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白か黒か白と黒か  作者: 丑十八 higure
参章 バケモノアクマノコ
28/39

#2 鬼刃燃焼

 遠くのビル群が灰色を反射して、まるで燃えカスのようだと思った。

「なァ、ココら辺で合ってるかァ? 謎の爆(・)発(・)ッつーのは」

 オレは振り返り、後ろに続く四人に話し掛ける。仏頂面の花林と無我夜が共に「ええ」やら「ああ」やら一言だけ返してくる。その更に後方に付いている切と砂夜は、やや緊張した面持ちで黙っている。訪れる沈黙。

 月会合で任務の割り振りを決めた後、予定を空けておいたオレに合わせて、合同任務に向かう運びになった。今オレたちがいるのは華街郊外の閑静な地域。どうやら、この地域では先日から原因不明の爆発が頻発しているらしく、現在この一帯の住民は避難を余儀なくされ、ここは立ち入り禁止区域となっている。そのため、オレたちは皆顔も隠さず昼間堂々武器を携帯し、こうしてうろつくことができている。

 空気が重い。オレと無我夜と花林の三人だけならば何てことない、いつもの空気感だが、今は新顔が増えている。無我夜と輝とはそれなりに親しい間柄になったとは(主に輝から)聞いていたが、オレと花林とは今日初めて顔を合わせたわけだ。二人にしてみれば、さぞ居心地の悪いことだろう。どうにかしてやりたいが、無我夜も花林も、どちらも余り自分から話すタイプでも話を盛り上げてくれるタイプでもない。まあ、オレとしてはその落ち着いた雰囲気のお陰で逆に話し易いが、今はどうにもやりにくい。

「そういやァオマエら、二人だけでダイジョブだったのかァ? 四人でいてェんじゃねェか?」

 無言・無表情の二名越し、最後尾の二人に声を掛ける。呼び掛けられたのに気付いたのか、俯き加減だった切も砂夜もハッとして顔を上げた。

「━━ああ、まあ、それはそうなんだが、何たって任務というのは初めてだからな。あいつらよりも先に、年長者のおれらが様子見しねえと」

「あァ、そういうコトかァ。オマエら、幾つだァ?」

 何の気なしに雑談がてら質問したが、二人は黙る。少し唸ってから砂夜が口を開いた。

「分からン。アタシらには、こーなッた前の記憶が無ェ。が、マァ、多分ボスが一番年上で、アタシが二番手じャねェか、と思うゼ」

 輝から大まかなことは聞いていたが、まさか年齢の記憶すらないとは思ってもみなかった。

「すまねェなァ、悪ィコト聞いちまった」

「構わねえよ。もう、気にしちゃいない」

 そう許容した切の顔は無で、どうやら本当に気にしていないようだ。突然、無我夜が口を開く。

「お前らの年齢、界護団の捜査で分かったらしい。伝えそびれていた。切、お前が二十五で、砂夜が二十二だ」

 歳上かよ。

「逆に訊くが、お前らは幾つだ」

「守り人全員、今年で二十三よ。貴女がこの中でも一番の年長者ね」

 突然花林が腕を組みながら答える。振り返ることはない。

「敬語でも使った方がいいか」

「要らねえよ、逆に話しにくい」

「ボスサンッて呼ばねェと……」

「意味分かんねえだろ」

 無我夜の今更な確認を蹴り飛ばし、砂夜の小ボケを雑に捌く。何となく、コイツとはシンパシーというか、オレと同じ波動を感じる。

 少し温まった空気に、再び顔を覗かせた沈黙。それをぶっ飛ばすように、砂夜が突然声を上げた。

「……ナ、ナァ、茜サン、だッけか」

「━━茜でイイぜェ。敬語も要らねェからな。どうしたァ?」

 まさか名を呼ばれるとは思わず反射的に反応してしまう。振り向くと、砂夜の目はオレの目を見ず、下方を見ていた。

「その、指輪、バカカッケェなッて、握手したトキから思ッててサ。そーいうの、ッて、ドコで買えンだ━━」

「だろォ⁉ コレ、メッチャイイよなァ!」

「オ、オゥ……?」

 つい興奮して距離を詰めてしまった。オレは一言謝って少し退く。砂夜の困惑を察知する。

「イヤよォ、コイツら━━ッてか、オレ以外の守り人、あンまこういうの興味無ェからさァ。コッチの仕事で初めて触れてもらえて、つい舞い上がっちまった。悪ィな。オススメのアクセサリー屋なら幾らでも紹介してやらァ!」

