↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白か黒か白と黒か  作者: 丑十八 higure
参章 バケモノアクマノコ
29/39

#3 六つの神足を狩れ!

「何か、ここ久し振りに来たね」

 ヒトの気配のしない廃ビル街の狭い路地を歩く、大所帯の私たち七人。今日も曇り空だ。天気は良いとは言えないけど、涼しくて過ごし易い日だ。

「えぇ~? こんなトコロ、来たことあったっけぇ?」

 腕をぶんぶん振って私の隣を元気に歩いている蒼は、首を左右にこてんこてんと倒しながら単純な疑問を述べた。背後から、お兄ちゃんが息を吸う音がする。

「守り人全員で来ただろう。あの、ヴァンパイアのバーがあった場所だ」

 ぐるんっと振り返ってお兄ちゃんの言葉を受けた蒼は「う~~~ん」と大きな声で唸り始める。ちょっとして「あぁ~っ!」と大声を出した。

「あそこかぁ~! ボク、こんなトコロ歩いた記憶ないけどなぁ~……」

「まあ、行きは鼻血出して気絶してたし?」

「帰りも酒呑んで昏睡してたからな」

 思い出して苦笑いの私とお兄ちゃん。蒼はあまり覚えていないようで、首を傾げた。

「ナァ、ボス……」

 後ろの方から小声が聞こえてくる。砂夜ちゃんの声だ。どうやら内緒話みたいなので、聞こえていないフリをすることにした。お兄ちゃんと蒼は話していて、多分本当に聞こえていない。

「どうした」

「こないだも茜が『守り人で夜の街に行ったトキに』とか言ッてたし、今もアイツら、バーがどーやら酒呑んで昏睡やら言ッてるしよォ、コイツら、ケッコー爛れてるンかなァ……」

「やめろ、三令と冷の教育に悪い」

「ウ、ウチは別にっ、もうオトナだしダイジョーブだけどな? 冷はダメだ」

「何言ってンだ、三令まだ十八らしィじャねェか」

「気持ち的にはもうオトナなんだよっ!」

「どう思う、冷」

「……ぁぁ、ぉ、ぉも」

「冷までッ⁉」

 4F6四人の掛け合いに、ついつい笑みが零れる。蒼も後列の賑わいに気がついたようで、ニコニコした顔で振り返ったかと思えばこちらに寄ってきた。

「四人は仲良しサンだねぇ~」

 唐突に四人に話し掛ける蒼。私も気になって振り返る。四人は、急に話し掛けてきた蒼に驚いて、目を丸くしていた。

「あ、ああ、まあ」

「ボクはぁ、二十三歳~!」

 聞いてたんか~い。まあ、蒼は視力も嗅覚も、当然聴覚だってバツグンに良いし、そりゃ聞こえてるか。唐突な自己開示に、四人は戸惑っている。

「ア、アァ、こないだ聞いたゼ。アノ、ホラ……森の━━」

「花林~⁉ 花林から聞いたのぉ~? そっかぁ、花林から聞いたんだぁ。えへへぇ、花林さすがだぁ~……!」

 その名前を聞けて嬉しそうに頬を染めて、ゆらゆらニコニコしている蒼。私もそれを見て、思わず頬が綻ぶ。

「蒼は花林ちゃんのこと、大好きだもんね~」

「うん~っ‼ そりゃあもぉ、大好きだよぉ~! あぁ~っ! でもでも、輝も無我夜も茜もミンナ好きだからねぇ~?」

「んふふ、そっか! 私も、蒼含めてみんなのことが大好きだよ~」

 蒼の余りにも素直な言葉は、聞く私すらも素直にさせてしまう。蒼との関係も長いが、会う度、話す度に、毎回新鮮に不思議な人だなぁ、と思う。曇りだとは思えない、ぽかぽかした空気。

「そういえば聞いたよぉ、この間の任務、大変だったんだってねぇ~……!」

 蒼は切ちゃんと砂夜ちゃんを見ている。場の雰囲気のおかげか、はたまた激情か分からないが、二人はほぼ同時に声を出す。

「ホントだゼ、全くよォ」

「大変なんてもんじゃなかった」

 二人が余りにも勢い良く話題に食い付いてきたので、何故か質問した側の蒼が驚いた顔をしている。

「別に、あのアリ単体が強くて手こずったなんてことは一切なかったが、あの数はさすがにキツい」

「無限に伸び続けるプチプチシートのプチプチを、一つずつ漏らさねェように潰してッてるみてェだッたよなァ」

「その喩えはあまり分からんが……」

 困惑顔の切ちゃん。蒼も「ほへぇ」というような間抜けな顔をしながらも「大変だったんだねぇ」と二人を労った。

「あれは地獄だった。もう二度とやりたくない」

 突然、お兄ちゃんも会話に入ってくる。顔は真っ直ぐ前を向いている。あの日、帰ってきたお兄ちゃんの珍しいくらいに疲弊した様子が思い出される。あの日のお兄ちゃんの姿は、かなりレアだった。当然、その日のお兄ちゃんを(盗み)撮った写真は、私の「お兄ちゃんコレクション」に新たに加えられた。

