一章 五話
一週目の最終日だった。
金曜の朝は、週の疲れが出る。現場の空気も少しだけ重い。
実習生たちは特にそうだ。慣れない作業で疲れていた。
田中はそれでも愛嬌を崩さず、担当の作業員に話しかけていた。木下は黙々と手を動かしている。
真昼は、今日も一人だった。
田村とのやり取り以来、現場の空気は微妙に変わったままだ。邪険にされているわけじゃない。ただ、誰も余計に関わろうとしない。真昼が質問しても、答えは返ってくる。でも、それだけだ。
真昼はそれに気づいているのかいないのか、相変わらず黙々と手を動かしていた。
俺はラインの管理をしながら、時々その様子を確認していた。
確認している自分に気づいて、少し面倒だと思った。
面倒だと思うのに、目が向く。
それが何なのかは、あまり考えないようにしていた。
休憩時間。
田中と木下は今日も一緒にいた。一週間で、二人の間には自然な距離感ができていた。
真昼はいつものベンチに一人で座っている。
缶コーヒーを両手で持って、どこかを見ていた。メモは広げていない。
珍しい。
いつもなら休憩中もメモを開いている。それが今日はない。
ただ缶コーヒーを持って、遠くを見ている。
一週間、ここで何かを感じていたのかもしれない。それとも何も感じていないのかもしれない。
わからない。
でも、なんとなく目が離せなかった。
「先輩」
陽菜が隣に立っていた。
「なんだ」
「さっきからずっとあっち見てますよ」
「……ラインの確認だ」
「ラインと違う方向見てましたけど」
言い返す言葉が出てこなかった。
陽菜は俺の顔を少し見てから、真昼の方に目を向けた。
「今週ずっとあんな感じですよね、高坂さん」
「そうだな」
「大丈夫ですかね」
「さあ」
「先輩は、どう思いますか」
どう思う。
「仕事だから、慣れるだろ」
「……そうですね」
陽菜は小さく頷いたが、どこか納得していない顔だった。
それきり何も言ってこなかったが、休憩が終わるまで一度も真昼から目を離さなかった。
昼休み。
今日も真昼は一人で隅の席に向かった。
田中と木下は別のテーブルだ。
俺はいつもの席に座って、定食を食べ始めた。
三分ほど経って、立ち上がった。
自分でも、なぜそうしたのかよくわからなかった。
真昼の席に近づいて、隣のテーブルに盆を置いた。
真昼が顔を上げる。
「……なんですか」
「飯食ってる」
「見ればわかります」
「なら聞くな」
真昼は少し眉をひそめてから、また定食に目を戻した。
しばらく、二人とも黙って食べていた。
食堂のざわめきだけが続く。
真昼が先に口を開いた。
「今週、ずっと見てましたよね」
「仕事だ」
「実習生の監視が仕事なんですか」
「面倒見ることは仕事だ」
「……面倒見てるつもりなんですか」
皮肉ではなく、純粋に疑問を持っている声だった。
「そのつもりじゃなくても、そうなってる」
真昼が少しだけ黙った。
「別に大丈夫です」
「そうか」
「現場が慣れてないだけで、仕事は覚えてます」
「わかってる」
「じゃあ、」
「わかってるとほっといていいは別だろ」
真昼が何か言いかけて、止まった。
しばらく、また黙った。
「……そうですね」
それだけだった。
俺も何も言わなかった。
しばらくまた、二人とも黙って食べた。
ふと気になっていたことを口にした。
「なんで敬語なんだ」
真昼が顔を上げる。
「……何がですか」
「高校の時はため口だったろ。最初に会った時も」
真昼は少し間を置いた。
「社会人なりましたし……一応、柴崎は先輩ですし」
「関係ない」
「関係ありますよ」
真昼はそっぽを向いて、箸を動かした。
それ以上は言ってこなかった。
俺も何も言わなかった。
別に敬語が嫌なわけじゃない。
ただ、なんとなく遠かった。
二人でそれぞれ定食を食べて、昼休みが終わった。
大した会話じゃなかった。
でも何かが少しだけ動いた気がした。気のせいかもしれない。
食堂を出る時、一度だけ振り返った。
真昼はまだ席に座ったまま、残った定食を食べていた。
特に何もない。
それでも、少し前より背中が軽く見えた。気のせいかもしれない。
午後の補助が始まった。
陽菜が俺の横に来た。
「先輩、昼休みに高坂さんのところ行ってましたよね」
「飯食ってただけだ」
「わざわざ隣の席に行ってましたよね」
「……たまたまだ」
「ふーん」
陽菜はそれきり何も言わなかった。
でも、その後もずっと、何かを考えている顔をしていた。
一週間が終わった。
更衣室で着替えながら、俺は来週のシフトを思い出した。
来週は夜勤だ。
昼間の現場には入れない。真昼の様子を直接見ることもできない。
別に見なくていい。
そう思いながら、なんとなく引っかかりが残った。
一週間で、あの孤立は解消されるだろうか。
たぶん、されない。
その答えだけは、すぐに出てきた。




