#1 顔合セ
今日は曇天、過ごし易い天気だ。
遠景に見える、動きを止めた観覧車。俺は目の前の黄と黒の規制線を跨ぐ。瓦礫の道を進んでいく。
「ン━━? オイっボス~! 無我夜が来たゼェ~」
俺の名を呼ぶ声が、どこかから聞こえてくる。上からだ。見上げると、やけに小綺麗なコンクリートの小屋の屋根の上に、鬼の如き長身の女が立っている。
「……砂夜、お前はそこで何してる」
「偵察さ、ヘンなヤツが来たらスグにボスに伝えンだよ」
「それだと俺が変なヤツということになるが……」
「ガハハッ、確かに!」
ガハハじゃないが。
「━━よう無我夜。おれたちに何の用だ」
いつの間にか目の前に現れていた全身鎌だらけの女。猫背で、無愛想な目で問い掛けてくる。
「ああ、切。ここでの暮らしはどうだ」
4F6との交渉が成立した後のことだ。創造神は協力の返礼としてマールム職員寮の空き部屋を四人の住居として貸し出すことを提案したが、こいつらは結局それを断った。狭い室内に、こいつらの求める自由は無いらしい。空き部屋の貸し出しに代わり、こいつらが元々住み着いていた廃遊園地に雨風をしのげる何らかの建造物を建てることを、切が要請したのだった。その要請は容易く認められ、現在、この廃遊園地はこいつらのアジトとなっている。結果建てられたのは簡易的なコンクリート剥き出しの立方体だが、電気も水道も通っており、基本的な人間的生活を送ることはできる。ヤツらにとってはそれくらいの最低限の設備が心地好いらしい。
「十分、いや、十二分に満足している。雨が降っても寒くねえし、いつでも水が飲める。最高だ」
「……そうか、なら良かったが」
唐突な地響きに目を向けると、屋根の上から砂夜が飛び降りてきたらしい。大股を開いて着地し「フィ~……」と一息吐いただけで、砂夜はすっくと立ち上がった。轟音のためか、コンクリートの中から浮遊している女が飛び出してくる。酷く驚いた顔だ。
「━━って、なぁんだよ、砂夜か……あっ無我夜じゃん、よっ」
「三令、冷もいたか」
「え?」
三令の背後から、腰から刃物付きの触手を二本揺らすまだ幼い少女が顔を出す。三令はそれに気づいていなかったようで、振り返って「おっ、冷も付いてきてたんだ」と声を掛けた。肯く冷。
「……で、用件は。それだけ聞きに来たわけじゃないんだろ」
切の質問に、俺は「ああ」と思い直す。
「ちょうど全員集まったな、都合がいい。お前ら、今からマールムに来い。他の守り人と顔合わせしに行くぞ」
ぞろぞろ集まってきた四人。俺の言葉を受け、それぞれ、眉間に力が入っていたり、唾を呑み込んだりしている。四人からは緊張や心配が見て取れる。
「そんなに、身構えなくていい。あいつらも、俺と同じだ。━━行くぞ」
俺は先立って歩き出す。背後から一拍遅れて、三人分の足音がひたひたと追ってきた。
曇天は揺るがない。
どうにも、この大扉を目の前にすると脚が止まる。全身の細胞が痺れる。肌が粟立つ。表現の仕様は幾らでもあるが、とにかく、ぞわつく。おれ以外の三人の様子を見ても、おれと同じようなものだ。皆、中に神の待つ余りにも巨大な扉を見上げて立ち止まっている。
「俺以外の守り人は、既にこの中で待っている。行くぞ」
守り人。今、和解した後の無我夜は、まあ愛想こそ無いが普通の、血の通った人間だ。だが、あのとき、あの瞬間、おれたちの前に顕現し、おれたちを蹂躙したのは、紛れもない「悪魔」そのもの、本物の「闇の守り人」だった。
