#11 とある一日〜ハプニングを少々〜
今日の花林特製イカサンドは本当に美味しかったなぁ。
花林が先にお店に降りて行って、一人でゆっくりご飯を食べていたら、いつの間にか時間が飛んでた。ちょっと目を瞑っただけなのに、不思議だなぁ。とにかく、早くボクもお店に行かないと。花林に笑われちゃう。あ、花林が笑ってくれるならそれでいいか。まあいいや。歯磨きをして、顔を洗って、準備完了!
急いで下に来たけど、お店には誰もいなかった。電気を点けて、曲を掛けて、またまた準備完了! ちょっと開店は遅れちゃったけど、お客さんは来てないし、いいよね。
開店からちょうど一時間経った。お店にはボク一人だけ。お客さん来ないなぁ。退屈だなぁ。海水浴シーズンは過ぎてしまって、更にはこの間の海水浴場に現れたおっきなクジラサンのニュースもあって、最近はお客さんが少ない気がする。何か暇つぶし、出来ないかなぁ。
店内を見回す。棚に並んだ日焼け止めやゴーグル、水着たちに、壁際にずらっと並んだサーフボード。こないだやったばっかだけど、サーフィンしたいなぁ。ここで出来ないかな。サーフボードはあるし、波も自分で創れる。あ、でも、狭いから楽しくなさそう。や〜めた。
気分だけでもサーフィンしてる感じになるかなぁ、と思って、店内でサーフボードに乗って目を瞑ってみる。涼しい風。リズミカルな音楽。サーフボードの感覚。
「いぇ〜〜〜い」
海のニオイはしないけど、これはこれでちょっと楽しいなぁ。
しばらく時間が経って、妄想サーフィン中のボクの耳に何か聞こえてくる。音楽の向こうに、バタバタって音。目を開けると、入口の扉を誰かが叩いてる。いつも来てくれるサーファーのオジサンだ。扉を開けに行く。どうして入ってこないんだろ。鍵を開けて押し開ける。
「いらっしゃ〜い! 自分で入ってくれば良かったのにぃ〜」
「いやいやソウ君! 扉、鍵閉まってたよ! 札も『CLOSE』だし!」
あ、そういえばそうだった。鍵を開けるのも札を裏返すのも忘れてた。
「だから誰も来なかったんだぁ〜」
「全く……ビックリするよ、ホントに……」
「エヘヘ、ごめんねぇ〜? それでぇ、オジサン今日は何しに来たのぉ?」
「ああそうそう、ボードに塗り替えるワックス切らしちゃってさ。売ってるかい?」
「もちろん〜! 一箱余ってるよぉ〜」
「一個でいいカナ……」
オジサンがワックスを買ってって、午前のお店は終了! ちゃんと札をクローズに戻して、電気を消して、店の外に出て鍵も閉めた。隣のお店を覗くと、ちょうど花林も店内をキレイにしているところ。
「花林〜、お昼ご飯食べよぉ?」
「あら、蒼。片付けが早いのね。ええ、そうしましょうか。少し待っていて頂戴、もう少し掃除をするから」
花林のお店の中に入ると、すごいお花の匂いで鼻が幸せだ。脚の長い丸椅子に座って、掃除を続ける花林を眺める。たくさんのお花に囲まれて、俯き加減の花林。チョウチョの羽のような長い睫毛、チョウチョの口のようにクルクルした長い髪。モンシロチョウのように真っ白な肌。今日もキレイ。何かいつもより丁寧にお掃除してるなぁ。
「今日のお掃除はすごぉく丁寧だねぇ〜」
「ええ。私この後ご飯を食べたらマールムへ行くから、閉店作業よ」
「マールム行くのぉ⁉︎ 何でぇ〜?」
花林はボクの大きな声にふと顔を上げる。澄ました顔も可愛い。
「あら、言わなかったかしら。先月の、海水浴場の怪物の詳細が判明したらしくてね、呼び出されたのよ」
「そうなんだぁ〜」
そういえば朝、そんなことを言っていたっけ。あんまり覚えてないや。でも、何だか寂しいなぁ。仕事中、一緒に働いているわけでもないし、別に顔を合わせるわけじゃないけど、何となく、隣に花林がいないと寂しい気がする。
「ボクもマールム行っちゃダメぇ……?」
「ん〜、多分専門的な話をされるから、蒼には分からないと思うけれど。それに、急にお休みにしちゃ、お客さんに悪いわ。それとも、何かマールムに用事でもあったかしら?」
「ないけどぉ〜。花林と一緒にいないと寂しいなぁ〜ってさぁ」
花林のホウキを持つ手が止まる。しばらく動かないままだったけど、また動き出す。
「……直ぐ、帰ってくるわ。え、えと、そろそろ掃除も終わるし、先に上に戻っていて頂戴」
「ヤッタァ〜‼︎‼︎ じゃ〜待ってるねぇ〜!」
お昼ご飯も楽しみだ!
鍵も開けて、札も裏返して、今度こそ完璧に準備完了! 午後のお店が始まった。言葉通り、花林はご飯を食べてから、マールムへ出掛けてしまった。花林がお昼ご飯に作ってくれたイカ焼きそば、とっても美味しかったなぁ。また作ってもらおう。花林がいないと、やっぱり寂しいなぁ。
店内で妄想サーフィンしたり、ゴーグルを着けてみたり、フィンを履いてみたり、最終的にはいつもの、レジに置いてある高い回転椅子でグルグル回ったりして、たまにお客さんが来たり来なかったりしながら、時間は過ぎて行った。
花林は中々帰ってこない。お客さんもあんまり来ないし、暇だなぁ、花林早く帰ってこないかなぁと思っていたとき、カランコロンリリリンと扉のベルが鳴った。回転を止める。
「━━ただいまぁ〜!」
「……言うとすればおかえりだし、ここは俺の家じゃないぞ」
この声は。入り口に立っている人をちゃんと見る。黒髪に黒パーカー、背の高い真っ黒な男の人。
「無我夜ぁ〜⁉︎ 何でぇ? 何でここにいるのぉ⁉︎」
「来ちゃ悪いか……? 買い物帰りにちょうど通り掛かったから入店しただけだ」
椅子から降りて走っていく。いつ見てもおっきいなぁ。
「ボクも暇だよぉ〜!」
「お前勤務中だろう……」
「だってぇ、オ客サン、全然来ないんだもん〜」
無我夜は「そうか……」と微妙な顔。その後、しばらく黙り込んで何か考えているみたい。
「どうしたのぉ〜?」
「蒼。久々に、どうだ? マールムで」
拳を構えてファイティングポーズの無我夜。マールム! 花林!
「行くぅ〜‼︎‼︎」
「やけに元気だな……。まあいい、店が平気ならさっさと行くぞ」
カランコロンリリリン。無我夜、足速いなぁ。
無我夜、暇なのかなぁ。何してたんだろう。
次回「潮ノ満チ引キ」




