#12 潮ノ満チ引キ
今日は曇天ではないものの、過ごし易い冷涼な朝だ。目覚めも良い。換気して着替え、部屋を後にし、俺たちの朝食を用意しに向かった。
調理を進めていると、いつもどおりの遅起きの時間に、未だ夢見心地の妹、輝が起きてくる。今日の飯はBLTサンドと玉子ハンバーグサンド半分ずつ。本日のカフェの営業は休み。気分も良く、時間に余裕もあるので、少し趣向を凝らした。
「いただきます」
声を揃えて食べ始める。平日の今日、輝は当然仕事だ。今朝も毎度のことのように、大量の教科書やら何やらを机に広げながらもごもごと食事を進めている。
「……あれ、お兄ちゃん。今日何か良いことでもあるの?」
ふと顔を上げた輝が、俺を見て首を傾げる。
「いや、特に無いが。今日は休みだからな」
「そういうことね! いやぁ、何か顔見たら嬉しそうだったからさ。良かったね、お兄ちゃん!」
俺は表情に乏しいつまらない人間だと自負している。輝はよく、俺の機嫌の機微が分かるものだ。
「ああ、そうだな。悪いな、お前は今日も仕事なのに」
「そんなこと気にしないでよっ! それに私も、今日一日行けばお休みだしっ」
フンスと鼻を鳴らしてガッツポーズの輝。つい頬が綻ぶ。
「週末は何か予定でもあるのか?」
サンドイッチを頬張りながら、輝は首を振る。
「んーん! 何もっ! お兄ちゃんは何かあるの?」
「いや、特に無い。店の買い出しは今日済ませるつもりだ」
「それ、全然お休みじゃないじゃん……」
コーヒーを啜る。確かに言われてみればそうかもしれないが、矢張り店の営業が休みの時点で休んではいる気がする。
「でもでも! 明日は一緒にゆっくり出来るねっ!」
「そうだな。……ああ、そうだ。最近出来ていなかったから、明日掃除をしようと思っていた」
「え〜‼︎‼︎ 明日はゆっくりしようよぉ、お兄ちゃ〜ん‼︎‼︎ ね、たまにはいいでしょ……?」
山奥の星月夜のような目で見上げてくる輝。どうにも、輝には勝てない。
「……仕方ない、たまにはゆっくりしよう」
「ヤッター‼︎‼︎ よっしゃ今日も頑張るぞぉっ!」
まあ、晴れの日も悪くない。
携帯に記録してきたメモを見直す。不足物として記されたのは各種野菜と魚。
「おぅ、日暮の兄ちゃん!」
唐突に名を呼ばれ顔を上げると、馴染みの八百屋が野菜の積載された押し車を押している。丁度この八百屋に用事があり、向かっている最中だった。
「田村屋さん。何されているんですか」
「いやよぅ、今朝収穫した野菜を運んでンだよ。これが重くて敵わねンだワ」
「田村屋さんに向かっていたので、手伝います」
「おおそうかい、いや悪ィね、じゃ頼むワ」
八百屋から押し車を預かり、押していく。まあ押せないなんてことはないが、かなりの重量だ。見下ろすと、どうやら南瓜やら大根やら重量級の野菜たちが大量に積まれている。
「兄ちゃん、見た目じゃ分からんけど力持ちなンだな」
「ああ、はい」
「いやぁ助かるワ。この歳になると腰が辛くてよぅ」
「そうですか」
「にしても今日は気持ち良い日和だな、晴れてッと気持ちも明るくなるよな」
「そう、ですね」
田村屋店主は色々と話し掛けてくれるが、どうにも俺は口下手だ。今に始まったことではないし、治せる性質のものでもないが、どうにも悪い気がしてならない。
ぎこちなく会話をし、ようやく店舗に着いた。田村屋店主は俺に感謝を告げた後、「ちィと待っときな」と言って店の裏へ消えて行った。店先で立ち尽くす。
「ンン? おぉっと、マスターさんじゃないかい。やァやァ」
背後から声を掛けられて、振り返ると、そこには恰幅の良い中年女性が発泡スチロールの箱を持ってこちらに笑い掛けている。俺の贔屓の魚屋だ。
「シバタさん。この後店に伺いたいんですが」
「おぉっ、そうかいそうかい。今日は何が欲しい? 用意しとくよォ」