「地獄、不愉快、阿鼻叫喚。それらの言葉そのものだった。お前らがいなければ、俺は直ぐ帰ってた。何なら帰ったって良かったんだが」

 お兄ちゃんは切ちゃんと砂夜ちゃんを褒めているが、多分だけど、二人には伝わっていない。「無我夜がそんなに言うならホント~にすごかったんだねぇ」と、お兄ちゃんの真意が伝わっているのかいないのか分からないことを言う蒼の後ろで、何と返したらいいのか分からなくなっている二人。

「……ってかさ、そんな話聞いてたら不安になってきたんだけど。ウチ、今日の任務大丈夫かな……ちゃんと出来るのか……?」

 不安がる三令ちゃんと不安そうな面持ちの冷ちゃん。

「だいじょーぶっ! いざというときは、私も蒼も、それに、お兄ちゃんがいるからっ!」

 私の励ましの言葉を聞いて、三令ちゃんはあのときのお兄ちゃんの戦いぶりを思い出したようだ。途端に安心し切った顔になる。お兄ちゃんが口を開く音が聞こえて、私はそっちを見る。

「本当か? 今回の任務は前回に引き続き、お前ら4F6……特に今回は三令と冷のための研修だぞ。雑談もいいが、任務のことは覚えているんだろうな」

 お兄ちゃんの鋭い眼が、四人を見る。だが、四人の誰かが何かを答えるより先にお兄ちゃんは前方を向き直した。

「一応、任務の情報を再確認する。今回の任務は〈ムツアシネコ捕獲任務〉。ここ数日、この廃ビル街にムツアシネコが迷い込んだらしく、周辺をうろついているらしい。今日はそいつを生かしたまま捕まえる。完全に息の根を止めない限り、輝の光の魔力で完全な回復が可能だが、出来るなら綺麗な状態で、この花林特製の麻酔を使いたい。先月から、世界魔力がかなり光属性魔力に傾いているからな」

 仕事モードになった空気。改めて手首に巻いた腕時計型魔力計を確認する。かなり歪な形の六角形に少し肩を落とす。

「ムツアシネコは通常は超高木の密集する密林地帯に生息し、他の生物を捕食して生きているネコ科の巨大肉食動物だ。容姿は名前のとおり、脚が六本ある大きなネコ━━」

 空から無音の影が堕ちてきた。お兄ちゃんの目の前、どこからか来て音もなく着地した超巨大な獣。

「そう、ちょうどこんな感じの生き物だ」

 重い目蓋に、裂けたような口角から覗く、成人男性一人分くらいの大きさの薄汚れた牙。髭は大橋を吊る鋼鉄のワイヤーのように太く、じりじりと微振動している。バランスの悪い長い胴体と、前脚と後脚のちょうど中間に位置する五本目、六本目の太い脚で私たちの行く手を阻む、体高でさえ一階建ての建物(当然屋根を含む)を優に越えた巨大なネコ。いや、ネコというか━━これはもう、トラでしょ。

 咆哮。静寂の街に響き渡る、ニャオーンというよりガオーという声。

「お前ら、仕事だ。最も重視すべき目的は『死なないこと』。この化け猫も、お前らも。殺さない程度に殺(や)ってくれ。俺たちは基本、援護に徹する」

 お兄ちゃんの言葉で離散する私と蒼。四人が、並外れた大きさのネコと相対する。私と蒼は、その背中を遠巻きに見ている。お兄ちゃんも私たちの元にやってくる。

「無我夜ぁ、ホント~にミンナだけで大丈夫かなぁ~? あのネコサン、すごぉくおっきいけどぉ~……」

 不安そうに、カエルのような体勢で地面に手を付ける蒼はお兄ちゃんを見上げる。

「切と砂夜は、全く問題ない。何せ、奴らは俺に刃を抜かせた」

「ふぅ~ん? じゃあじゃあ~、三令チャンと冷チャンはぁ~?」

 お兄ちゃんは少々口を閉ざす。

「それを、今から確かめるんだ」

 三人の視線が再度前を向く。睨み合う彼女たちと獣。突如、ネコはその巨木の幹のような前脚を振りかぶる。

「━━跳べッ!」

 切ちゃんの怒号が路地に響く。同時、跳躍する四つの背と、物体の消え失せた地表を薙ぎ払うネコの手。大鎌のような四本の爪が空を裂き、ジェット機のような甲高い音が耳に刺さる。ネコの手の過ぎ去った地表に着地する、三人。一人いない。見上げると、三令ちゃんが依然上空へ向かって浮遊し続けている。それを見逃さなかったネコはビルの壁面に前脚と中脚を当てて立ち上がる。

