361.私の値段は、いくらなの?
リリスは私の反応を予期していたかのように、落ち着いた口調で語り続ける。
「弱いからいじめられる。貧しいから飢える。それが、この世界のルールなのでしょう?」
彼女の言葉は、冷たい事実だけを淡々と並べている。
私はすぐに否定の言葉を口にしたい。
そんな残酷な世界は間違っていると、娘を正しく導きたい。
しかし、喉の奥が塞がったように声が出なかった。
貴族である私たちが、平民の苦しい生活を知りながら、己の富と贅沢のために放置してきたのは紛れもない事実だったからだ。
「私は公爵令嬢です。だから、彼らを暗い路地裏でそのまま飢えさせて死なせるより、私の目の前で戦わせて、楽しませてから死なせてあげるほうが、ずっと彼らにとっても幸せでしょう?」
彼女の微笑みには、一片の悪意も罪悪感も存在しない。
自分の持つ強大な権力を使って、彼らに役割と寿命を与えてやったという、歪んだ慈悲の心。
私は胸の鼓動が止まる感覚を覚えた。
この子は、カスト様にも、私にもちっとも似ていない。
相手を支配し、弄ぶことに悦びを見出し、それを正しいことだと信じ込んでいる。
恐ろしい怪物だ。
私が作り出してしまった、理解不能な存在。
私が恐怖で言葉を失っていると、リリスは身体を少し前へ乗り出し、私の顔を覗き込んだ。
「お母様。私だって、彼らと同じなのでしょう?」
リリスの口から発せられた唐突な言葉に、私は目を見開いた。
「私、とっくに先生から聞きましたわ。貴族の娘は大きくなったら、家のために政略結婚の道具にされるのだと。それが貴族令嬢の果たすべき義務なのだと」
「な……!?」
私の口から、掠れた悲鳴が漏れた。
リリスは無邪気な表情のまま、私の心の最も深い場所にある隠し事をえぐり出す。
「ねえ、お母様。私の値段は、いくらなの?」
「そんなことは……!」
私は反射的に否定の言葉を叫ぼうとした。
あなたを売るつもりなどない。
あなたを愛している。
母親として、そう言わなければならない。
しかし、言葉は口の端で凍りつき、音にならなかった。
なぜなら、彼女の言う通りだったからだ。
私はこの子を、心から愛してなどいない。
カスト様の前で、物分かりの良い母親を演じるために、ただ愛している振りをし続けていただけだ。
私は実家のアルバレス家へ公爵家の資金を秘密裏に横流しし、自分の保身と贅沢な暮らしを図っている。
もし私から男の跡継ぎが生まれれば、女であるリリスはタロシア公爵家にとって不要な存在となる。
他家からより有利な条件と莫大な利益を引き出すための、ただの交渉材料として売却するつもりでいた。
それが、貴族としての正しい生き方。
私自身が過去に両親から受けた仕打ちであり、娘を売ることでしか家を守れなかった実の親と、全く同じ価値観で私は息をしている。
平民の親が金貨のために子供を差し出したのと、私が利益のためにリリスを他家へ売ることに、どんな違いがあるというのか。
何も違わない。
結局、私は彼女の問いを否定することができなかった。
この子は、生まれながらの貴族だ。
他者と自分自身の価値を利益と金貨で測り、親子の感情さえも取引の材料として捉える。
その傲慢な態度も、冷酷な合理性も、私が教えたわけではない。
カスト様の血と私の血が混ざり合い、生まれつき備わっていた貴族としての本能なのだ。




