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【36万PV感謝】罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~  作者: 水無瀬 霧乃
悪役令嬢・サリス編

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360/377

360.九歳の怪物

「やめなさい!」


私の突然の叫び声が、金貨に群がる平民たちの悲鳴と怒号を切り裂いた。


広場は一瞬にして静まり返る。


剣の柄に手をかけていた専属騎士たちも、私の姿を認めて慌てて姿勢を正した。


集まっていた大人たちは、私から発せられる公爵夫人としての威圧感に気圧され、得た金貨を握りしめたまま後ずさりしていく。


その異様な静寂の中心で、椅子に座ったリリスは目を丸くして私を見つめていた。


母が自分の秘密の遊び場に現れることなど、全く予想していなかったのだろう。


彼女は数度瞬きを繰り返し、状況を飲み込もうと思考を巡らせている。


次の瞬間、リリスはいつも屋敷で見せる、愛らしく無害な笑顔を浮かべた。


「お母様。ごきげんよう」


彼女は何事もなかったかのように立ち上がり、小さな両手でドレスの裾をつまんで、完璧な挨拶の仕草をして見せた。


その平然とした態度は、眼の前で行われていた凄惨な人身売買の光景と全く結びつかない。


私は、自分の腹を痛めて産んだこの娘が、心の底から恐ろしかった。


「リリス。すぐに馬車に乗りなさい」


私は声を震わせないよう必死に堪え、短く命令を下した。


「はい、お母様」


リリスは少しも反抗する素振りを見せず、素直に頷く。


メイドに促されて馬車へ乗り込むその小さな背中を見送る私の手は、冷たい汗でひどく濡れていた。


重い扉が閉ざされ、車輪が石畳を転がる音が響き始める。


馬車の中には、私とリリスが向かい合って座っていた。


狭く閉ざされた車内には、重く息苦しい空気が満ちていた。


私は両手を膝の上で強く組み合わせ、正面に座る娘を真っ直ぐに見据えた。


「リリス。どうしてあんな、ひどいことをするの」


私の問いかけに、リリスは少し首を傾げた。


「ひどいこと、ですか」


彼女の瞳には、本当に理由がわからないという純粋な疑問が浮かんでいる。


「先生は、歴史や礼儀作法ばかりで、愛情や絆の価値を教えてはくれません。ですから、私自身で確かめてみたかったのです。それに、彼らはどうせ借金に押し潰されて死んでしまうのですわ。それなら、私が彼らを買い取って、私を楽しませてくれた方が、少しは長生きできるでしょう?」


その返答に、私は息を呑んだ。


愛情の重さを知るために、親に子供の値段をつけさせる。


生き延びさせるために、尊厳を奪って玩具にする。


それが彼女なりの学習と救済なのだという、あまりにも狂った思考回路。


「それは間違っているわ。人の命や絆は、金貨で買ったり、見世物にしたりしていいものではないのよ」


私がそう言い聞かせようとした瞬間、リリスは小さな手提げ鞄から数枚の紙の束を取り出し、私の目の前へ差し出した。


それは、公爵家の紋章が入った正式な書類だった。


「お母様、これを見てくださいな」


リリスが指差した紙面には、国が調査したスラム街の住民の生活記録が記されていた。


そこには、スラムに落ちた人間の平均生存期間が五年にも満たないという残酷な数字が並んでいる。


「お屋敷の書庫で見つけましたの。借金を抱えてスラムに落ちた人たちは、病気や飢えですぐに死んでしまうのですわ」


私は言葉を失い、提示された数字を見つめたまま固まった。


「スラムはどの領地にも必ず存在します。お父様やお母様の領地管理のせいではありませんわ」


リリスは私の反応を予期していたかのように、落ち着いた口調で語り続ける。


「弱いからいじめられる。貧しいから飢える。それが、この世界のルールなのでしょう?」

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