「冷、手前の後脚を狙えッ。おれは奥へ行くッ」

 体勢を低くして指示を出す切ちゃんとそれを受けて駆け出す冷ちゃん。あの幼くて小さな体躯から想像出来ないほどの速度で走り、壁際に寄せられた左脚に辿り着いた冷ちゃんは、その脚を少し離れたところから睨み付ける。無数の斬撃。何の予備動作もなく、冷ちゃんの腰から伸びた触手は目にも止まらぬ速度で動き、ネコの脚を切り刻む。少し体勢を崩すネコ。衝撃を感じて手前を見ると、切ちゃんは突如踏み切って、弾丸のように前方へ跳躍する。一閃。もう片方の後脚を綺麗に袈裟切りし、先の方ですたっと着地する切ちゃん。ネコの体は完全に崩れる。ビルが倒壊したみたいな音がして、墜落するネコ。

「━━おぉ~っ!」

 すごい。この子たち、ホントに強い。興奮して、私も蒼も声を上げてしまう。構えと警戒を解く総員。

 グニャオゥ。

 恐ろしい濁った声で叫ぶと同時、ネコは残っている四本の脚でビルの壁面に貼り付く。上昇を止めていた三令ちゃんに迫る。振りかぶる前脚。構える私。体勢を下げる蒼。足を踏み込むお兄ちゃん。砂夜ちゃんの叫びと踏切音。鎌を伸ばす切ちゃんの怒号。でも、大丈夫。光(わたし)がいる。間に合う。踏み切る。

 粉兀砕神(ふんこつさいしん)。膝がネコの柔い上質な筋繊維の間隙にめり込み、遥か彼方、真っ直ぐな路地の先へ吹き飛ぶ━━かと思われたが、路地の彼方へ吹っ飛んだのは私の体。急いで魔力を鎮めて着地し摩擦力で緊急停止する。みんなから、かなり離れてしまった。どうして当たらなかったんだろう。絶対当たったと思ったんだけど。振り返る。遠くで、獣の巨体が、地面からふわりと浮いている。

「ど、どういうこと……?」

 私は再び光速でみんなの元へ移動する。何やら盛り上がっている様子だ。

「ッたく、肝冷えたゼ……」

「全くだ」

「すごぉ~~~い‼ なんでぇ? なんで浮いてるのぉ~⁉」

「三令は、触れたものを浮かすことが出来る」

「そうなのっ⁉ めっちゃすごいじゃん!」

 驚いて大声を出してしまう。そんなこと出来るんだ。

「ま、まあね。ギリギリ躱して触れたから良かったけど━━」

「えぇ~~~‼‼ 楽しそぉ〜! ねぇねぇ~、ボクも浮かせられるのぉ?」

「え、まぁ、触れば浮かせられるけど……」

「ホントォ~⁉ ボクも浮いてみたぁ~い!」

「えぇ……」

「蒼。まだ仕事は残っているぞ」

 自由奔放で無邪気な蒼とそれに戸惑う四人の様子についつい笑みが零れてしまっていたが、お兄ちゃんの冷静な声にそちらを向く。お兄ちゃんは注射器を掲げていた。

「あぁ~、そっかぁ! じゃ~ネコサンがオネンネしたら浮かせてもらお~っとぉ! ━━束縛の(バインディング)吸盤(テンタクル)」

 空中でじたばた藻掻くネコに、水で形成されたイカの触腕が絡み付いて押さえ付ける。無邪気に「貸してぇ~」と言ってお兄ちゃんの注射器を受け取る蒼に、お兄ちゃんは「大丈夫か……?」と不安そうだ。三令ちゃんも「まだウチ、浮かせるなんて言ってないんだけど……」と呟く。そのいずれも、蒼の耳には多分入っていない。……多分。

 和やかな空気で、私は安心している。この雰囲気のおかげもあるけど、それだけじゃない。四人の実力は、本物だった。これなら、きっと彼女たちも、この世界で、この生活で生きていける。

 雲間から覗く太陽が、ぽかぽか暖かかった。

 無事に任務が終わって良かった! 帰宅後、創造神から連絡があったのに気づいた。どうやら、ずいぶん前に依頼していた仮面づくりが終わったらしい。今度、みんなで行かなくちゃ。


 次回「Platanus」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。