「アジが欲しいです。それに加えて、何か上等なものがあれば頂きます」
「今日は一際イイモンが揃ってるよォ! じゃ、アジと一緒に色々用意しとくからねェ」
「ありがとうございます」
じゃあねェ、と言いながら闊達な笑顔で去っていく魚屋店主。俺も会釈を返す。
「━━待たせたな兄ちゃん、ッと」
声が飛んできて背後を見直す。田村屋店主が店奥から、何やら大きな段ボールを二つ積んで運んでくる。
「いつも贔屓にしてもらってっし、今日は荷物運び手伝ってくれたからよぅ、コレ、このまま持ってってくれや」
どさっと置かれた段ボールの中を覗く。一通りの葉物野菜や根菜、それに先程見た南瓜も入っている。
「ありがとうございます、お幾らですか」
「だァから、このままっちゅーとるだろ。お代は要らンのヨ」
「え。いや、それは」
「イイからよぅ、持ってけ持ってけ。またウチ来てくれりゃそれでイイから。な。押し車、要るか?」
「ああ、いや、自分で運べます」
「そうかそうか、兄ちゃん力持ちだもンナ。気をつけて持ち帰れヨ。じゃまた」
嵐のように言葉を畳み掛けて再び店奥へ引っ込んでいく店主。もう姿は見えない。感謝を伝える前に押し切られて、行ってしまった。
「……ありがとうございます、頂きます」
もう聞こえていないだろうが、一応声を掛けて、荷物を持ち上げる。かなりの重量だ。兎に角、魚屋へ行かなければ。田村屋のビニール製の庇から出ると、日射が俺を貫く。昼にもなると、矢張りまだ暑さが顔を覗かせる。
まあ晴れてるにしては、いつもよりか気持ちが明るい、かもしれないな。
無機質な白色の巨大立方体の中で、目の前には蒼が立っている。ここはマールム地下の守り人専用訓練場だ。買い出し帰り、蒼の店に通り掛かったため声を掛けてここに誘った。
「こうして向かい合うのも久々だな」
俺の発した声は堅固な壁面で反射して空間中に響く。蒼の背に担いだハルバードと俺の携行してきた二対双剣が鈍く唸る。
「━━それじゃ、早速始めるわよ。二人とも、準備は良いかしら?」
俺と蒼の間、少し端に逸れた位置に立った花林が取り仕切る。マールム到着後、花林とも合流した。花林の手に持つ携帯電話が鋭光を反射する。
「ボクはいつでもだいじょ〜ぶだよぉ」
蒼に向けていた目をこちらにくれる花林。俺はその目を無言で見返す。花林は小さく肯いた。
「━━終了条件は、どちらかが倒れたまま三秒間経過することか、どちらかが降参すること、もしくは開始から三十分が経過すること。戦闘開始から五分間は武器と魔力の使用禁止、その後アラームが鳴る度、武器、次いで魔力の使用が解禁されるわ。私がどちらかに命の危機を感じたら強制的に止める。分かったわね」
花林と目が合い、首肯を返す。後、目線を真正面の蒼に固定する。
「それでは戦闘訓練、開始」
花林の淡々とした号令が、音量の割に反響する。声の余韻は長く続いている。俺は構える。半身になって胸の前で手をだらんと垂らす蒼の独特な構えを、俺は見ている。普段の俺なら開始の号令と同時に動くが、今回のルールでは未だ徒手空拳のみしか扱えず、更に言えば、相手は蒼だ。俺は下手に仕掛けられないでいる。
俺が鋭利な刃物だとすれば、蒼の戦闘スタイルは正に「水」だ。
蒼は自分から攻撃を仕掛けることは余りせず、ただ低きに流れるように、こちらの動きに合わせてくる。幾ら刃物を振るおうと水を切り裂くことは出来ないように、あらゆる攻撃をするりするりと逸らし躱してくる。正直、蒼を相手にするのは苦手だ。だからこそ、訓練の意味がある。
「掛かってこないのぉ? もう訓練は始まってるよぉ〜」
手をひらひらと柳のように揺らして、余裕そうに笑っている蒼。コイツ自身、俺が下手に動けないことを理解している。
「今、行く」
俺は眼前の青柳に歩み寄る。ゆっくり、一歩ずつ、蒼との距離が縮まっていく。足音が静寂の空間に谺する。もう目の前、あと一歩進めば、手を伸ばせば、容易に蒼に触れられる距離まで来る。依然揺らめくのみで行動を起こさない蒼。
