#5 天才的仕事術
本日、天窓越しに見上げる空は雲に覆われている。何と晴れやかな気分だ。天気は曇りだが。晴れというのは好かん。無駄に暑くなるし、余りに膨大な光量は仕事の邪魔だ。特に雲一つない青空というのは気味が悪い。動きもなくて、眺めるのも何とも退屈だ。それに比べて、今日の曇天だ。ゴーグルを装着してよく観察すると、その雲の流動を確と見ることが出来る━━。
ウィーン。自動扉の開く音。折角この超高度な頭脳を休めていたというのに。
「キミ達、タイミングというものを考えたまえ!」
マシンチェアを操作して降下する先には、ワタシの大声に面食らっている様子の茜と相変わらず退屈な仏頂面の無我夜、それに、見慣れない四人の女の姿がある。
「━━ッンだよ、ビビったじゃねェか。事前に連絡しといただろォが」
「そんなことは分かっている! ワタシは今、ワタシの高尚な脳味噌を休めていたというのに!」
「ただ休憩してただけだろ」
この木偶の坊。ワタシより少し身長が高いだけの凡夫め。いつ見ても愛想の無い退屈な顔だ。どうやらいつまで経ってもコイツはワタシの非凡な才を認めないらしい。全く、仕方のないヤツだ。
「そんなことはどうでもいい。キミ達は初めて見る顔だな」
椅子から飛び降りて、男二人の後ろで居心地悪そうに周囲を見回す四人に歩み寄る。
な、何者だ、コイツらは。ワタシの十八年の人生で、今までに見たことのない身体的特徴の人間だ。特に、この角の生えている女。デカすぎる。有り得ん。無我夜よりもデカい人間がこの世に存在するとは。それに、この目付きの悪い暗い茶髪の女の頭から、否背部からも出ているそれは何だ。先端の黒色の鎌に似た刃物は一見金属の刃渡りのようにも見えるが、確実に人体の一部であるとその質感が言わしめている。それに、この野暮ったい黒髪の女なんて浮いているぞ。無属性魔力か? イヤしかし、魔力は感じない。そもそもわざわざ自分の体を浮かせて移動する意味が分からない。浮遊女の後ろに隠れているガキの腰から出ている触手も暗茶髪女のものと同質のものか? だが、こちらに装着(?)されている刃物は人工物もしくは鉱物のような質感を孕んでいる。分からん。謎の女四人衆、その実情が、この天才の脳にしても全く殊更一切合切分からん。
「ククク……面白い! 気に入った。キミ達、名前は」
どうやら困惑している様子の四人だが、そんなにもこの天才との邂逅は刺激的だったか? 安心しろ、凡人。このワタシの脳こそ、キミ達にビシバシと刺激されている。
「……ああと、おれたちは『4F6』。おれは鎌ヶ崎切、このグループのボスだ」
「アタシが鬼ヶ島砂夜、ンで」
「ぅ、ウチが浮島三令。それでこのコが刀刃冷っていうんだ。このコ、上手く喋れないからいつもウチが通訳して、る」
ワタシが質問を重ねようとした途端、無我夜が口を出してくる。
「こいつが亀等野零央。俺たちの武器を作製している自称『天才』だ」
「自称ではない。本物の天才だ。貴様如きには天才が何たるかが分からんのだろうが、本物の天才とは貴様の目の前にいるこのワタシのことだよ」
「お前が無礼だということは分かる」
「その言葉は貴様のためのものだ。それはワタシには役不足の言葉だよ、無我夜クン」
「さんを付けろ」
「何だ、いつも様付けで呼んでやってるだろ。貴様、とな! ハッハッハ!」
今日のワタシもいつも通り冴えている。まあ、ワタシ及びワタシの脳は完璧だから、生まれてこの方冴えていないときなど一瞬たりとも無かったが。
「……まあ、腹の立つ奴だが、腕は確かだ」
「ようやく認めたか、全く━━」
「オイ零央、今日はコイツら専用の服を仕立ててもらいに来たんだがァ」
ワタシの発言の腰を折る茜。そうだった、そうだった。無我夜と話しているとつい本題を忘れる。
「ああ、任せたまえ。衣服だけでいいのか? どうせなら武器もついでに造ってやろう。まあ、造るか造らないかはキミ達の意思だが、まあいい。ホラ、男共は散った散った」
「ハァ⁉︎ ンでだよォ。衣装のデザインすンならオレが適任だろォが。そのために来たんだぜェ?」
「素人でもあるまいに、忘れたか。デザインより先に、先ずは採寸だろ?」
「あ、そりゃァそうだなァ」
「それに、デザインのことならば心配ない。ワタシがいる」
怪訝そうな顔の茜に、ワタシは胸を張る。
「ワタシは天才だぞ」
ユニーク四人衆に向き直る。
「それでは、奥で採寸しながら衣服のデザインを決めるとしようか。4F6諸君、付いてきたまえ」
こうなれば巻き尺と型紙、ペンが必要だな。布地も他素材も型紙も事前に用意しておいたが、巻き尺は、はてどこに置いていたか。
