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炎の男  作者: 二川真
10/13

第10部 独善的男の独善的考え

 今日は存在について考えてみようかと思う。

存在とは在るものは在るし、ないものはないと二分割出来る。


 そのものが在ってかつ、無い状態は考えづらい。

つまり在ることが存在そのものを意味し、無いものは無いと断定できる。


 俺は日がなこうやって考えるときに俺は存在しているし、それがなくなった途端に

消えるわけだ。つまり死ぬということだ。


 しかも何も考えずにぼーっとしていても存在は消えないし、無くなることもない。

存在があって、存在していることは、誰にも邪魔出来ない。


 故意に殺さたり、交通事故にあったり、自殺でもしないかぎりそうだ。


 次に無い事、つまり無存在とでも言おうか、存在しないことについて考えてみよう。

人にとって存在しないとは、死一択だろう。透明人間にでもなれない限り、他者にとって

存在してしまうし、無い事にはならない。


 死と言う概念ですら、人の記憶に残ればそれは存在してるということもできる。

存在しているというのは、言い過ぎか?とにかく存在していたと言える。


 本当に人にとって存在していないとは、死をもって確立されて生がなかったことに

なるのかもしれない。


つまり、人間にとって存在は生きる事、そのもので、死を持ってその存在が消えるということじゃないだろうか?


 俺の生き方は独善的で身勝手な我儘な生き方をしている。

場合によっては人の死すら起こりえるし、犠牲者もでる。

恨みを買うこともあれば、感謝されることもありえる。


 俺自身がどう生きたいか、と言う観点がすっぽり抜け落ちており、他者からの評価

でしか、自分を確立できない点において、俺は他人より劣っていると考えられる。


俺はどう生きたいか。ぼんやりとした日常が続き、やがて老いて死ぬことだ。

ただそれだけが望みだ・・・。


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