357.娘は、外で何をしている
私の提案した交渉は、一時的な平穏を公爵邸にもたらした。
屋敷の中でリリスはとても聞き分けの良い娘として振る舞い、メイドや家庭教師への露骨な嫌がらせは鳴りを潜めた。
その代わり、彼女の周囲には甘い言葉しか吐かない人間ばかりが集められた。
専属の護衛騎士、機嫌を取ることに長けたメイド。
彼らはリリスが少しでも不快になる言葉を決して口にせず、全ての我儘を肯定する。
退屈な歴史や礼儀作法の授業は理由をつけて全て休みとなり、彼女の毎日は快楽の消費へと傾いていった。
あっという間に時間が流れ、リリスは七歳の誕生日を迎えた。
豪華な装飾が施された子供部屋の大きなソファの上で、彼女は銀の皿に山と積まれた焼き菓子を次々と口へ運んでいる。
「お嬢様、本日は王都で一番有名な菓子職人が焼いた、果実の砂糖漬けのタルトでございます」
専属のメイドが恭しく新しい皿を差し出すと、リリスは満足げに頷いた。
「とても美味しいわ。もっと持ってきてちょうだい」
毎日、好きなものを好きなだけ食べる。
動くのは、お気に入りの取り巻きを連れて領地へ遊びに行く時だけ。
その結果は、残酷なまでに彼女の身体へと現れていた。
かつて誰もが目を奪われた、透き通るような肌と華奢な体つき。
それは既に過去のものとなっていた。
偏った栄養と過剰なカロリー摂取により、今のリリスの体はすっかり丸みを帯び、二重顎が目立つようになっている。
肌の艶も失われ、どこにでもいる地味で太った子供へと変貌してしまったのだ。
ある晩の夕食の席。
長大なテーブルの向こう側で、ソースがたっぷりと掛かった肉料理を頬張る娘を見て、カスト様が少しだけ眉を動かした。
「サリス。リリスのやつ、少し丸くなったか? 最近、着る服がきつそうに見えるが」
私は心臓を跳ねさせながら、手に持っていた銀のフォークをそっと置いた。
「ええ、カスト様。成長期でいらっしゃいますから、お食事が美味しいようですわ」
カスト様はしばらく娘の姿を見つめていたが、やがて優しく目尻を下げた。
「まあ、いいだろう。幼い頃は、食べたいものを好きなだけ食べさせればいい。タロシア公爵家の娘に、ひもじい思いをさせる必要はない。大人になってから、少しずつ食事を減らせばよいことだ」
カスト様のその寛大な許容に、私は胸を撫で下ろした。
父親であるカスト様が外見の変化を問題視しないのであれば、私が責められることもない。
このままカスト様が彼女の振る舞いを肯定し続けてくれれば、私の公爵夫人としての地位は揺るがない。
私は表面上は上品な笑みを作りながら、裏では実家のアルバレス男爵家へ資金を流す秘密の帳簿の数字を頭の中で弾いていた。
屋敷から辞めていく使用人も皆無ではないが、かつてのような異常な頻度ではなくなった。
カスト様にはバレずに、平穏な日常を維持できている。
私は自分の選択が正しかったのだと、冷たい安堵感を抱いていた。
しかし、その安堵の裏側で、どうしても拭い去れない疑問が私の中に残っていた。
リリスは毎日、専属の騎士とメイドを連れて、屋敷の外へ遊びに出かけている。
「庶民なら、自由に楽しんでいいのね?」
あの日、私の前でそう笑った彼女の顔が、ふとした瞬間に脳裏をよぐのだ。
一体、あの子は外で何をしているのか。
私の目を盗んで、何か取り返しのつかない問題を起こしているのではないか。
その不安が日増しに膨らみ、とうとう私の理性を上回った。
ある日の午後。
私は顔を隠すための地味な色の外套を羽織り、信頼できる私兵を一人だけ連れて、リリスたちの乗った馬車をこっそりと後を追うことにした。
馬車は王都の華やかな大通りを抜け、次第に道幅が狭く、薄暗い区画へと入っていく。
ここは、日雇いの労働者や貧しい者たちが寄り集まって暮らす貧民街の入り口だった。
公爵家の令嬢が、なぜこのような汚れた場所へ来るのか。