一歩、右足を踏み出す。右へ傾く視界。目を見開く。右側に重心を移動、直後左方へ跳躍、蒼の頭蓋目掛けて振り抜いた右脚。顳顬を確実に捉えた。
という感覚は、一瞬にして水に流れる。俺の右脚の軌道を川のように見事潜る蒼。視界の右下の隅へ消える蒼。目で追うと、身を翻し背を向けている。下方、引き絞られた右足が俺を捉える。俺は即座に上半身を左へ捻転、真裏を向いて着地、放たれた蒼の足の軌道を逸らす。無防備に体を開く蒼の間抜けヅラ。その腹へ右膝をぶち込む。
しかし膝が腹へ喰い込む寸前、蒼は両手を俺の膝に突いた。落ちる俺の右足と、反対に跳ぶ蒼の全身。跳び箱のように跳び上がって、蒼は俺の上を跳び越えて見事着地した。
「っとぉ! ……久し振りだけどぉ、全然変わんないねぇ〜」
「全く同感だ」
改めて向き合って構える。ジャブ、逸らされ、ジャブ、逸らされ、ワンツー、いなされ、ストレートは躱される。蹴りも逸らされ避けられ躱されて、時偶意識外からの反撃が飛んでくる。掴もうとしても掴めない、掬おうとしても指の隙間から零れていく。海と組手をしているかのような、途方もない心地だ。このままでは日が暮れる。
ビ━━━━━━ッ
アラームの音。同時、武器を抜く。一対の双剣。懐に潜り込んで首筋を確と捉える。振り抜く。
キンッ
金属音。蒼は咄嗟に身を翻し、どうやら俺は背のハルバードを切り付けたらしい。そう来なくては。口角が吊り上がる。
再度身を翻した蒼。今度は得物を抜いてハルバードを構えている。
「━━行くぞ」
発声と同時、目を見開く蒼へ駆け込み切り付ける。矢張り双剣を使っているときが一番楽だ。自分自身の四肢よりも体に馴染む。しかし、流石は蒼だ。俺の無数の斬撃を、分離させたハルバード二本で見事受け切っている。時計の秒針よりも速いテンポで、甲高い金属音が生み出されている。
些か振り被って強撃を喰らわすと、「あわわ」と零す蒼はそれをいなせず真正面からハルバードで受けてきた。俺の短剣を両方のハルバードで受ける蒼。俺はもう片手も添えて押し返す。二本対二本の構造は次第にそれぞれ片手ずつに分かれ、それぞれ片方の短剣と片方のハルバード同士、押し相撲のように押し合う構図となった。
相手の武器は当然、俺の短剣よりも重い代物。更に、単純な力比べなら、確実に俺に利がある。この押し合いで、俺が負けることはほぼない。力と体重で、蒼の上体を押していく。蒼の苦悶の表情。あと一押し。
「━━ッ」
蒼が、笑った。途端、軽くなる腕の感覚。蒼が、自ら力を抜いて後方へ倒れた。前方に放り出される俺の身体。すっぽ抜けた俺の双剣は鋏のように凄まじい勢いで眼前の空を切り裂く。切り裂かれた空間の向こう、蒼の、狂気的なほど無邪気な笑顔。それを挟む、引き絞られた一対ハルバード。
咄嗟に勢いそのまま体勢を低くする。脳天の上で金属塊の唸り声がして、死神の吐息が旋毛に掛かる。
「外れちゃったかぁ」
蒼の声。そのまま倒れ込む俺たち二人。
倒れたまま三秒間、押さえ込めば勝ち。俺は蒼の動きを封じるため圧し掛かろうとしたものの、またもや水のように蒼は身を捩って俺の下から脱出する。俺は上体を捻りつつ立ち上がろうとするが、上から二本の鉄棒が落ちてくる。仰向けの俺を、蒼がハルバードを駆使し拘束している。蹴りを放つが、惜しくも当たらない。蒼は軽い。幾ら圧し掛かろうとも、俺の全身の動きを完全に止めることは恐らく不可能。しかし、この状態ではまともに反撃が出来ない。どうにかして拘束を振り解くしかないが。
ビ━━━━━━ッ
二度目のアラーム。
「日没」
「無地に水玉」
