駄犬の反撃
午後最後の普通科の授業は、男女共に体育館だった。
天候が悪く雹が降ったりしたので、安全のために男子はバスケ、女子はバレーとなった。
蒼祐は薫が心配だった。
意識してもらえたのは、確かに一つ前進したのかも知れない。
それでも、
薫に無許可で口付けてしまって罪悪感の方が強かった。
食べることが大好きな薫がご飯を食べられていないのも、心配でバスケに集中できなかった……。
(――午前中より薫さんの顔色が悪い気がします……。)
嫌な予感がした。
いつもならどこまでも追いかけてボールを取りに行く薫が、動けていなかった。
――ぐらり、と体が前に傾いた。
蒼祐は、気がつくより前に走っていた。
なんとかギリギリで薫を受け止めた。
心臓がドクドクと嫌な音を立てている。
薫の青い顔を見て胸が締め付けられた。
追い詰めてしまった……。
危うく怪我させるところだった……。
蒼祐は薫を抱きかかえて保健室に連れていくと先生に声を掛けた。
保健委員の澄も付いてきた。
二人は無言で廊下を進む……。
「あまり気に病まないでね?キスも嫌じゃなかった。て言ってたから……。」
沈黙を、澄が静かな声で破った。
「……怪我させるところでした。」
「昨晩からご飯食べれてなかったみたいで、薫の普段の摂取カロリー考えると三食食べれてないだけで餓死するのかもね……。つまり、燃費が相当悪いわね。」
澄が少し笑った。
蒼祐は澄の優しさがありがたかった。
「確かに、燃費の悪さはモンスター級のスポーツカー並みですね。」
二人で少しクスリと笑った。
「あの、薫が……胸がいっぱいでご飯食べれないなんて、薫の中で蒼祐くんへの気持ちが、急激に変化してるんだろうな。」
「怪我していたら一生自分を許せなかったと思います……。」
「ちゃんと、受け止めたじゃない。」
「……それでも、後悔してます。」
「いや、今までの薫からの無自覚な攻撃に蒼祐くんはよく耐えたと思うけど?後悔しなくていいよ、そのまま意識させまくれば!」
「ご飯食べてくれるでしょうか……。」
「薫よ?明日にはいつも通り食べ始めるわよ。」
「……はぃ。」
蒼祐はそれでもまだ心配そうだった――。
保健室の先生は『外出中』。
いや、どこ行ったよ……。と澄は思ったが、
薫の症状は、
怪我でもなく、ただの寝不足と飢えにより気を失ったように『寝ている』だけなので、
やる事は、ベッドに寝かせれば終了だ。
蒼祐が薫をベッドに下ろした。その時――。
薫が目を開けた。
「わぁー!蒼祐だぁ!」
満面の笑みでまだ前屈みだった蒼祐に抱きつく。
「ふふふー、蒼祐大好きっ!良い匂い!」
蒼祐は固まった。
下から抱きしめられて身体をこれでもかと言うほど押し付けられる。
「?!……薫さん?!離してください!」
「やだ!夢なら栄養補給できるもん!」
「夢じゃありませんっ!」
蒼祐の必死の抵抗でも解けない薫の腕……。
「そーすけにくっつくのが好きなのー、離れたくないよぉー。」
蒼祐が目を見開いて固まった。
「……く〜。く〜。んふふ、そーすけ、大好きぃ〜。」
寝た。
寝たぞコイツ……。
蒼祐は動けない。
澄は顔から火を吹きそうになりながら、薫の強固な腕を解いた……。
シャッ!
澄がカーテンを無言で閉めた。
「「…………。」」
無言で保健室を後にする。
「澄さんが居てくれて、助かりました……。」
「…………。飼い犬の躾は大事よ……?」
「飼ってません……。」
「それは無理があるわ……。」
今日も駄犬に振り回された蒼祐だった。
それでも沈んでいた心は少し回復した。
嫌われてない、そう知れたから――。




