第十三話 錆びた剣
不気味な静けさ。
二つとなった最奥の間、
血染めの空間。
ただ黒の鎧からは、
真紅の瞳が闇を照らしている。
【…反応は…ない……また…持ち越しか…もう……時間がないというのに……】
またしても、静寂だ。
もしここに人が来れば、
誰もが世界に自分しかいないと錯覚するだろう。
その騎士は、残る二人に近づく。
まだ意識が戻っていない様だ。
右に倒れている、つむじから先端にかけて、
紅から漆黒のグラデーションを持つ髪の女。
その腰の辺りに転がる、紅の宝玉。
手に取った瞬間、
その騎士は、此度の挑戦者はこれで終いだと知った。
だがそれでも、憐れみや同情などという感情も抱かない。
強いて言えば、焦りくらいのものであろう。
騎士は、台座に目をやる。
いつもの様に、台座にささる錆びた大剣と、
宝玉を嵌める窪みが奥に。
何回繰り返したのだろうか。
自分にこの役目を託したのは、誰だったのだろうか。
顔は忘れ、声は忘れ、
それでも騎士は、この約束だけは忘れてはいなかった。
騎士はそれが、自身を現世に縛りつける呪いになることも、当然知っていた。
しかし、あのような悲劇は、二度と繰り返してはならない。
この考えも、
幾度となく騎士の中でよぎっては過ぎていた。
だがそれも昔の話だ。
今はただ、全てを忘れている。
それでもなお、
騎士はいずれ来たる何かの為に、何故こうするのかも理解できないまま、ここを訪れた者に試練を課すのだ。
ここ数百年、ここを訪れた者は一人も居なかった。
忘れ去られた神殿として、地下に眠っていた。
やっと現れた、三人の挑戦者。
だが、それも散ったのだ。
騎士は、この意識の戻らない男女は、
さっさと外に放り投げることにすると決めた。
…だがここで騎士は、何かを感じた。
死体がない。
果敢に挑み、幾度も死にかけてなお、
止まることを知らなかった、あの青年の死体がない。
まさかとは思っていたのだろう。
かの者から感じる力や雰囲気は、
顔も、声も、会話も、思い出も忘れた、
だがそれでも心に残っていた、かつての友人とそっくりだったのだから。
そんな男がこうも容易く死ぬのか、と疑問に思っていたに違いない。
何故なら……
「お~い……これで…合格だろぉ…??」
右の上半身を失ってなお、確かに立っている青年。
その姿を見ても、騎士が驚くことはなかったからだ。
騎士は、ボロボロの青年に、一つ言葉をかける。
【見事……合格だ…】
「ははは……してやったぜ……」
青年は、倒れた。
騎士は、死ぬ前に回復をかけてやった。
そのあとに、思考を巡らせた。
驚きはなくても、疑問は浮かぶ。
確かに、青年は生きていた。
なぜだろうか。
確実に真正面から受け止めたはずだ。
魔力も十全に扱えない、
生命力も対して強くはない。
肉体強度も所詮は人間。
【意志…だというのか……】
理論上は不可能ではない。
強大な意志の力は、時として全てを凌駕する。
だが、筋が通らない。
半端な一般人が、それほどまでに強い意志を持てるわけがない。
雑念が混じっていても、意志の力は発動しない。
あの瞬間、一切の思いをかなぐり捨て、
ただ耐えることだけを考えていた。
生への執着も、家族への思いも、深層心理に眠る複雑な感情と思いも、
全てを捨て、ただ「耐えろ」という絶対堅牢の意志を持っていた。
そんなことが可能なのだろうか。
いや……可能なのかもしれない。
あの、死すらも…いや、正確には、
死に値するほどの苦痛をものともしない、異常なまでの精神。
強くなりたいというだけで、命すら捨ててしまえるような狂気。
それならば、心のすべてをただ一つの意志に固めることも、
不可能ではないのかもしれない。
……今回は、捨てるべきではない。
いや、今回こそ、導かなければならない。
騎士は、こういう結論に至った。
「ああ~気持ち悪い……やっと慣れてきたぞ……この回復状態の感覚。」
青年は、起き上がったらしい。
騎士はそれを見た後、結果の通達をする。
【……もう…起き上がれるまでには回復したようだな……認めよう…其方は…我の試練に合格した…】
騎士は満足げに語ったが、青年は不満であった。
「いや…まずそもそもがさ…これ何の試練だったんだよ…クソ痛えしマジ辛えし、何がしたかったんだよ?」
至極まっとうな疑問だ。
だが、騎士も答えられないのだ。
忘れてしまった遠い過去には、答えがきっと存在したのだろう。
【我は……分からない…だが…其方を見て……思い出したことがあったのだ。】
「分からないんかい。てか、思い出したって…」
騎士も、うれしい誤算があった。
【ある……友人がいたのだ。其方とそっくりの…陽気なやつだった。】