守り人が、この中にいる。いや、在る。おれは、いつの間にか生唾を呑み込んでいた。何かを握り込める構造ではないが、手には力が入っている。躊躇なく、軽々と扉を開ける無我夜。おれは三人を見る。皆、畏れている。天井から針金で吊られたように硬直している。
おれは、ボスだ。
完璧に純白の空間へ、身を投じる。背後から、追う音がする。
気味の悪いほど白過ぎる大空間。その中央に、鮮烈な色がある。四色。守り人。
こちらを監視する、八つの眼。光の失せた眼。飛び込んだら二度と戻ってこられない、惑星も衛星も塵一つすら何もない銀河の果てみたいな、底の見えない眼。無我夜の眼と、同じだ。蛇に睨まれた蛙のように、乃至蛙に睨まれた小虫のように、おれの全身は硬直する。無音がおれを圧し潰す。
「おおっ来たーっ‼︎」
「おォ、コイツらかァ」
「わぁ~っ!」
無音はほんの一瞬だった。次の刹那、爆発するように色たちが騒ぎ出す。一番左の金髪、輝のその人当たりの良さは当然既知のものだが、別に、他の奴らも何か畏ろしい存在ではないらしい。輝の隣、どこかで見覚えのある赤髪の男は、輝ほどの笑顔はないものの威圧感は感じない。その隣、中性的な青髪なんて、輝と同程度の人当たりの良さを犇々と感じる。一番端で腕を組んでいる緑色の長髪の女からは若干の警戒心と拒絶を感じるが、それにしたって悪魔と呼称するほどの威圧感と覇気は感じない。無我夜と同じタイプなのだろうか。
周りを見る。砂夜も三令も、拍子抜けしたように目と口が丸くなっている。三令の背後に隠れていた冷も、ひょこっと顔を覗かせた。無表情の無我夜と目が合う。
「言ったろ」
「……ああ」
肯くおれを見て、無我夜は一瞬口角を上げた気がするが、直ぐに前を向き直ってしまった。
「みんな、いらっしゃい! ほら、もっとこっち来て~!」
いつの間にか駆け寄ってきていた輝。おれたちの手を引いて、部屋の中央へ率いる。どたどたと駆けるおれたち。半ば放り出されるように、新顔の守り人三人の御前に引き出された。
「紹介しますっ! 4F6の皆さんでぇ~っす! 自己紹介、どうぞっ」
やけにテンションの高い輝。目を見合わせるおれら。輝の手はおれを指し示している。
「……おれは、4F6のボス、鎌ヶ崎切だ」
隣に目を遣る前に、砂夜は声を出す。
「アタシは鬼ヶ島砂夜ッてンだ。ンで━━」
「ウチが浮島三令。で、このコが刀刃冷ね。このコ、上手く喋れないんだけど、ウチがこのコの言葉を翻訳してんだ。……えと、よ、よろしく、お願いしま、す?」
誰が言葉を発するよりも先に、輝が拍手をしながら盛り上げる。
「はいっみんな拍手! パチパチパチ~!」
口でも拍手し出す輝に、赤髪は苦笑いながら律儀に遅い拍手をする。青髪なんかは輝と同様、口で「パチパチパチィ~」と言いながら大振りに拍手している。緑髪の女も意外なことに、ささやかながら拍手していた。
「……輝。お前、今日はいつにも増してテンションが高いな」
背後から、無我夜の冷静な声。輝はフグのように頬を膨らませる。
「むぅっ、いーじゃんっ! 折角の初対面なんだからさ、第一印象は楽しく行きたいでしょ~? ねっ、みんな!」
唐突にこちらに反応を求めてくる輝。おれも砂夜も三令も、急過ぎて「あ、ああ」やら「オ、オォ」やら、どもった返答しかできない。
「まァ、楽しいに越したコトは無ェよなァ。オレは焱焼茜、焱の守り人だァ。オマエら、コレからよろしく頼むぜェ」
輝の大立ち回りなくして自然と自己紹介を済ませる赤髪の男、茜。整った顔立ちで、痛快かつ爽やかに微笑みながらおれたちの方に手を差し出してくる。おれは生憎その手を受け取れないので、どうしたものかと躊躇していると、突如三令が大声を出す。