同時、魔力を行使。日没は体内の魔力量を極限まで高めることによって身体を一時的に魔力体とする。魔力は透過性の高い物質であり、いかなる狭隘な場所であろうと移動することが出来る。しかし、当然身体に負荷の掛かる技なので、魔力体になっていられるのは極短時間、更に高頻度で繰り出すことは出来ない。
魔力体となり少し距離を取った。先程まで俺がいた場所には、いつの間にか巨大な水の半球が構築されている。澄ました顔だった蒼は途端驚いた顔になって周囲を見回し始め、俺と目が合うとニヘっと笑った。それと同時に水の球が弾ける。
「逃げられちゃったかぁ〜」
「ああ。これでようやく、本気が出せる」
双剣の柄の先を合わせて両刃にし、宙へ放る。もう一対の双剣も同様にし、投げた両刃をキャッチする。矢張り、この状態が一番手に馴染む。
「ボクも、だよぉ?」
不穏な笑みを浮かべる蒼。胸の前で、両手のハルバード、その柄の先を、合わせた。瞬間、蒼を起点として周囲に大波が起こり、轟音を立てて押し寄せる。足が掬われそうなほどの水圧。後、部屋中を脛まで浸かる水が満たした。
「━━どこ見てるのぉ〜ッ?」
周囲を見回していた俺の視線を強奪する声。いつの間にか巨大な水溜りに発生した波に乗り、海王の槍のようなハルバードを振り翳して高速で接近する蒼の姿。咄嗟に跳ぶと、目下、銀の凶器が唸り声を漏らして虚空を裂く。直後、突如水面から激流が立ち昇り、イカの触腕を模して俺の踝を掴む。コンクリートと化した水面に叩き付けられ、水は鬱陶しく俺の全身に纏わりつく。滲み歪む視界、水の向こう、暗器を高く天に掲げるシルエット。
中々やるじゃないか。
刹那の出来事だった。俺は全身体表を固体魔力の膜で覆う。同時刃を振るい、水を、その一分子に至るまで切断する。斬撃と共に体表の壁を八方へ散らし、俺と忌まわしい水共は隔絶される。放射した壁を追い、蒼の足元へ。今正にハルバードを振り降ろさんとしている蒼の体は無防備だ。ぎょっとした顔を見上げる。刃を振り上げる。
「危なぁいっ!」
上昇気流ならぬ上昇水流に乗って、蒼は一気に上方へ逃げる。脚部の筋肉の収縮、後、跳躍。苛烈な勢いの水柱から伸びる水の触腕を断ち切り、終ぞ蒼の足を刈らんと剣を振るう。
宙返り。ジェットコースターのループのように、宙でくるりと縦に回ってみせる蒼。水飛沫が頬に掛かる。まるで水族館のイルカショーでも見たような心地だ。否、俺は今遊戯をしている。宙で固体魔力の壁を展開し、利用して再度跳躍、横跳びして蒼を追いかける。
「逃げてばっかじゃつまんねえぞ」
蒼の上を取る。前方へ勢いをつけて宙返り、速度を乗せた踵落としを喰らわす。直撃。やけに硬い感触を見れば、ハルバードで受けている。しかし自らの湖属性魔力を突き破り、床に叩き付けられる蒼。途端、潮が引いていく。俺は徐に着地する。蒼は静かに横たわっている。部屋の隅、俺の魔力で形成した堅牢な空間で俺たちを見ていた花林だったが、焦った顔で動きを見せる。だが、俺はそれを手で遮った。俺には分かる。蒼は、この程度で音を上げるようなヤツじゃない。
「もう終わりか」
空間中、俺の低音が響き渡る。余韻に金属が鈍く反響する。
「━━まだ、二秒と四十二しか経ってないよぉ」
ホラー映画のゾンビのように、手を使わずに体幹だけで起き上がる蒼。中央で分離した一対のハルバードを、胸の前で平行に構えながら立ち上がる。
「ボクはもう、逃げないよぉ。でも、攻めない。ボクは湖の守り人だから、自由自在に流されるんだぁ。さぁ、堰は無我夜、キミが立ててねぇ。ボクはそれを決壊させるから、さぁ!」
煌めく二本の平行線。あの海のような、太陽のような、燦然と爽涼な表情。地下の大空間に、潮風が流れ込んだように思う。
「……フフ、そうか。そりゃ楽しみだ、なッ」
片方の両刃剣を、回転を掛けて投げる。鋭利な円盤となって飛翔する暗器、をひらりと躱す蒼。そのときには、俺は既に蒼の懐へ跳び込んでいる。驚いた顔をしながらもしっかり斬撃をいなす蒼。切り付け、防がれ、切り付けては防がれ、あちらがハルバードを振るってくるが些かサイドステップして躱し、再び斬撃を見舞う。当然の如くいなされる。
