後に従う。
広間ではパールとブルースが揺れている。幸福の絶頂で他に何も目に入らないかのような二人を尻目に、3人は客間へ向かった。
客間には探偵とその助手、マルセル、ロレンツォ、ロッキー、チャーリー、ウエイトレスが既に揃っていた。
マントルピースの前でシャンパングラスを掲げた探偵に迎えられ、マリウス・ブラス警部は鼻を鳴らした。
「どうしたどうした、こいつは一体どういうわけだ?」
「みなさんにも、聞いていただきたいんです」
ルーシュミネは緊張に声を震わせながら、探偵の横に立つ。彼はここにいないセデュイールを想う。薄暗く狭い留置所で、鉄格子の窓から星を眺めているはずのセデュイールを。
「あの晩にあったことを、お話しします。ぼくの身に起こったことを…あの晩のぼくと、セデュのことを」
ルーシュミネの途切れがちな拙い言葉が止まり、マリウス・ブラス警部はラヴィックと無言で目を合わせる。
ファルコの店で出された酒で意識が朦朧とし、厩で画家に襲われる。マルセルが陥ったのと、まったく同じ状況だ。
「――おそらく二人は共謀していたのでしょうな。バーテンダーが酒に睡眠薬を混ぜ、画家が厩に連れ込む。管理会社の周辺は、夜はあまり人通りがないですから、ちょうどよい放蕩の場となっていたのでしょう」
「なるほど。あり得る話だな」
頷くマリウス・ブラス警部に向かい、にんまりと笑った探偵は人差し指を一本ピンと立てる。
「ところがここで、ひとつ厄介な問題が生じてきます。画家とバーテンダーが、親しくしているところを見た人間は私の知るところでは誰もいない。そうですな? アジャーニ嬢」
探偵はカフェ『ブエナ・ヴィスタ』のウエイトレスに同意を求め、彼女は頷く。
「代わりに、彼らふたりと懇意にいていた人間がこの部屋にはいる。それはどなたですかな? アジャーニ嬢」
「…ロレンツォ君、です」
名指されたロレンツォは、客間中の人間の視線を浴びても顔色を変えない。平然と肘掛け椅子に凭れ掛かっている。
「これは私の推測ですが。ロレンツォ君は、画家とバーテンダー、ふたりの仲介役のようなことをされていたのではないですか? ターゲットを見つけた君が誘い出し、ファルコの混ぜた睡眠薬入りの酒を飲ませて、金と引き換えに画家に引き渡す。厩を使用したのは、そこが夜には閑散とすることを、君が知っていたからなのでは?」
「……」
「あの晩、画家が殺された晩です。君は画家と揉めて、画家を殺害した。凶器を眠っているリーヴェ君に持たせて、そこを抜け出した。彼に罪を着せるためにね。その後のことは、ご存じのとおりです。無罪であるリーヴェ君を庇って、レヴォネ氏は逮捕された。ロレンツォ君はほっとしたことでしょうねえ。しかし事件はそれだけでは終わらなかった。画家殺害の件を嗅ぎつけたファルコが君を脅し、君は二度目の殺人を行った。奇しくも同じ、厩の中で――」
「ちょっといいですか?」
嘲笑じみたものを唇に浮かべ、ロレンツォが手を挙げる。探偵に促された彼は肘掛け椅子に座り直し、頬杖をついて探偵を睨みつける。
「さっきから黙って聞いていれば、なにもかも憶測、推理、推測じゃないですか。証拠なんてひとつもない。そうじゃないですか? 酷い侮辱だ。名誉棄損だ。ボクがやったって言うんなら、今すぐその証明をしてくださいよ。今ここで!」
「それはまア、警部さんたちが調べてくれることでしょう。君の交友関係、銀行口座から、君の家の軒下まで、隈なくね…」
「おい、」
「はいっ」
警部に促されたラヴィックが席を立ち、バタバタと出口に向かう。令状を請求し、ロレンツォの自宅の家宅捜査を開始するためだ。
ロレンツォはばっと立ち上がる。キッとルーシュミネを睨みつけ、掴みかかろうとする彼の腕をバロットが制す。
バロットによって肘掛け椅子に無理やり抑え込まれたロレンツォは、憎しみを漲らせた目を見開いて咆哮する。
「あなたのせいだ、ボクは悪くない! ぜんぶあなたのせいなんだッ…」
愕然とこちらを見つめるルーシュミネの、緑の瞳が憎い。悪い事なんて何も知らないような、無垢に見える赤い唇が憎い。引き裂いて、めちゃめちゃにしてやりたい。ロレンツォは手を伸ばす。彼の掴むことのできなかった夢の中に、ルーはいた。求めても求めても、ロレンツォが得られなかったものを、ルーは既に手にしていたのだ。