「あぁ━━ッ! あ、あんたっ! あの、アイドルのッ」
「うるせえな、どうした三令。知ってるのか?」
振り向いて問うと、三令は一瞬謝ってから興奮気味に話し出す。
「いやっ、この間貰ったスマホ見てたらさ、アイドルA-kaneがドラマ出演決定やらどーやらこーやらニュース出ててさっ!」
確かに、三令は先日創造神から支給された連絡機器をよく触っていた。言われてみれば、街を放浪していたとき、街角のポスターでこの男の姿を見た気がする。おれの感じた見覚えは、それか。再び茜を見ると、少し困ったように笑っていた。
「オマエらも知ってくれてんのかァ……有難ェ話だなァ」
茜の差し出された手を取る三令。完全に触れてしまうと浮かせてしまうので、両者の手の間には隙間が空いている。不思議そうに「触らねェのかァ?」と訊ねる茜に「あ、触ると浮いちゃうんで……」と断ってすすすと離れる三令。茜は眉を顰めて首を捻る。一人「有名人と握手しちゃった……!」と舞い上がる三令。
それを他所目に、茜は砂夜に手を差し出す。砂夜は「オォ、ヨロシク……」と言いながら淡々と、かつ慎重にその手を取った。その様子はどこか少しぎこちない。手を離した後も、砂夜は茜の手を見ているようだった。
「冷も、ヨロシクなァ」
そう言いながらしゃがみ込んで、三令の近くにべったりの冷に目線を合わせながら手を差し出す茜。冷は三令の陰に隠れながらも、その手を取った。余りにも完璧な笑顔の茜は、立ち上がりながら冷の頭をそれとなく撫でる。その仕草を見ても、何の不快感も意図も作為も感じなければ、好感しか抱かない。
立ち上がった茜はおれの方を向き、手を見、一瞬停止する。しかし、直ぐに握り拳を作っておれに差し出した。
「ヨロシクなァ」
おれは、おれの手の安全な部分をその拳に当てる。最早好感を越えて、尊敬の念すら抱くおれがいた。
「はぁい、次ぃボクの番~!」
間延びする大声。見ると、青髪が律儀に手を高く挙げている。声の質感や骨格から、どうやら男のようだ。
「ボクぅ、湖の守り人ぉ~! 滝水蒼~! ミンナ、よろしくねぇ~!」
何だかテンポの掴みにくい奴だ。だが、悪い奴ではない。そう、直感が言っている。依然高く挙げている左手の銀色の指輪が目に入る。蒼はその左手を動かして、真横の緑髪をひらひらと指し示した。
「次ぃ、花林だよぉ~!」
示された女は蒼を見て、やや困り眉で笑った。改めておれたちを見る女。表情は無表情に戻っていて、腕は組んだままだ。
「私は森の守り人、森草木花林。分かりにくい名前よね、ごめんなさい。これから、よろしくお願いするわ」
上品な女だ。無愛想に思われた花林だが、話し終わりにはささやかに薄ら微笑を浮かべる。他の奴らと比べれば距離を感じるが、それでも敵対心や排斥の意思は見られない。自らの肘に当てた左手には、蒼のものと似通った指輪をしている。こいつら、婚姻関係か。闇の守り人と光の守り人の双子だったり、湖の守り人と森の守り人の夫婦だったり、その特殊な関係性には驚かされる。
「……あっ、そういえば私、ちゃんとみんなに自己紹介してなかったよね? 私、光の守り人、日暮輝ですっ! 輝って呼んでね! みんな、改めてよろしくぅ! パチパチ~!」
おれたちが反応する隙すら与えないで、止め処なく喋る輝。自分の自己紹介に自分で拍手する輝に、茜と花林は眉をハの字にして笑った。輝に言われたとおりニコニコしながら拍手する蒼。
「あっ! お兄ちゃん、自己紹介しなくていいの?」
