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アオハルファクトリー ―高卒作業者と大卒エリート、ふたりの不器用な再会―  作者: yazuya


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一章 四話

一週目の後半に入った。

三人の実習生がひと通りの工程を回り始めて、現場もそれなりに慣れてきた頃だった。田中はもう何人かの作業員と冗談を言い合えるくらいには打ち解けていた。木下も担当についた作業員から「飲み込みが早い」と言われていた。

真昼だけが、相変わらず浮いていた。

浮いている、という言葉が正確かどうかはわからない。仕事はできている。手順の覚えも早い。ただ、周囲との間に一枚膜があるような、そういう感じがずっと続いていた。

その日の午前中、真昼は洗浄工程の補助に入っていた。

部品を洗浄液に通して、乾燥させて、次の工程に流す。単純な作業だ。ただ、順番と置き方に細かいルールがある。

真昼はそれを黙って覚えた。飲み込みは早い。手順を間違えることはなかった。

問題は、昼前に起きた。

「あの、少しいいですか」

真昼が担当のベテラン作業員に声をかけた。

五十代の男で、田村さんという。この工程を十年以上担当しているベテランだ。口数は少ないが、仕事は丁寧だった。現場では数少ない、黙って見ているだけで信頼できるとわかる人間だ。

「なんだ」

「洗浄後の乾燥時間なんですけど、今は一個ずつ確認してから次に進んでますよね」

「そうだな」

「まとめて確認してから流す方が、一サイクルあたりの時間が短くなると思うんですけど、試したことはありますか?」

田村さんが手を止めた。

「……まとめて、ってどういうことだ」

「今は一個確認して流して、また一個確認して流してという繰り返しですよね。でも五個か十個まとめて確認して、まとめて流せば確認の回数が減って……」

「それは品質のためにこうしてる」

「品質への影響は確認しましたか?」

場の空気が変わった。

田村さんの目が、少し固くなった。

「長年やってきて問題ないんだから、それが答えだろ」

「経験則だけだと、改善の余地を見落とすことがあると思って」

「……お前、実習生だろ」

低い声だった。

真昼は一瞬だけ止まって、「そうですね、すみません」と言った。

引いた。でも、引き方が惜しかった。

「一回試しに私のやり方でやってみてもいいですか?」

その一言が余計だった。

田村さんは何も言わずに作業に戻った。でも、その背中に「もういい」と書いてあった。

俺はその一部始終を、少し離れた位置から見ていた。

真昼の言っていることは、間違いじゃない。

むしろ正しい可能性がある。

でも現場には現場の論理がある。長くやってきた人間のやり方を、実習二日目の新人が「私のやり方でやっていいか」と聞く。内容よりも先に、それが引っかかる。

真昼はそれを悪意でやっているわけじゃない。ただ気になったから聞いた。それだけだ。

でも現場では、それだけでも十分に空気が変わる。

この感じは、放っておくと長引く。

「柴崎」

岩崎班長がけだるそうに近づいてきた。

「田村さん、なんか怖い顔してたけど」

「見てたなら知ってるでしょ」

「まあな」

岩崎班長は欠伸を一つして、ラインの方を眺めた。

「どうする?」

岩崎班長なりの聞き方だった。放置するのか、動くのか。そういう意味だ。

「少し様子見ます」

「そうか」

それだけだった。岩崎班長はそのまま戻っていった。

深く踏み込まないのが岩崎班長のやり方だ。でも、こうして確認だけはしてくる。

昼休み。

田中と木下のテーブルから、笑い声が聞こえた。

隣の作業員を交えて、何か話している。田中が場を作るのがうまいのか、自然に輪ができていた。

真昼は前と同じ隅の席だった。

定食を静かに食べている。

田村さんとのやり取りを引きずっているのか、それとも何も気にしていないのか。表情からは読めない。

ただ、今日の真昼はいつもより少しだけ悲しそうだと感じた。

「先輩」

陽菜が隣に座ってきた。

「今日、何かありましたか?」

「なんで」

「なんか、田村さんの顔が怖かったので」

こういうところは鋭い。現場の空気の変化を、ちゃんと拾っている。

「実習生が少し余計なことを言った」

「高坂さんですか?」

俺は答えなかった。

陽菜はしばらく真昼の方を見ていた。

「……なんか、孤立してますね」

「まだ一週目だ」

「でも、このままだとまずくないですか」

余計なことを言いたくなかった。

「ほっとけ」

短く言うと、陽菜は「はーい」と返したが、視線だけは向けたままだった。

午後の補助が始まった。

午前中の田村さんの様子が他の作業員にも伝わっていたのか、真昼に対する空気が少しだけ変わった。

工場はこういう話が早い。休憩時間の十分足らずで、離れた工程の人間まで知っていたりする。特に田村さんのような古株が絡んだ話は余計に広まりやすい。誰かが意図して広めるわけじゃない。ただ、現場で長くやってきた人間たちは互いの顔色を見ている。年長者が誰かに対して距離を置き始めると、周りも自然とそれに合わせるようになる。悪口を言い合うわけでも、示し合わせるわけでもない。空気がそうなる。

邪険にするわけじゃない。

ただ、余計に関わろうとしない。

真昼が質問しても、必要最低限の答えが返ってくるだけになった。

悪意じゃない。ただ、どう接したらいいかわからなくなっている。そういう空気だった。

その変化に、真昼が気づいているかどうかはわからない。

黙々と手を動かしていた。

田中と木下は、それぞれ担当の作業員と話しながら作業していた。

三人の間にある距離が、一日の終わりには少しだけ広がっていた。

更衣室へ向かう廊下。

前を歩く真昼の背中を見ながら、俺はひとつだけ思った。

あの正論は、たぶん間違っていない。

でも今の真昼には、それを届ける手段がない。

そしてそれを教えることが、俺の仕事かどうかもわからなかった。

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