「オォ、やったゼ!」

「欲しいのはリングだけかァ? オマエの体躯(タッパ)ならブレスレットやらアンクレットやらも似合いそうなモンだがァ……」

 改めて、コイツの全身を観察する。額から突き出す鬼のような二本の角に、尖った耳。加えてとんでもない背丈。ジャラジャラした、ごつい金のネックレスでも似合いそうだ。というか、そういえばコイツら、決して清潔とは言い難いボロい服を着ているし、よく見りゃ、靴すら履いてない。

「ッつーかオマエら、服はソレしかねェのか? 靴はァ?」

 砂夜は切と顔を見合わせる。改めてこちらを見る二人は、真顔できっぱり言い切った。

「ない」

 何でだよ、と言いかけて、やめた。考えてみりゃ当然だ。コイツらのこの身形じゃ、満足に服だって買いに行けやしない。というかそもそも、まだ金銭を持っていない可能性だってある。創造神は何をしてる? 衣服の支給は無いのか?

「服と靴なら交渉成立直後、渡された筈だが……」

 無我夜は怪訝な顔をして二人を振り返る。二人は依然真顔だ。

「ああ、一応貰ったが、背の鎌が邪魔で着れない」

「サイズが合ッてねェ」

「靴も一応履こうと試みたが、この手じゃ手間が掛かり過ぎる。面倒臭くてやめた」

「靴、邪魔じャね? アト、小せェ」

 無我夜はささやかに頭を抱える。砂夜の、靴が邪魔だという発言はどうにも同意しかねるが。

「まあ、急遽用意されたものだ。流石にお前らの身体に適応した服は用意できなかったようだ。悪かったな」

「いや、別にいい。おれはそこまで不便を感じてない」

「ン~……そうかァ、そうなのかァ……」

 オレは唸る。きっと、コイツらにとっては靴がないのは当たり前だし、ボロい服も当たり前のものなのだろうが、それは余りにも、余りにも人間の生活から離れている。コイツらは、人間だ。アクセサリーに興味を持つ、オシャレに関心のある、ただの一人の人間だ。

「━━イヤ、やっぱ、オマエらにピッタリ合う服を見繕うべきだろォ。服は、ソイツの印象の八割だぜェ。ソレに砂夜、アクセは星だ。雲一つ無ェ黒い夜空にこそ星が輝くみてェに、ソイツに合う服あってこそ輝くんだぜェ」

「そ、そーかァ……」

「オイ無我夜ァ、零央(れお)ってよォ、服も作れんのかァ?」

 黙っていた無我夜だったがふとこちらを見る。

「知らん、が、まあ作れるんじゃないか? 自称『天才』だしな。というか、何故俺に訊く」

「イヤ、オマエら仲良いじゃねェか」

「どこがだ……それ、あいつの態度見て言ってんのか」

「あァ、だからこそ仲良く見えるぜェ?」

 無我夜は言い返しかけたが、溜息を吐いて黙る。つい笑いが零れる。最後尾の二人に向き直る。

「後で、オマエらの最初の服を作ってもらいに行くぞォ。店に連れて行くのは、その服を手に入れてッからだ」

 各々「ああ」やら「分かッた」やら返答するのを、オレはしっかり確認した。ふと、無我夜が口を開く。

「……あと、人をファッションに無頓着なヤツみたいに言うなよ、心外だ。なあ、花林」

「本当に。全く、失礼な人ね」

「ど、の、口、が、言ってんだァ、アァ⁉ オレァあんとき、オマエらが夜の街にパーカーと白衣のまま繰り出そうとしたコト、一生忘れねェぞ……! オマエらも、コイツらと一緒に連れてくからなァ」