拍手をしながら、輝は兄に話を振る。振られた無我夜は困り顔で「俺のことは今更いいだろう」と正論を述べた。そのまま続ける。
「それにしても、アイツはどうした」
「あぁ、それは━━」
扉の開く音。おれたちは振り返る。
「すみません、遅れました……」
開いた扉から入ってきた、ハットと燕尾服の男。背を丸め、へこへこと頭を下げながら、ネズミのように小さくなってこちらへやってくる。創造神だ。突然音がして、砂夜と三令がほぼ同時、跪く。冷も見様見真似でそれに倣った。おれは倣わないが。守り人たちは砂夜たちのその様相を見て、何とも微妙な表情をしている。
「……人を呼び出しておいて、更には人を遣って呼び出させておいて、遅刻とはどういう了見だ」
無我夜の低い詰問を躱すように、創造神はそそくさとあの高台へ向かう。あのときと同じ、恐らく定位置であろう高台の頂点に立つと、くるりとこちらを向く。
「大ッ変、申し訳ございませんでした……!」
ぽっきり四十五度、腰から折り曲げて詫びる創造神。神が、こんなに深々と頭を下げるのか。砂夜や三令は眼前の神の神とは思えぬ所業に戸惑い、おろおろして立ち上がろうか立ち上がらまいか煩悶している様子だ。
「お前ら、アイツに、そんな大層に敬意を払わなくていい」
無我夜が言う。茜は無我夜の肩に肘を載せて口角を上げた。
「アイツ、ケッコーああいうトコあるからなァ。ンな気ィ遣わなくてイイんだぜェ」
「それにぃ、あのヒト、ミンナにもっと気楽に関わってほし~らしいしぃ?」
「『誰からでも手の届き易い神』だったかしら」
茜の陰からひょこっと顔を覗かせる蒼と、創造神の方を向きながら会話に参加する花林。おれたちは改めて創造神を見る。人間然として、深々とお辞儀している、一人の神。
「もおっ! 今日は私、ちゃんと遅れずに集合したんだからねっ!」
「ソレが普通だけどなァ……?」
頬を膨らませる輝と淡々とツッコむ茜。無我夜は無表情のまま口を開く。
「で、今回は何故遅れた?」
無我夜の質問に、ゆっくり息を吸う創造神。
「あの、一か月に発布できる任務の数が増えたのは良かったのですが、逆にまとめるのに時間が掛かってしまいまして……」
「本末転倒じゃねェか!」
豪快にツッコむ茜に、苦笑いの他数名。
何だか、不思議な感覚だ。悪魔と称される秘匿された存在、守り人と、真性の神。その二つの存在たちが集まっているとは思えない、いかにも普通で、穏やかで、楽し気な会話。他三人を見ると、やはり拍子抜けしているようで眉を顰めて目を泳がせている。
「まあ、いい。始めよう」
無我夜の鶴の一声で、空気が変質する。
「━━ええ、そうですね」
創造神は姿勢を正し、完璧に玉座に腰を据える。その目が、おれたちを見る。
「まず、4F6の皆さん。突然の呼び出しにも関わらずおいでくださりまして、誠に有難う御座います」
砂夜と三令は改めて跪く。寂しげに微笑む創造神。
「我々は、毎月初めにこうして集まり、先月の任務の遂行の程度や世界全体の魔力の均衡等を確認し、その月の任務を守り人に発布しています。今日は、月初めです。それでは『守り人』五名、焱の守り人・焱焼茜、湖の守り人・滝水蒼、森の守り人・森草木花林、光の守り人・日暮輝、闇の守り人・日暮無我夜━━加えて『4F6』四名、鎌ヶ崎切、鬼ヶ島砂夜、浮島三令、刀刃冷、以上九名、月会合を開始します」
白だけ存在している空間に、見えない糸が張る。おれは胸を張る。
おれは、世界に、今立っている。
月会合後、無我夜、茜、花林は切、砂夜を率いて、二名の初任務へ向かう。
次回「鬼刃燃焼」




