#8 おかいもの〜着せ替えを添えて〜
切り身のイカサンと干されたイカサンしかいなかったなぁ。
さっき電話が鳴って、誰かなぁと思ったら輝だった。ボクのスマホじゃなくて無我夜のスマホに電話が掛かってきて、呼び出されたみたい。
スーパーの真上がデパート、その隣がガチャガチャで、その隣がゲームセンター。服屋サン、靴屋サン、靴下屋サンの隣が、さっきミンナで来た服屋サン。ゲームセンター楽しそうだなぁ。クレーンゲームに、イカサンいないかなぁ。お天気イカガクンのぬいぐるみがあるかも。
「ねぇ、ゲームセンターならいるかもよぉ〜?」
「いや、アイツらがいるのは服屋だろ……?」
「違うよぉ、イカサンだよぉ」
「ああ、そっちか……茜と合流したら行くか」
「ヤッタァ〜!」
「アイツがどう言うかは知らんが」
楽しみだなぁ、クレーンゲーム。そういえば、花林はどうなってるだろう。うわぁ楽しみだなぁ。クレーンゲームより、もっと楽しみだった。服屋サンに入っても無我夜はまっすぐ歩いていく。ボクはその足跡をなぞってもう一回踏んでいく。無我夜、一歩一歩が大きいなぁ。疲れないのかな。でも、無我夜が疲れてるときなんて見たことないから、やっぱり疲れないのかなぁ。
「あぁっ、輝だぁ〜!」
「お、二人とも来たね!」
「待たせたな。で、花林はどこだ?」
「ふっふっふ……こちらで〜すっ!」
輝が横にずれる。花林。春の野花みたいなまつ毛。キリッとした宝石のかけらみたいなお目々。桃みたいに赤い柔らかいほっぺた。いつもどおり、どんなものよりもかわいい。あっ、麦わら帽子被ってるし髪型が違う! ボクみたいに、いやボクのとはちょっと違うけど、後ろで結んでる。すっごくかわいい。いつもより子供っぽい感じがして、とにかくかわいい。白衣じゃない! ワンピースっていうんだっけ。肩のフリフリがイカサンの耳みたい。お洋服も、花林そのものも、うわぁ肌真っ白、まるでお人形サンみたい。
「すッッッごく、カワイイよぉ花林〜〜〜‼︎‼︎ いつももすッごくカワイイけどぉ、今の花林もとッてもカワイィ! うわぁっ、えぇっ、カワイィ〜〜〜‼︎‼︎」
「━━蒼っ」
「ん〜? ど〜したのぉ、花林〜?」
「……は、恥ずかしいから、もうやめて……」
「━━もぉぉぉ〜〜〜‼︎‼︎ そんな顔でそんなコト言われても無理だよぉ〜〜〜‼︎‼︎」
体が勝手にハグしちゃう。もうどうすればいいのか、ボクにはもう分かんない。どれだけ声を出しても動いても、足りない。
「……俺、帰っていいか」
「なぁに言ってるの、お兄ちゃんっ! ほら、次はお兄ちゃんの番だから、こっち来て!」
輝も無我夜もどっか行っちゃったけど、花林がここにいるから、まあいっか。
この服屋は大衆向けではあるものの、かなり高品質な各種衣服を売っている。基本的にドコにでもある店だから、オレも偶に来て、私服を買ったりしている。あの四人との約束は果たされ、砂夜がアクセサリー購入後、アイツらはさっさと帰ってしまった。一応、この後海用品を買いに行くとは伝えたものの、どうやらアイツらは海には興味が無いらしい。
さて、アイツらはドコにいるのか。
「あぁ〜、茜ぇ〜!」
蒼の声。そちらを向くと、試着スペースの手前で花林とくっ付いて立っている。というか、花林の服装が変わっている。淡いピンクのリボンが映える麦藁帽子に純白のフリル付きワンピース。髪型までご丁寧に変えて、ピンクリボンの藁編みトートバッグや厚底コルクのウェッジサンダルに至るまで、小物もよく凝って選ばれている。
「……何か、言いなさいよ」
オレの視線を躱すように、目を逸らして腕を組む花林。
「……ヤッパ、オマエはそういう格好がよく似合ってると思うぜェ」
「……そう」
それ以外何も言わずに、依然目を合わせようとしない花林。
「茜ぇ〜っ‼︎‼︎ やっぱりぃ、花林、カワイイよねぇ〜⁉︎」
「ア? あァ、そうだなァ」
「でしょぉ〜⁉︎ ホラぁ花林、やっぱり花林はカワイイんだよぉ〜‼︎‼︎」
「わ、分かったから……ここ、お店の中だから、やめて頂戴……」
「だってぇ、花林がカワイ過ぎて、どうしたらいいか分かんないんだもん〜!」
「も、もうっ……」
今日は一段と強烈な愛情表現だ。見てるこっちが照れちまう。
「終わったよ〜━━って、茜! 丁度良いところに! あれっ、4F6は?」
「よォ。アイツらはもう帰ったぜェ」
「え、早ッ! みんなと一緒にお買い物したかったんだけどなぁ」
「海には興味無ェんだとよォ」
「ふーん」
試着スペースの奥から現れた輝は不満そうな顔をして頬を膨らませる。
「ま、いいや! 切ちゃんたちとはまた来ればいいし! ねえ茜っ、お兄ちゃんのコーディネート終わったから見てよっ! 出てきていいよっ、お兄ちゃん!」
試着スペースの奥へ明朗な声を飛ばす輝。高い声の響く空間から、ぬっと何者かが現れる。
大きめのディープグレーのシャツに、緩く締めた黒色のネクタイ、ボトムスもまた黒のジャスト丈のワイドパンツ。シャツの袖口から覗く骨ばった手首にはシルバーのブレスレットが見える。靴は抜け感のある赤のスニーカー。モード系、黒主体のコーディネートではあるが、いつものあの何の面白味もないテンプレみたいな服装からは見違える。が、本人はどうも何も分かっていないようで、いつも通りの仏頂面だった。
「……どう⁉︎」
「━━メッチャイイじゃねェかァ! ンなのによォ、ナニ、オマエは『だからどうした』みてェな顔してやがんだァ⁉︎」
「輝のセンスの素晴らしさは周知の事実だが、自分のことはどうでもいい」
コイツというヤツは、本当に。つい溜息が漏れる。背丈もあるし、顔もイイってのに、自覚が無さ過ぎる。蒼も花林も盛り上がって(主に蒼が)寄って集って囃し立てているが、依然無我夜は無頓着そうな顔だ。
「みんな、褒めてくれて嬉しいっ! じゃ、お兄ちゃん、次ねっ!」
「はいはい」
成すがままに肯いて再び試着室へ戻っていく無我夜。オイ待て、今、次って言ったか?