 無我夜は無表情のまま「えー」と言うように口を開く。

「白衣が一番過ごし易いのだけれど」

「オレはデザインの話をしてんだよォ!」

「茜、うるさいぞ。近所迷惑になる」

「誰もいねェだろうがァ‼」

 上がってしまった息を整え、「ッたく」と吐いてからまた前を向いて歩き出そうとする。

 突如、轟音。地響き。突風。

 爆発だ。雷が駆けたように場の空気が変わる。

「━━オマエら、行くぞォ」

 音の方へ。衝撃波の原点へ、オレは駆け出す。直ぐ後ろから一つ、足音が追ってくる。恐らく無我夜。狭い路地を抜け、T字路を右折、次を左折し、右折し、繰り返す。路面に点々と存在する黒い円形の窪み。いずれも恐らく成人男性が横になっても収まるほど大きい。破壊されたブロック塀の瓦礫や民家のガラスを踏んづけ、打ち上げられて散乱した側溝蓋や倒れた電柱を避け、走る。突き当りを左折する。

 路地の中央、黒煙立ち昇るクレーターに群がる、巨大なアリの集団。

「なんだァ、コイツら……?」

「ッ━━」

 背後から、押し殺したような声がする。立ち止まった音。振り向くと、無我夜が目を見開いて苦虫を噛み潰したかのような顰めっ面をしている。

「どォした、オマエ。らしくねェ顔してッけど」

「……いや、何でもない」

 無我夜は溜息を吐き、蚊の鳴くような小声で「最悪だ」やら何やら呟いた。その背後から、ぺたぺたと二つ音がして、遅れてどたどたと音が追い掛けてくる。

「━━ンだありャあ……⁉」

「アリ、なのか? やけにデカいな」

 驚愕顔の砂夜と、眉を顰める切。というか、コイツらよく裸足であんな瓦礫とガラスだらけの道を走ってきたな。遅れて現れた花林は、膝に手を突いてぜえはあ息を整えたあと、すん、と姿勢を正す。眼前のデカブツを視認し、花林は目を見開いた。

「バクダンアリ━━」

「知ってんのかァ?」

 オレが問うと、花林は目を見て首肯する。

「ええ。これはバクダンアリ。通常、岩山や岩窟に群れ(コロニー)を形成して生息しているわ。この種の特徴はその巨大さと、もう一つ、特殊な身体構造にある。よく見て頂戴。腹部の先端に球状の器官があるでしょう。あれは、自爆器官」

「自爆器官……?」

「そう。自切って、分かるかしら。カナヘビが自分の尾を切って逃げる、アレのことね。バクダンアリは自らの自爆器官を自切する。その後切り離された自爆器官は、数ミリ秒で、」

 花林の手が開く。爆発。

「彼らはその爆発を用いて狩りをする、肉(・)食(・)性(・)の(・)昆虫よ」

 語り終えた花林の髪を、冷風が揺らす。オレは肩を鳴らす。体勢を下げる。

「じゃあ、コイツらは害獣だよなァ。まとめて吹ッ飛ばしてやらァ━━」

 腕を真横に伸ばし、掌をヤツらに向ける。高まる魔力。

「待て」

 無我夜の冷静な声に、力は鎮まる。体勢を戻して手を払う。

「ンだよ、ナニか問題でもあるかァ?」

「ある。今回は、切と砂夜のための研修だ。お前ら」

 無我夜は振り返り、切と砂夜を見る。無我夜を見返す二人。

「受注当初、これは捜査任務だったが、急遽害獣駆除任務となった。バクダンアリは駆除対象の危険生物。目指すは群れの全滅だ。どうやら相当数がいるようだから、俺たちも当然手伝うが、主に任務を行うのはお前らだ。出来るか」

 無我夜の問い掛けに、片方の口角を吊り上げて笑う二名。

「ああ、当然だ」

「ムシ殺すなンて、ガキでも出来るゼ」

 ひたひたと足音を立てて、オレらの前に出てくる二人。オレと無我夜の間を擦り抜ける二人の首に目が行く。印字された機械的な識別番号。どすどすと巨大なアリに歩み寄り、ポキポキと拳骨を鳴らす砂夜と、首と肩を回す切。オレは一歩退いて、無我夜と横並ぶ。