「俺らは何をしていればいい」
考え事をしているときに話し掛けるんじゃない、全く。
「昼飯を食ったら迎えに来い。それと茜、お前の大剣はもう既に修理済みだがワタシは生憎今から忙しい。よって、引き渡しはそのときだ。じゃ、またな」
無理難題とも思える課題を難なくこなしてこそ、天才というものだ。
「はぁ~っ! お腹いっぱいだよぉ~……」
午前の全天を覆っていた雲は少々過ぎ去って、満腹のオレらを気持ちイイくらいの陽射しが包んでいる。零央に一蹴されたオレと無我夜は言われた通り昼飯を食いに行こうとしたが、どうにも時間が早過ぎたため、腹を減らすついでに華街中央通りまで歩くことにした。
━━「やること、ないな」
ただ男二人で街ブラしても、正直退屈だった。ウィンドウショッピングするにしても無我夜はファッションにはさらさら興味が無いし、かといって他に見たいものもない。頭の後ろで手を組んで歩くオレは、無我夜の言葉に雑に肯いた。
「だなァ。任務行くッつっても、そんなパッと済ませられるような任務無ェよなァ?」
「ああ、無い。というか、ここからじゃどこも遠過ぎる。晴れてきたし、暑いから面倒臭い」
「……今日に限っちゃァ、オマエの曇り好きも分かる気ィするわァ。蒸し暑ィ~……! 海でも行きてェ気分だわァ。あァ、そういやチョット前、蒼が『今年も一緒に海行こぉねぇ~』っ言ってたぜェ」
隣に目を遣ると、オレの雑な蒼のモノマネがウケたのか「フ」と一音だけ薄ら笑った無我夜。
「じゃあ、行かないとだな。そろそろ時期だし……なあ、茜」
「あァ。多分、オレも同じコト思ってるぜェ。行ッかァ」
その後、オレらは同じ方向へ歩き出した。
扉を押し開けると、鉄製のベルの音の奥から童謡のインスト(アコギとコンガで演奏されている)が溢れ出す。
「いらっしゃぁ~い! ━━ってぇ! 無我夜ぁ! 茜ぇ~!」
潮風のような涼風吹く店内。店の壁面にはずらっと洒落たサーフボードが並んでいる。ここは蒼の海用品店だ。無我夜のカフェとは違い、余り来る機会がなく、来店したのはかなり久しぶりのことだった。店の奥、カウンターの中で高めの回転椅子に座ってぐるぐる回っていた蒼は、オレらに気づいて飛行機のようにこちらに駆け寄ってきた。
「よォ、久々に来たぜェ」
「ホントぉ珍しいねぇ、どうしたのぉ~?」
「それが━━」
カクカクシカジカ。
「そうだったんだぁ~……! でもでもぉ、どんな理由でも来てくれて嬉しいよぉ~‼︎ 海、楽しみだなぁ~……水着とか、新しいの買わないのぉ、茜ぇ?」
「あァ~、考えてなかったが、ソレもイイかもしれねェなァ」
「オイ蒼、何故俺には訊かない」
「だってぇ、無我夜はどうせ使えなくなるまで水着なんて変えないでしょぉ~?」
「……ぐう」
「ぐうの音出てんぞォ」
涼やかな店内に暖かな笑いが生まれる。
「そういやァ、花林はどうしたァ? 隣、シャッター閉まってたぞォ」
蒼の店と花林の花屋は隣接している。当然、二人は夫婦だからだ。最早当たり前のこと過ぎて、逆に意識が薄れている。夫婦で同じ店を経営するというわけではないというのが、何だかこの二人らしいな、と思う。
「花林はねぇ、今日は輝と女子会するんだってぇ」
「輝も同じことを言っていたな」
「女子会ィ? 珍しいなァ」
蒼は肩を落として頬を膨らます。
「だからボク、今日お昼ご飯ひとりで食べないとぉ~……寂しいなぁ~」
「━━ンな水臭ェコト言うなよォ、蒼。メシ、一緒に行こうぜェ」
「いいのぉ~っ! ヤッタァ~!!!! でもでもぉ、何食べるか決まってるのぉ?」
「特に決めていない」
「が、今決めたぜェ。ヤッパ、男三人集まったらよォ」━━。
と、いう流れで、今オレらはマシマシラーメンを食い終わった帰り、ということになる。久々に食ったが、ヤッパ美味いし、ヤッパ重い。食い終わったあと、この身を浸す食ったことへの後悔と余韻として残る不快感、それさえ過ぎ去ったあと沸々と湧き上がる「もう一度食べたい」という激情。これこそがマシマシラーメンの醍醐味だ。
ギャグ漫画みたく風船のように膨らませた腹をぽんぽん打ち鳴らす蒼と、いつもより猫背でのそのそ歩く相変わらず痩せ型の無我夜。正直、この薄っぺらに見える身体のどこにあの量のラーメンが収容され、この身体のどこからあれほどのパワーと魔力が出てくるのか、理解出来ない。
「ッつーか、蒼。オマエ、店戻んなくて良かったのかァ?」
風船の空気を抜くように、ふぃ━━━━っ、と長く長く息を吐いた満足そうな蒼は、オレの問い掛けにコチラを向く。
