第3話 音程迷子でも笑顔で突破
ステージ裏に立った瞬間、私は後悔した。
(……なんで私、歌うって言っちゃったの……!?)
足は震えてるし、手は汗でべたべた。
心臓はドラムみたいに鳴っている。
「天野日和さん、準備お願いします」
「は、はいっ……!」
声が裏返った。
(……終わった……)
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ステージに出ると、審査員が三人。
ライトが眩しくて、視界が白い。
「では、簡単な音階チェックをします。後について歌ってください」
「は、はい……!」
ピアノが鳴る。
ドーーー。
「どー……?」
自分でも驚くほど音が外れた。
(やばい! 最初から迷子!)
審査員が一瞬だけ顔を見合わせた。
(終わった……)
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でも、そのとき。
視界の端に、黒い影が見えた。
ステージ袖。
黒瀬瑠歌が、静かにこちらを見ていた。
(……っ)
胸が跳ねた。
瑠歌は無表情のまま、ほんの少しだけ首をかしげた。
まるで
**「がんばれ」**
と言っているように。
(……やばい……見られてる……!)
心臓が爆発しそうになる。
(……でも……)
逃げたくない。
推しの前で、ダサいところ見せたくない。
(……やるしかない!)
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「次の音階いきます」
ピアノが鳴る。
レーーー。
「れぇぇぇ……?」
また外れた。
でも私は――
**満面の笑顔で歌った。**
審査員が一瞬驚いた顔をした。
(よし、笑顔でごまかせ!)
ミーーー。
「みぃぃぃぃ!」
(外れた! でも笑顔!)
ファーーー。
「ふぁああああ!」
(外れた! でも笑顔!!)
ソーーー。
「そぉぉぉぉぉ!!」
(外れた! でも笑顔!!!)
審査員の一人が吹き出しそうになっていた。
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「……天野さん」
「は、はいっ!」
「音程は……壊滅的ですが」
(知ってる!!)
「表情が非常に良いです」
「えっ……!」
「笑顔のキープ、声量、度胸。アイドルに必要な要素が揃っています」
「ほ、本当ですか……!」
「はい。一次基礎審査は――」
(……っ)
「通過です」
「えええええええええええええええええええ!!?」
思わず叫んでしまった。
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ステージ袖に戻ると、優ちゃんが駆け寄ってきた。
「ひよりさん!! すごかった!!」
「いやいやいや! 音程全部外したよ!?」
「でも……すっごく楽しそうだった……!」
「いや、楽しんでる場合じゃ……!」
そのとき。
黒瀬瑠歌が、すっと私の横を通った。
無表情のまま、ほんの少しだけ私を見て――
**コクリ、と小さく頷いた。**
(……っ)
胸が跳ねた。
(……今の……応援……?)
わからない。
でも、確かに胸が熱くなった。
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「ひよりさん……」
優ちゃんが小さく笑った。
「……ひよりさん、やっぱりすごいよ」
「えっ……?」
「音程迷子でも……笑顔で突破するなんて……ひよりさんらしい……!」
「……うぅ……褒められてるのか、わかんない……!」
でも、悪い気はしなかった。
(……推しの前で、ちょっとだけカッコつけられた……かも)
胸の奥がじんわり温かくなる。
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こうして私は――
**音程迷子でも笑顔で突破する陽キャ**
として、審査を通過してしまった。
優ちゃんの夢を応援するはずが、
気づけば自分もステージに立っていた。
(……これからどうなるんだろ)
でも、不思議と怖くなかった。
(……推しがいるから、がんばれる気がする)
胸の奥で、静かに火が灯ったままだった。




