351.愛情は、与えられない
その赤子は、リリスという名前にした。
タロシア公爵家の新しい命。
私の腹を痛めて産んだ、初めての子供。
けれど、出産を終えた私の体は、以前よりもずっと重く、弱々しくなっていた。
少し歩くだけで息が切れ、長く起きていることも難しい。
カスト様も正式に公爵家当主の座に就き、広大な領地の経営で家を空けることが多くなった。
私はベッドに横たわりながら、冷え切った指先を見つめる。
私が今、最優先で成し遂げなければならないこと。
それは、一日も早く体調を元に戻し、次の子供を産むことだ。
タロシア公爵家を盤石にするためには、男の跡継ぎが絶対に必要になる。
リリスは女の子だった。
公爵家の権力基盤を確実なものにするという私の目的において、最初の出産は理想通りの結果とはならなかった。
だからこそ、休んでいる暇はない。
一刻も早く身体を回復させ、カスト様に次の子を宿させてもらわなければならない。
そして、私にはもう一つ、誰にも言えない重要な目的がある。
カスト様は当主になったばかりで、まだ領地の隅々まで管理を行き届かせることはできていない。
その監視の目が行き届かない隙を突き、私はある計画を進めていた。
公爵領の目立たない場所。
そこに、私の実家であるアルバレス男爵家が関わる、稼げる取引の拠点を作り上げるのだ。
お父様、お母様、お兄様、お姉様。
借金に苦しみ、身を削って生きてきた私の家族。
彼らがこれから先、二度と金のことで涙を流さず、裕福に、そして贅沢に暮らしていけるように。
私を公爵家に送り出すために犠牲になった家族へ、莫大な富を還元し続ける仕組み。
それを完成させるには、カスト様が領地経営に完全に慣れてしまう前に動かなければならない。
私の自由になる時間は、限られている。
信頼できる使いの者を呼び出し、手紙をしたため、資金を動かす。
ベッドの上で指示を出すだけでも、多くの労力を消費する。
だから、私はリリスに構っている時間がない。
でも、幸いなことに、ここはタロシア公爵家だ。
莫大な富と権力を持つこの家は、ある意味で万能なのだ。
代々貴族の家系に仕えてきた、礼儀正しく教養のある高級メイドたち。
知識が豊富で、あらゆる学問に通じている中級貴族の家庭教師たち。
お金さえ出せば、いくらでも優秀な人材が集まってくる。
私がつきっきりで育てるよりも、私よりも百倍も上手に子供の世話をし、教育を施してくれる人が山のようにいる。
リリスが泣けば乳母が飛んできてあやし、お腹が空けば最高級の食事が用意される。
欲しいものがあれば、指を差すだけで何でも手に入る。
病気になれば、王宮から最高の医師が呼ばれる。
そんな恵まれた環境にいるのだから、あの子には何の不満もないはずだ。
豪華な天蓋付きのベビーベッドで眠る小さな顔を見下ろす。
すやすやと規則正しい寝息を立てている。
あの子は、生まれた瞬間から全てを持っている。
借金の取り立てに怯えることも、今日食べるパンの心配をすることもない。
親の都合で、顔も知らない男の元へ身売りされる恐怖を味わうこともない。
欲しいものが欲しいだけ手に入り、清潔で温かい部屋で安全に暮らせる。
私の幼い頃の、泥水をすするような人生とは全く違う。
私の人生と比べれば、あの子はよほど幸せなのだ。
だから、私が直接愛情を注ぐ必要はない。
お金と権力があの子を守り、育ててくれる。
「あなたには、不自由のない生活をあげたのだから」
私は声に出さず、静かに呟く。
十分すぎるほどの環境を与えた。
それで私の母親としての役目は、一旦終わりだ。
私は私の計画を進め、次の跡継ぎを産むための準備をしなければならない。
それに、私はもう、男の子ではなかった、私にとっては失敗品のあなたのことには、あまり時間をかけたくないのだから。