「うん~! オ客サン、あんまり来ないしぃ~、たまにはだいじょ~ぶだよぉ~」
「そ、そういうモンかァ……?」
オレには自営業のコトは分からないが、まあ、こういうトコロが蒼らしい。
「あぁ~っ、見えてきたぁ~!」
両腕を真横に突き出して、遠くに見える鉄製のドームに全速力で駆け出す蒼。この間見た光景。オレは無我夜と顔を見合わせる。言葉は発さないが、多分同じコトを考えている。あんだけ食ってあんだけ走れるとか、ヤッパ、すげェわ、アイツ。仕方なく駆け出す、重くなった身体のオレと無我夜。
亀等野工房。そう掲げられた自動ドアに、飛び込む。中には誰もいない。
「飯食ってきたぜェ、零央ォ」
「全くキミ達、待ちくたびれたぞ━━って、おや、蒼もいるのか」
珍しく自分の足で奥の方から現れた零央は、さすがの天才でも蒼の突然の登場には面食らったようで目を見開いている。能天気に「コンニチハァ~!」と大声で挨拶する蒼。
「で、どうなった」
無我夜の問い掛けに、零央は答えない。眉を顰める無我夜の顔すら見ずに、天才は踵を返し白衣を翻す。ッてか、コイツも白衣かよ……。そういえば初めて会ったときから、珍しく花林はあまり零央を警戒していなかったように見えたが、やはり何か通じ合うものがあるのだろうか。
「出でよ、4F6!」
零央の大号令を合図に、奥から何やら物音が近づいてくる。ぞろぞろと連なって現れた、見慣れない四人。
「うわぁ〜っ……!」
先頭の切。後ろがザックリ裂けた黒革のロングコートとシンプルなトップス、パンツスーツライクの黒いボトムス。全体的にパンクでハードボイルドな雰囲気は、正に「ボス」の呼称に相応しい。
続く砂夜。右肩を大きくはだけさせて羽織った着物に、黒革のジャケットを帯のようにして腰に巻いている。肌着はサラシと二の腕まである黒の手袋。ボトムスは袴で、前垂れのように腰から前に「四笑腐六」と筆で書かれた縦長の布を垂らしている。下駄を履いていることで、その高い背丈が更に高くなっている。手には何やら三叉の槍のようなものを持ち、堂々とした顔で何やら満足そうだ。
後ろから物音立てず追ってくる三令は言うなればまるで死神のようだった。モード系とでも言おうか、全身黒で統一されている。被っている猫耳の付いたフードが唯一キュートな印象を放っている。オーバーサイズなロングパーカーの下、タイトめなブラウスを除いて、ボトムスも、一見ロングスカートのように見える装飾の施されたクロップドパンツであり、全体的にローブのように見えるファッションだ。それに何より手に持っている大鎌がコイツを死神然とさせている。表情は少々恥じらっているようで、死神のような冷酷さは感じない。
靴下のみの三令の足元では、ソレにピッタリくっ付いて、冷がひょっこり顔を覗かせている。服装は一目見ただけでも切のものを意識して似せていることが丸分かりだ。唯一ボトムスがワイドショートパンツであること、ソレとしっかり長靴のような靴を履いていること以外は全く切と同じようなファッションだ。その年齢とは不相応のハードボイルドかつクールめな着こなしが、何だか逆に微笑ましい。
「ミンナ、すごぉく、カッコイイ〜〜〜ッ‼︎」
「オマエら、メッチャ似合ってんぞォ! 随分サマになったじゃねェか」
「……そうか」
ぶっきらぼうに返事する切に、誇らしげな砂夜。三令はウズウズしていたが、いつの間にか四人の後ろに身を引いていた零央をバッと振り返る。
「━━ちゃんれお、現役アイドルからのお墨付きだぁっ!」
「当然だ! 天才のセンスには、天下のアイドルも平伏すに決まっている!」
待て、今コイツ、チャンレオって言ったか? この短期間で仲良くなり過ぎだろ。というか、この服、マジで零央がデザインしたってのか?
「コレ、マジでオマエがデザインしたのかァ?」
「ああ、そうだ。4F6諸君の希望を鑑みて設計した。どうだ、驚いただろ?」
「あ、あァ……正直、驚いてるぜェ。こりゃァ『天才』ッつーのも認めざるを得ねェな。なァ、無我夜ァ?」
隣を見ると、相変わらず無表情の無我夜。
「……まあ、素人から見ても、似合ってるんじゃないか」
「もぉ〜、素直じゃないなぁ無我夜はぁ〜」
「全くだァ……零央、アトでオレの衣装も頼むわァ」
「お前は本当に人使いの荒いヤツだな。先ずは先日の仕事の納品からだ。蒼、お前のハルバードも修理し終えている。持ってくるから待っていろ」
「ハァ〜イ」
晴天は揺るがない。
全く、天才は辛いものだ。そういえば蒼と花林、無我夜と輝が一緒にいないのは珍しい。二人でどこかへ行ったのだろうか。
次回「光束を背に受ける花束」




