(二四)陽暗し、待受つ虫。
寂れた遊園地に、雨粒が落ちている。
なるべく心地好いよう体裁を整えた瓦礫の上に、四人の女が寝転んでいる。4F6御一行だ。華街まで出てきた彼女らは、新たに郊外にある小規模の廃遊園地を見つけ、現在そこに留まっている。
頬に落ちた冷たい一滴を感知して、砂夜は「チィッ」と舌打ちしながらそれを力強く親指で拭った。
「雨降ッてきやがッた」
「どっか移動する?」
ふよふよと浮いて、三令は砂夜に近寄りながら訊ねるが、三令を挟んで反対側に寝転んでいた切は、頭の下で組んでいた刃の腕を組み直しながら口を出す。
「この廃遊園地だが、屋根のある建物は何も残っていないらしい。移動しても無駄だ」
「確かに、見渡しても何もないしなぁ……。冷、寒くないか、大丈夫か?」
三令は再びふよふよ移動して、少し離れたところで三角座りしている冷に問い掛ける。冷は脱力して瓦礫の山に墜落していた二本の触手をうねうね動かしながら「ぅ……ぁぃ、ぅぅ」と声を捻り出す。三令は一先ず安心した顔をして、うつ伏せの体勢になってそこらをゆっくり漂い始めた。
突然、瓦礫の破片を手に取る砂夜。それを突如灰色の空へ放り投げたかと思えば、落ちてきたそれを殴って破壊した。
「クソッ、ナンつークソッタレな運勢だッてンだ。天気くれェ味方してくれてもイイだろォが」
「お天道様にも、ウチら、見放されたんかな……」
どうしようもない現状に感情をぶつける砂夜と、それに賛同する三令。ふと切の呼吸音がする。
「天気も神も、おれらのことは見放したらしいが、だが、関係ない。おれらは生きる。雨が降っても、風が吹いても、天災が起きても、誰かから恨まれようと、おれらは死んでやらない。そう決めた、だろ?」
切の言葉に他三名は起き上がり、彼女を見る。
「ボス……やっぱり、ボスはボスだ!」
「……アァ、そーだッたなァ。アタシは、だからアンタに付いていこうと思ッたンだ」
周囲から上がる「ボス」、「さすがボス」といったような声に、切はまだこそばゆさを感じている様子で、片口角を半端に上げて「やめろやめろ」と遮った。
小雨はぼちぼち降り続き、元々何だったのか分からない瓦礫の破片や木片、錆びたジェットコースターの支柱をぽろんころんと打ち鳴らしている。
しばらく黙っている一同。おもむろにその辺をうろついていた切は、何かを見つけたようで、それを切り刻まないように慎重に鎌の背で摘んで拾い上げた。濡れて黒の増した筒のようなそれは、どうやら新聞のようだった。今が何年何月か分からないが、取り敢えず読み進めていく。
廃遊園地殺人事件
切の目が止まる。記事には被害者の氏名と写真、現場の写真、そして、犯人と思しき者の情報が列挙してある。四人組、女、そして異形。世界保護団はマールムと協力して捜査を進めている、とある。マールム。神の御社。切は眉を顰める。
「何見てンだァ、ボス~……ン、新聞かァ」
のそのそと起き出して切の肩に手を回す砂夜。どうやら砂夜も切と同じ記事に目が留まったようだ。
「なあ、お前ら。守り人って、知ってるか」
続々と集まってくるメンバー。切は自分のところへ集まってきた他三人の顔を見回しながら問う。砂夜と冷は首を捻る。
「知らねェ、気がするなァ。こンなになる前の記憶はすッかり無ェし、ソレにしたッて、あンま聞き馴染みねェ感覚もある」
「そうか……三令、お前は」
切の切れ長の眼が三令を見る。三令は眉間に皺を寄せた。
「うっわ、なんか聞いたことある気がする……! なんか、噂話、みたいな。カミサマに仕えてる五人の悪魔がどーたらこーたら……って、ウチ、聞いたことない筈なのに、なんで知ってんだろ……キモチワルっ」
「奇遇だな、おれも何故か覚えている。この世に存在する、五つの魔力それぞれを司る五人。そいつらは神の命の元、神の代行者として様々なことを行う。見ろ、この記事。おれたちの事件だ」
「あ、ホントだ……でも、急にどした? その、守り人と関係あんの?」
「最後の文、見てくれ。世界保護団が、マールムと協力して捜査を進めている、とある」
切から渡された新聞を凝視する三令と冷。該当の箇所を見つけたのか、三令は「ホントだ」と小さく呟く。
「世界保護団が事件の捜査をする、というのは分かる。が、マールムは、一体何をしている?」
「事件の現場に来てたのは、アイツら全員界護団だよなァ? 軒並み制服着てたしよ」
「おれは、守り人が、おれらを裁きに来るんじゃねえかと思う」
切の鋭い眼は、順に三人を刺していった。思わず「えッ」と三令が声を漏らす。
「守り人って、そんなことやってんの? 界護団にそーいうの専門でやってるところがあるってのは何となく知ってるけど」
「これも噂話だがな。実際、守り人と思しき存在が害獣を駆除する、とか、事件現場を制圧する、とかは、割と多くの人が目にしている。世間に不利益をもたらす害獣を駆除することが守り人の仕事だとするならば、世間に不利益をもたらす、おれたちのような人殺しを駆除すことが仕事の一つだって、何ら可笑しい話じゃない。神の思し召しで罪人の裁きをするなんて、いかにも神の従者らしいだろ」
切の語りに聞き入って、固唾を呑んだ一同だったが、三令は「いや、いやいや」と信じられない様子だ。
「そ、そんなことって……ほ、本当に、カミサマがウチらを見放した、なんて、そんなこと━━」
「嫌な予感がするんだ」
切は自らの大鎌の腕を見下ろして、次に厚い雨雲に覆われた天蓋を見上げる。
雨は非情にも強くなる。
「おれは、決めた。誰が止めようと、誰を殺しても、おれたちは生きていく。あいつが━━いや、あいつらが言ってくれたから。例え神だろうと、悪魔だろうと、おれの行く手を遮る者は、全員殺す。おれたちは、4F6だ」
総員、固唾を呑み下した後、強く肯く。廃遊園地で腐り笑う、ぐしょ濡れの四人。異形と化した四人は、それでも人間であろうと、足元の瓦礫を踏み締めて、今ここに立っている。
ざっ、ざっ。
大雨の打ち付ける高架下のような轟音に混じって、それ以外の、生命の音が聞こえる。切は音の方向を見下ぐ。
ずぶ濡れの烏のような長めの黒髪。視界を邪魔するほどの前髪を退かそうともせず、ただ雨樋のように雨を垂らしながらこちらへ歩んでくる、黒いパーカーを纏った痩身長身の、闇の権化のような男。腰に四本、据えられた筒状のもの。武器。豹海豹のような前髪から覗く、深海よりも黒い眼は、真っ直ぐ切を、4F6を見据えている。
日暮無我夜だ。
「お前、何で、ここに」
「お前らに言い忘れていたことがあった。俺は、日暮無我夜。━━闇の守り人だ」
雨は一層打ち付ける。
人間は不完全な存在である。愚かで、短慮で、臆病な生物である。窮鼠猫を噛むとはよく言うが、追い詰められた蟲は皮を脱ぎ捨てた悪魔と相対する。
次回「運命、棄却。」