「輝ぁ、次ってぇ〜?」
「ん? 次は次だよ!」
試着室へ向かう兄を追う輝、更にソレをオレらは追った。
数分後。
「━━じゃ、お兄ちゃんっ! カーテン開けてっ!」
輝の号令で開く試着室のカーテン。現れた無我夜は、先程のフォーマル強めな格好とは打って変わって、ストリート系の超カジュアルな格好だった。灰色のニット帽に、褪せた灰色かつ有名映画とのコラボビジュアルの、生地の厚いオーバーサイズTシャツ、ボトムスは褪せたオリーブ色のダボダボカーゴパンツ。コレもかなりイイチョイスだ。相変わらず、本人は仏頂面だが。
「どうよっ‼︎」
「マジでカッケェぞォ、オマエ。ッつーかその服、ドンピシャでオレの好みだわァ。今オレが着てんのもストリート系だしなァ」
「……成人男性同士のペアルックはキツイだろ」
「ペアルックとまでは言ってねェよ‼︎‼︎」
「よしっ! じゃあお兄ちゃん、次ね!」
「またかよォッ⁉︎」
数分後。
「出でよっ、お兄ちゃん!」
龍神でも呼び出す気か、コイツ。再び輝の号令で開いたカーテン。ソコには先程よりも怪訝な顔の無我夜が立っている。
まず、猫耳の付いた黒のニット帽が目に飛び込んでくる。このファッションをズバリ何々系と表す言葉をオレは知らないが、一つ前のストリート系の服装に傾向は似ている。オーバーサイズの厚手の半袖Tシャツに、ソレに合わせた色のビッグシルエットのアームカバー。ボトムスは一見前回と同様ダボダボなカーゴパンツのように見えるが、ハーフパンツの位置で一度分離、ソレより下の裾とハーフパンツが黒のメッシュで繋がっている。服装全体的にキャッチーなアップリケやらネコの顔やら何やらデザインされていて、かなりキャラクタチックというか、特殊なファッションだ。ドコか癪だが、ナゼかどうにも似合って見えるのが不思議だ。表情は、やや先程より曇っている。
「……輝、この服は流石に攻め過ぎじゃないか……?」
「そんなことないっ! お兄ちゃんカワイイよぉっ! ねェ、みんな?」
コッチを振り向く輝の、その小さい背丈から放たれているとは思えない覇王のような圧。
「お、おォ、似合ってると思うぜェ……」
「カ、カワイィ〜」
「無理してるだろ━━」
「はいはいっ! お兄ちゃん、最後の服に着替えて〜!」
「……はいはい」
「まァ、こうなることは知ってたけどよォ……」
数分後。
ジャーっと開いたカーテンの先に立っていたのは、遊園地にいるような黒猫の着ぐるみ。正確には頭部のユニットを外した状態の、フードの付いた着ぐるみの胴体部分から顔を出している無我夜。明らかに先程よりもむすくれた顔をしている。
「カワイイ〜〜〜ッ‼︎‼︎」
一人で大興奮の輝は、無我夜のそんな様子に気も留めていない。
「お、オマエ……」
「お兄ちゃん、最ッ高! 写真撮らせてね〜‼︎‼︎」
「……」
スマホを構えて連写する輝には、どうやらオレの呼び掛けも届いていないようだった。依然黙り込んで、されるがままの無我夜。
「な、無我夜ぁ、すごぉくカワイイよぉ〜?」
「……」
「そ、そうよ。そ、そこまで酷い格好じゃあ……ええと、そうね」
「……」
「だ、だからよォ無我夜、そんな怒るなってェ━━」
「暑い」
ソコかよ。暑さ寒さじゃなくて、先ずはそのふざけた身なりに文句言えよ。
その後、まともな服に着替えてから海用品売場へ行ったオレらだったが、正直、むすくれた顔の黒猫(着ぐるみ)のことしか覚えていない。
花林は本当に可愛いなぁ。後は海に行くだけだ。楽しみだなぁ。
次回「海ノ魔物」




