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アオハルファクトリー ―高卒作業者と大卒エリート、ふたりの不器用な再会―  作者: yazuya


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一章 十一話

田中たちが帰った後、俺は残ってある場所を目指していた。

休憩室の奥。真壁係長の席だ。

真昼の指摘が正しいかどうかは、やってみなければわからない。でも試す価値はあると思っていた。そしてそれを通すには、動き方がある。

休憩室に入って真壁係長の姿を確認して、声を掛けた。

「今お時間良いですか」

真壁恒一が顔を上げた。

書類に目を通していた手が止まる。

「柴崎か。何だ」

「一つ確認したいことがあります」

椅子から立ち上がりもせず、真壁は続きを促した。言葉を無駄にしない人間だ。

「実習生の高坂が、洗浄工程の確認手順について一つ指摘していました。一個ずつ確認して流す現行のやり方より、まとめて確認してから流す方が一サイクルあたりの時間が短縮できるという話です」

「田村から聞いた」

やはり上には上がっていた。

真壁係長は現場のことを、隅々まで把握している。田村さんとの件も、とっくに耳に入っていたんだろう。

「試してみたいんですが」

真壁が少し間を置いた。

「品質と精度は」

「落ちないはずです。むしろ確認の集中度が上がる可能性があります。一日試して数字を見ればはっきりします」

真壁はしばらく俺を見ていた。

何を考えているかはわからない。でも、この人が「わかった」と言う時は、ちゃんと考えた上でそう言う。

「問題が出たらすぐ戻せ」

「はい」

「以上か」

「以上です」

「わかった」

それだけだった。

真壁はまた書類に目を落とした。

俺は係長室を出た。

廊下に出ると、夜の工場の音が戻ってくる。

あとは明日だ。

翌朝。

洗浄工程の担当作業員に声をかけた。

「今日、確認手順を少し変えて試させてもらえますか」

田村さんが眉をひそめた。

「また実習生の話か」

「係長に確認済みです。一日試して、問題があれば戻します」

田村さんは少し黙った。

係長の名前を出したことで、空気が変わった。現場では、そういうものだ。

「……わかった」

短い返事だった。

手順を説明する。一個ずつ確認して流す現行のやり方から、五個まとめて確認してから流す方式に変える。単純な変更だ。

ラインが動き始めた。

最初は少しぎこちなかった。慣れたやり方を変えるのは誰でも抵抗がある。

でも三十分もすると、流れが変わり始めた。

「……なんか、リズムが出やすいな」

田村さんがぽつりと言った。

「確認に集中できる」と隣の作業員が続けた。「一個ずつだと、流すたびに気が散ってた気がする」

午前中が終わった頃には、洗浄工程全体の空気が変わっていた。

昼休憩に入った時、田村さんが俺のところに来た。

「悪くない。というか、こっちの方がやりやすい」

「数字で確認してから報告します」

「ああ」

田村さんは少し間を置いてから、言った。

「あの実習生が言ってたのか」

「そうです」

「……言い方がきつかったから、素直に聞けなかったな」

俺は何も言わなかった。

田村さんも何も言わなかった。

それだけで十分だった。

田村さんは悪い人間じゃない。ただ、長年自分のやり方でやってきた人間が、いきなり新人に問われれば身構える。それだけのことだ。真昼が悪かったわけじゃない。田村さんが悪かったわけでもない。タイミングと順序の問題だった。

午後。

真昼が洗浄工程の補助に入った時、空気が違った。

「あれ?」

真昼が手を止めた。

手順が変わっている。自分が指摘したやり方に変わっている。

田村さんが振り返った。

「お前が言ってた方法、試してみた」

「……え」

「悪くなかった。むしろ、こっちの方がいい」

真昼がしばらく田村さんを見ていた。

「なんで急に」

「やってみなきゃわからんだろ」

田村さんは素っ気なく言って、また作業に戻った。

それが田村さんのやり方だった。謝らない。でも、認める時はちゃんと認める。

隣の作業員が真昼に言った。

「最初から素直に聞いとけばよかったな。ごめんな」

真昼が口を開こうとして、開けなかった。

目が少し揺れていた。

「……ありがとう、ございます」

やっとそれだけ出てきた。

声が少し震えていた。

俺はその一部始終を、ラインの反対側から見ていた。

陽菜が横に来た。

「先輩がやったんですか」

「真壁係長に確認して、田村さんたちに提案しただけだ」

「十分すぎるぐらいですよ」

陽菜は少し真昼の方を見てから、また俺を見た。

何か言いかけて、やめた。

その顔が、少し複雑だった。

その日の終業後。

片付けをしていると、真昼が近づいてきた。

「柴崎」

「なんだ」

「洗浄工程のこと」

「ああ」

「あなたがやったんですよね」

「係長と田村さんがOKしたんだ。俺は提案しただけだ」

真昼がしばらく俺を見ていた。

「……なんで言ってくれなかったんですか。昨日」

「言う必要がない」

「あります」

「お前の指摘が正しかっただけだ。俺は確認しただけだ」

真昼がまた黙った。

目を逸らして、また俺を見た。

「ありがとうございます」

素直な声だった。

昨日の「助けて」と同じくらい、珍しい声だった。

「一つ言っていいか」

「……なんですか」

「高坂の指摘は間違っていなかった。今日それが証明された」

真昼が少し黙って聞いている。

「ただ、現場には現場の事情がある。長年やってきたやり方には、理由がある場合もあるし、ただの習慣の場合もある。でもどちらにしても、いきなり入ってきた人間に指摘されれば反発するのは当たり前だ」

「……そうですね」

「そういう時は上から攻めた方がいい。現場は上下関係がはっきりしている。上の人間が動けば、現場も動く。自分で突っ込むより、遠回りに見えて早い」

真昼がゆっくりと頷いた。

「……今回みたいに、ということですね」

「そうだ。お前の指摘が正しかったから通ったんじゃない。正しい指摘を正しいルートで通したから通った」

真昼がしばらく、それを噛み締めるように黙っていた。

「わかりました。覚えておきます」

少し間があった。

「でも」

俺は続けた。

「お前のそういうまっすぐなところ、俺は嫌いじゃない」

真昼が固まった。

「……は?」

「正面突破しかできないところ。正しいと思ったら引かないところ。現場では空回りするが、それがなかったら今日みたいなことにもならなかった」

「そ、それは……」

真昼の顔が、じわじわと赤くなった。

「べ、別に……そういうことを急に言わなくていいです」

「事実を言っただけだ」

「だから、そういうことを急に言われても困るっていうか……」

「困るのか」

「困ります!」

声が少し裏返った。

高坂真昼がこんな声を出すのを、高校時代に俺に負けた時以来だと思いながら、俺は特に表情を変えなかった。

「実習終了まであとあと少しだ」

「……急に話変えないでください」

「残りも頼む」

「もう、」

真昼は耳まで赤いまま、俯いた。

それから小さく、でもちゃんと聞こえる声で言った。

「……わかりました」

真昼は更衣室の方へ歩いていった。

その背中を見ながら、俺はひとつだけ思った。

高校の時、こんなふうに話せていたら。

答えは出なかった。でも、今からでも遅くないかもしれない、と思った。

それは六年ぶりに、初めて思えたことだった。

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