第10部 独善的男の独善的考え
今日は存在について考えてみようかと思う。
存在とは在るものは在るし、ないものはないと二分割出来る。
そのものが在ってかつ、無い状態は考えづらい。
つまり在ることが存在そのものを意味し、無いものは無いと断定できる。
俺は日がなこうやって考えるときに俺は存在しているし、それがなくなった途端に
消えるわけだ。つまり死ぬということだ。
しかも何も考えずにぼーっとしていても存在は消えないし、無くなることもない。
存在があって、存在していることは、誰にも邪魔出来ない。
故意に殺さたり、交通事故にあったり、自殺でもしないかぎりそうだ。
次に無い事、つまり無存在とでも言おうか、存在しないことについて考えてみよう。
人にとって存在しないとは、死一択だろう。透明人間にでもなれない限り、他者にとって
存在してしまうし、無い事にはならない。
死と言う概念ですら、人の記憶に残ればそれは存在してるということもできる。
存在しているというのは、言い過ぎか?とにかく存在していたと言える。
本当に人にとって存在していないとは、死をもって確立されて生がなかったことに
なるのかもしれない。
つまり、人間にとって存在は生きる事、そのもので、死を持ってその存在が消えるということじゃないだろうか?
俺の生き方は独善的で身勝手な我儘な生き方をしている。
場合によっては人の死すら起こりえるし、犠牲者もでる。
恨みを買うこともあれば、感謝されることもありえる。
俺自身がどう生きたいか、と言う観点がすっぽり抜け落ちており、他者からの評価
でしか、自分を確立できない点において、俺は他人より劣っていると考えられる。
俺はどう生きたいか。ぼんやりとした日常が続き、やがて老いて死ぬことだ。
ただそれだけが望みだ・・・。