同じような、完璧な攻防を繰り返して少々。もうそろそろ。視界の端、蒼の背後、投げた両刃剣がブーメランの如く戻ってきているのを確認する。蒼と押し合い一瞬生まれた隙に前蹴りを喰らわす。仰け反る蒼。花林に目配せする。動く花林。
ふらり。花林の魔力が届く前、蒼の体が揺らぐ。背後、いつの間にか現れていた水流、によって軌道の逸れた俺の両刃。目を見開く。
「━━バレてるよぉ?」
手を伸ばし上体を捻転させ両刃をキャッチする俺、の無防備な下肢に喰らい付かんとするハルバード。俺は回転の勢いそのまま取った両刃を振るう。ガキン、と強烈な打撃音が鼓膜を叩く。激しい衝撃、受けた両刃は弾かれて吹っ飛ぶ。即座に残った両刃を分離、双剣の右手側を首筋へ。蒼も受けた方でないハルバードでそれを防ぐ。こちらはすかさず左手で追撃を入れる━━フリ。咄嗟に持ち上げようとした重いハルバードを踏み抜く。床へ墜落したハルバードが今日一番の大声を上げる。首筋へ走る短剣。遮るものは何もない。時間が止まる。
静寂。動かない蒼。首筋寸前で刀身を止め、一切の動きを止める俺。
「━━終了よッ。無我夜の、勝ちね」
魔力を解く。黒い塵と化して消えた部屋から花林が解放され、こちらへ駆け寄ってくる。号令の途端、ようやく、長く息を吐くことが出来た。全身から力が抜けるのを感じる。武器を納刀する俺の目の前で、蒼は弱々しく息を吐きながら雪だるまが溶けるようにその場に崩れた。
「うぅぅぅ~~~疲れたぁぁぁ~~~……背中痛いよぉ~‼‼ 手もじんじんするぅぅぅ~~~」
先程までの真剣な表情はどこへ行ったのか、蒼は呆けた顔で手をぶるぶるさせている。その余りにも激しい落差に、つい笑いが零れる。バッと顔を上げる蒼。
「ちょっとぉ無我夜ぁ~! ホントぉ、いつも手加減なしだよねぇ~……!」
「してほしかったのか?」
「もぉ~! そ~ゆ~ことじゃないんだよぉ~! それにぃ、無我夜が手加減下手なの知ってるしぃ?」
「よく分かってるじゃないか」
少し息を切らした花林がこちらに到着する。
「二人とも、本当、お疲れ様ね」
「花林~!」
「ああ。お前も、タイムキーパーを請け負ってくれて助かった」
「別に減るものじゃないし、いいのよ。それに」
花林の言葉が詰まり、俺と蒼は目を見合わせる。
「楽しかった、でしょう?」
同時、息を吸う音が重なる。
「ああ」
「うん~! すっごく、楽しかったぁ! 花林も無我夜も、ありがとねぇ~。久し振りに、あんなに本気出せたよぉ~」
「……俺もだ。誘いに乗ってくれて、ありがとな」
蒼に、手を差し出す。パッと明るい顔になって、躊躇いもなく俺の手を掴む蒼。満面の笑みで見上げる。
「━━どういたしましてぇ~‼‼」
ひょいっと木の葉のように立ち上がる蒼。三人、並んで歩き出す。
「それにしても、背中、早く治さないといけないわね」
「うわぁ、思い出したら痛くなってきたぁ! 今日ってぇ、輝いないよねぇ~?」
「平日だからな。仕事だ」
「そうね。それじゃあ、輝ちゃんのと比べると効果はかなり劣るけど、私の光属性魔力で我慢してもらうことになるわね」
「やったぁ~‼‼ 花林に治してもらえるなんてぇ、すっごく嬉しいよぉ! じゃあ早速、お願いしまぁ~す」
「ちょ、ちょっと! こんなところで服を脱がないでっ! あ、あとで治してあげるから━━」
「イチャつくなら俺がいないところでやってくれ」
潮が満ちて、引いて、再び満ちて、また引いて、その繰り返し。日々は潮の満ち引きに似ている。ま海には太陽が似合うのなら、晴れも悪くはないのかもしれないな。
輝は、今日も無事に一日を終えられたろうか。
次回「校則②『課外活動にも全力で取り組め!』」




