第十三話
厩の周囲には関係者以外立入禁止の表示がされ、数人の警官に車を留められる。
「私は探偵だよ。ノエル・フォンダリだ。君らのところの刑事さん、マリウス・ブラス警部に聞いてくれたまえ。私の御許は保証してくれるはずだよ」
「はいはい、わかりましたからこの先に入らないで。一般市民の立ち入りは禁止していまーす」
「探偵だと言っているじゃないかね!?」
フォンダリの絶叫むなしく、要望は聞き届けられず、車は再びトンボ帰りする。これは夜に紛れてでも潜入しないと無理っぽいな。まあ事件があったのは夜だから、臨場感があると考えりゃいいか…。
「また夜に来ましょ、フォンダリの旦那。厩の中の構造については、詳しく話してくれますね、ルーシュミネさん」
バロットに問われたルーシュミネはこくこくと頷く。セデュを救い出すための第一歩だ。なんでもする気で、ルーシュミネは掌を握りしめる。拳は汗でぬめっている。あの夜の血の感触を思い出して、ぞっと悪寒が走り抜けた。
「セデュイールが殺人ですって!? 何かの間違いよ、そうに決まってる! 刑事はどこ!? 今すぐ弁明を述べなさい。無実の彼を拘束した言い訳を! 保釈金はいくらなの!? いくらでも出すわ、彼に会わせて!!」
警察署の前で、オペラ仕込みのよく通る声が喚きたてる。混乱しているのか、若干支離滅裂だ。女性警官に引き止められてもその手を振り解き、マリウスに掴みかからんばかりの勢いだ。
「お嬢さん、やつは自分から自白したんですよ。罪を認めたんです。殺人、死体遺棄、凶器と証拠品の隠蔽。これだけやって、無実ってことはねえでしょ…」
「だーかーらー、それが間違いだと言っているの! 彼は誰かに嵌められたのよ。彼が凡てを持っているものだから、羨まれて…金も美貌も、地位もわたくしも…」
「その線も考えましたがね。まあやつの申し立てが、いちいち微に入り細を穿っているもんで…第一、無実の人間が自分から署まで出向いて、告白するなんて馬鹿なことをしでかすとお思いで? セレブであるレヴォネが、留置所の臭い飯を食いたくてここに来たとでも?」
「ありえますわ。あのひとは時折そういった、エキセントリックな真似をなさるんですもの…」
「…あんたはそんな異常者のどこにそこまで惚れ込んでるんですかね…」
心底疑問だという表情で呟く傍らのラヴィックを肘で小突いて、マリウスは乙女に向き直る。
愛する男のために危険を顧みず(?)警察署に乗り込んできた勇敢な乙女に、現実を突きつける。
「新たな事実でも明らかにならない限り、やつを釈放するのは難しいでしょうな。なにしろ他に目ぼしいやつがいない。レヴォネはおそらく、やっています。証言の整合性もとれている。お嬢さんには残念なことですが――」
マリウスが言い終わる前に、「ああっ」とため息のような音を吐いて乙女は失神する。倒れ込む彼女は傍らに付き添っていた執事ががっしり抱きとめる。
「お嬢様、お気を確かに」
「…破滅ですわ、破綻ですわ…お父様はセデュイールを許さないでしょう。婚約は解消されてしまうわ…10年も、あのひとを待ち続けてきたのに…」
「そのわりにちょいちょい浮気してましたけどね」
「黙りなさいエンリコ! ああっ、なんて可哀想なわたくし…世の少女たちの羨望を一身に受ける存在から、絶望の淵へと転落するなんて…悲劇のヒロインとはまさにわたくしの代名詞なのね…」
芝居がかった仕草で泣き濡れる乙女は執事が回収し、てきぱきと車に乗せて振り返りもせずに去っていく。
「…嵐みたいでしたね、彼女…」
ラヴィックの呆れたような声に、マリウスは苦笑して肩を竦めた。
夜半まで岬の家で現場の詳細を書き起こしたりなどして過ごし、夜が更けてから再度犯行現場へ向かう。
今回のメンバーは、探偵と助手のバロット、依頼人のルーシュミネとボディガード(?)のロッキーだ。ブルースは一足先に別荘に戻った。ガタガタ揺れる車内で手すりに捕まりながらロッキーは眉を顰める。
「警察の捜査で見つからなかったもんが、探偵に見つかるなんてことあるのかねエ? あんたの腕を信頼してないわけじゃねえが、現実的に考えてよオ…」
「何を仰る! なぜ、何のために、わたしたち探偵が存在していると思っているのです! 事件の影に蠢く無数の闇…しがらみ…陰謀…そういったものから自由である我々こそが、真実を見極める目を持っているということがわからないのですかな!?」
「そろそろ着きますよー。あ、また跳ねるんで口閉じてください。舌噛みますよ」
夜の道に街灯はない。閑散とした通りに車のヘッドライトが闇を切り裂いて奔る。
車内で益体もない口論を始めるロッキーと探偵を適当に諫めてバロットはハンドルを切った。
犯行現場には相変わらず、立入禁止の表示があったが、昼間とは違い警察の姿はない。
ここは調べ尽くして、また別の場所を当たっているのかもしれない。好都合だ。
ぐるりと厩を囲うように巻かれたテープを跨いで4人は現場に向かう。灯りは、先頭のバロットが灯す懐中電灯の光のみだ。
足元を照らしながら漫ろ歩く。厩の奥にいた3頭の馬が身震いしブルルと荒い鼻息を零す。入口付近にはこんもりとした飼葉が積んであり、灯りに照らされたそれが赤く染まっているのが見える。
「ここで貴方は目覚めて、身体の上に画家が載っていた、と…」
「…はい」
探偵の物思わし気な声にルーシュミネの沈んだ声が応える。
「凶器は?」
「床に落としてしまって…ナイフです。たしか…」
「警察が押収したんじゃないすか? でもあんたが疑われてないってことは、指紋とか付いてなかったってことすかね? 手袋か何かしてました?」
探偵に、つづいてバロットに問われてルーシュミネは惑うような目を上げる。
「…セデュが、始末するからって、言って…」
「…証拠隠蔽かア。まああいつも犯罪の片棒担いでるってこったな」
まるきり他人事のロッキーが腕を頭の後ろで組んで嘯く。ルーシュミネは唇を噛んでまた目を伏せる。警察署に囚われたままのセデュイールの身を案じているのだろう。
「この厩の中を捜索しよう。他に何か遺留品があるかもしれない」
「警察がもうそのへんはやっちまってるんじゃねえすかね?」
探偵の決然とした声にぶつぶつ文句を言いつつ懐中電灯をぐるりと厩に回したバロットは、ぴたりと手を留める。
「それにしても血生臭エな。犯行現場ってこんなもんなのかア?」
「ここはまだマシな方だよ。風通しがいいからね…夏に密室殺人なんて起こった日には、そりゃあもう…」
「旦那、」
無駄話を始めるロッキーと探偵を制したバロットが、深刻な顔で向き直る。
たらりと嫌な汗が流れる。急に喉が渇いたような気がして、ごくりとバロットは唾を呑みこんだ。
「あそこ、厩の奥…あれ、人の脚、じゃねえっすか?」
ぎょっとしたように探偵は厩の奥に目線を向け、そこに積まれた飼葉の下にぐたりと伸びた長い脚を発見した。