青年は、流ちょうになっていく騎士の言葉遣いに、少しだけ違和感を覚えた。
【其方を見るたびに、映し出されるのだ。我が友との、長い旅路が…。其方に感謝する。私はようやく、使命を果たすことができたのだ。台座の剣を抜け。いつか、其方の愛剣となろう。】
「なんか強引な感じだな……まあ、貰えるなら貰っていくよ。」
青年は、台座に向かう。
右手を上に。
左手を下にして、握る。
そして、ゆっくりと引き抜く。
青年は、自身の身長以上の剣の引き抜きに苦労したが、
やがて両手で構えることに成功した。
「……なあ、もらっておいてなんだけど…オレには合わねぇ気がするんだが…」
青年がそう問いかけた。
【心配するな。もっとしっかり持ってみろ。その剣は特殊だからな。】
特殊という言葉にひとつまみの興奮を覚えた青年は、
自分の家族と接するかのように、その手に持つ大剣と対面した。
するとどうだろうか。
大剣は崩れゆき、たちまち183cmの青年の体格に、
完璧に同化したロングソードへと変貌した。
【どうだ?馴染むだろうか?】
もはや別人ともいえる口調の変化に戸惑った青年だったが、
それよりも気は手に握られた錆びの変わらぬロングソードに向けられていた。
「なあ、結局錆びてんのは変わってねぇけど、ちゃんと斬れるんだよな?」
【そのうち…な。……君。私はもう、行かなくてはいけない。だから、ここまでだ。この宝玉も渡しておく。もう…会うことはないだろう。】
「はあ!?ちょ、急すぎるだろ!!」
【私としては、遅すぎた方だけどね。……おっと、忘れていた。最期に、名前を聞いてもよろしいかな?できれば、家名もお願いしたい。】
「名前?オレは、ジオ・エルデライトだ。にしても、急に名前聞くなんて、どうしたんだよ?」
【……!!エル…か……本当に……君は、驚かせてくれるね……】
「ちょっと待て、また何のことだ?」
【そのうち分かるよ。…それよりも、だ。本当に最期だ。聞いてくれるか。】
戸惑いが大きいながらも、
何とか聞き手に徹する青年。
「……分かった。話してくれ。」
ここまで青年が言うと、ついに騎士は、兜を外した。
ピンクブラウンの髪が、左目にかかっている。
二十代後半ほどの外見を持つ、若々しい男だ。
その奥には、真紅の瞳が隠れていた。
【感謝を伝えたいんだ。本当に、ありがとう。私の友を、思い出させてくれて。この長きにわたる使命に、終止符を打ってくれて。私は、あの人との約束を、果たすことができたらしい。】
青年は、聞くには聞いているが、
内容はちっとも入っていない。
【君には、警告しておくよ。ここから先、過去最大での動乱、戦争、そして、神々しい決着を迎えるだろう。君は、嫌でも関わることになる。だが、君なら大丈夫だ。どうか、強くなりたいという、今の純粋な初心を忘れずに突き進んでくれ。】
「いきなり何だよ!そんなこと言われても、オレがなんかできるってわけでもねぇだろ!てかなんだ、動乱?戦争?こうごうしい決着!?」
【いいや。君ならできる。私達は、遥か昔から、君のことをよく知っていたらしい。戦争については、ある組織が関わる、ということだけ覚えていてくれ。】
「できるって……!組織って、何だよ!オレもう、分かんねぇよ!!」
【すまない。私達の代から続く因縁を強引に託す形になってしまった。……君に、この時代を任せたよ。】
「ちょっと待ってくれ!まだ聞きたいことが、たくさんあるんだ!!」
【すまない。……時間だ。私を現世に縛る使命が消えたんだ。…私も消える。】
「待ってくれ!!っ最後に……名前を、教えてくれ……!」
【私は……クレイド・ナインカートだ。これも、君のおかげで思い出せたんだよ。】
「クレイド…!」
【まあ、あの世で見守ることにしよう。君に幸せな結末が訪れることを、心から祈っているよ。】
「オレ…何も分かってねぇけど…!……ッ!!ああクソ!!やってやるよ!全部!!」
【……君には…何度お礼をしても足りないよ。いつまでも、私を助けてくれて、どうもありがとう。】
「クレイド!!オレ、忘れねぇから!!」
【……泣かせるね…本当に。そういうところは、そっくりだ。今度こそお別れだ。さらばだ。私達の、希望。】
騎士は最期の瞬間、友を思い出した。
(ああ……友よ…今、そちらに……)
騎士の体は、
光となって、天に昇って行った。
二つに割れた天井から差し込む、暖かな日差しに、いつまでも誘われていった。
「クレイド…」
そこにはもう、彼の姿はなかった。
多くの疑問を抱え、青年は何を思うのか。
両の手の拳を握りしめ、赤と白が染め上げた古の空間の中、
青年は、ただ光を見つめていた。