「オイ、そういやァ訊くの忘れてたけどよォ、コイツら、戦えんだよなァ?」

 隣を見て聞くが、無我夜はこちらを見ないまま口を開く。背後に迫る花林。

「━━まあ見てろ」

 無我夜は、真っ直ぐ二人の背を見ている。オレも、二人の背に目を移した。花林も恐らく、二人を見ている。六つの視線が突き刺さる、二つの背。睨み合う、二人とアリの群れ。

 突如、跳ね跳ぶ砂夜の巨体。一気にアリと距離を詰める鬼は、まるで球蹴りのようにアリを蹴飛ばす。弾丸のように超速度で吹き飛ぶ昆虫は、遠くのブロック塀にぶち当たって盛大に爆発した。オレの髪を揺らす爆風。いつの間にか切も駆け出している。うねうねと邪悪に蠢く背と脳天の触手。トップスピードで群れに突入する切。途端、目にも止まらぬ速度で鞭のように閃く全身の鎌。灰色の住宅街に飛び散る極彩色の虫の体液、アリの残骸。爆発の隙すら与えない、無数の斬撃。凄まじい、殺戮のための体だ、と思ってしまって、頭を振った。

「俺たちも行くぞ。獲物がいなくなる」

「貴方にとっては、今回ばかりはいなくなってくれた方が良さそうなものだけれど」

「フ……そうだが、創造神(アイツ)と同類は嫌だからな。行くぞ」

「おうよォ! 負けてらんねェなァ……ッ!」

「援護するわ」

 花林の声を背に、オレは跳ねて後方へ焱を放出する。殺戮の限りを尽くす二人を越えて、その先の大群を捕捉する。両肘を後方へ引き絞る。急上昇する魔力。腕の筋肉が燃えている。

「全火力(フルバースト)ォォォ━━━━ッ‼」

 爆発。オレの手から放たれた大量の焱が光と熱を持って眼前の虫けらを呑み込み吹き飛ばす。同時、幾つものアリの身体が膨張、いずれも弾け飛ぶ。誘爆し連発して幾つも幾つも巻き起こる連鎖爆発。宇宙の始まりも、終わりも、こんな感じだったのかもしれない。厚い黒煙、を割り、飛び出してくる瓦礫。目を見開く。水晶体に迫る切先、を遮断するジーンズ。無我夜が蹴りで瓦礫を弾く。

「ッぶねェ……あンがとな、助かったわァ」

「派手にやり過ぎだぞ、お前。後片付けの輝にどう説明するつもりだ」

 無我夜は意味もなく手を払う。こちらへ威嚇し飛び掛かってきたアリは、黒い粘液のようなものに絡め取られて墜落する。粘液は薄くなり、板のようになってアリの外形をなぞって完璧に密閉する。手を握る無我夜。その動きに追従して、アリを収容していた半透明の黒いケースも一点に収縮、内容物は無になって全てが消え去る。珍しく、無我夜は得物を抜いていない。

「オマエが双剣使わねェなんて珍しいじゃねェか」

「当然だ。俺の大事な商売道具が汚れる」

 無我夜の目が突如オレの後方へ向く。伸ばされた手。ぎょっとして無我夜の視線を追うと、砂夜の直ぐ背後に切り離された自爆器官が落ちている。急速で展開される闇の壁。囲い切った瞬間、中では爆発が起きたようだが、音も衝撃も何も伝わっては来ない。

 少し離れたところ、切の背後にも、またもや自爆器官と他のバクダンアリがいるのを捕捉する。が、オレの力じゃそれを安全に取り除くことも切を巻き込まず攻撃することもできない。咄嗟に飛びながら叫ぶ。

「切ッ!」

 振り返る切。だが、遅い。オレも、間に合わない。

 眼前、突如コンクリートを突き破って天高く伸びる巨大な口。食虫植物。自爆器官ごとアリを呑み込む。くぐもった爆音の後、巨大なウツボカズラは朽ち果てる。遠くで、脚を開いて地に手を付ける花林の姿。

「すまねえ、助かった!」

 切は声を張って花林に感謝を示す。遠くの花林は「気にしないで」と淡々と答えたようだが、爆音に掻き消されてあまり聞こえない。

「━━おい」

「あァ?」

 背後から無我夜の声がして、振り返る。ブロック塀や路地の向こう、更には側溝から、うじゃうじゃと現れる、バクダンアリの大群。顔が引き攣る。

「オイオイ……」

「……今日は、全く最高の研修だな。なあ、お前ら」

「ああ、有難え限りだ」

 空を覆う雲は、どれだけ爆風が巻き起ころうと、まだ吹き飛んでいかない。

 結局、日が暮れるまで爆発は続いた。散々な目に遭ったぜ。日が暮れると言えば後日、無我夜は輝、蒼と共に 4F6 全員の研修任務に向かったらしい。


 次回「六つの神足を狩れ!」

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