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【36万PV感謝】罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~  作者: 水無瀬 霧乃
悪役令嬢・サリス編

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350/363

350.産んだ子は、ハズレだ

タロシア公爵家の応接室は、重い空気に沈んでいた。


カスト様は日夜を問わず公爵家の財力と人脈を動かし、王都中を探し回っていた。


しかし、ミカレン様についての情報は、埃一つ見つからなかった。


「今日も、手がかりはなしか」


執務机に突っ伏し、カスト様は深くため息をつく。


その姿を見るたび、私の心臓は冷たい手で掴まれたように縮み上がる。


彼女が自らの意志で姿を消したのか、それとも何か恐ろしい事件に巻き込まれたのか。


彼女が去り際に残した「許せない」という言葉が、夜ごと私の耳元で反響する。


いつか、彼女が私の化けの皮を剥ぐために戻ってくるのではないか。


その恐怖から逃れるため、私はさらに完璧な仮面を貼り付けた。


「カスト様、あまりご無理をなさらないでください。ミカレン様はきっと、ご無事ですわ」


私は彼の広い背中にそっと手を添え、心配げな声色を整える。


カスト様は私の手を握り返し、弱々しく頷いた。


私は献身的な妻を演じ続け、彼が私を手放せない状況を作り上げることに腐心した。


そんな張り詰めた日々が続く中、運命は私に最大の恵みをもたらした。


ある朝、朝食の席で激しい目眩に襲われ、その場に倒れ込んだ。


屋敷に急行した医師の口から告げられたのは、妊娠の知らせだった。


「おめでとうございます、カスト様、サリス様。ご懐妊です」


その言葉を聞いた瞬間、カスト様の顔に数ヶ月ぶりの明るい光が灯った。


「サリス、よくやってくれた!ありがとう、本当にありがとう!」


カスト様は私の手を取り、子供のように喜んでくれた。


ミカレン様の失踪で落ち込んでいた彼の心に、新たな生命の誕生という希望がもたらされたのだ。


そして、私にとっても、これ以上の吉報はなかった。


私はベッドの上で控えめに微笑みながら、腹部にそっと手を当てる。


これで、私のタロシア公爵家での地位は完全に確保された。


私はもう、貧しい男爵令嬢ではない。


次期公爵を産む、誇り高き公爵夫人なのだ。


お腹の中で小さな命が育っていくのを感じるたび、私は未来の栄光を夢見た。


この子が男の子であれば、将来タロシア公爵家の当主となる。


莫大な権力と富を握り、社交界の頂点で華やかな世界を生きるのだ。


私と同じような、貧困に怯え、借金取りの怒声に震える苦しみや悲しみを味わわなくて済む。


自分の尊厳を切り売りして、生き残るために醜い演技を続ける必要もない。


「あなたは、私の人生とは違う、最高の道を歩むのよ」


誰もいない寝室で、私は膨らみ始めたお腹に語りかける。


私のこれまでの苦労と計算は、全てこの子のため、そして私自身の安泰のためだった。


この子こそが、私の勝利の証であり、最強の盾となる。


しかし、現実は私の計算通りには進まなかった。


元々身体が弱く、過酷な精神状態を長く続けていた影響か、妊娠の経過は決して順調とは言えなかった。


予定日が近づくにつれ、私は度々体調を崩し、ベッドから起き上がれない日が増えた。


そして迎えた出産の日。


痛みが全身を駆け巡り、私はシーツを握りしめて悲鳴を上げた。


意識が遠のきそうになる中、私は必死に命を繋ぎ止めようと足掻いた。


私がここで倒れれば、全ての苦労が水の泡になる。


長い、長すぎる苦痛の時間。


どれほどの時間が経過したのかも分からなくなった頃、産声が部屋に響き渡った。


「お生まれになりました!元気なお嬢様でございます!」


助産師の明るい声が、私の鼓膜を叩いた。


カスト様が慌てて部屋に入ってきて、私の傍らに駆け寄った。


「サリス、よく頑張ったな!美しい女の子だ」


カスト様は助産師から受け取った赤ん坊を抱き上げ、涙ぐみながら純粋な喜びを表現している。


私は荒い息を整えながら、カスト様の腕の中で眠る小さな命を見つめた。


桜色の産毛が生えた、可愛らしい赤ん坊。


しかし、男爵令嬢から公爵夫人へと上り詰めた私の価値観が、冷徹にその赤ん坊を値踏みした。


女の子。


タロシア公爵家の後継ぎにはなりにくい、女児。


私が待ち望んでいた、絶対的な権力の象徴である「男子」ではなかった。


ああ。


ハズレだ。


心の中で、冷たい言葉が響いた。


この子では、公爵家の絶対的な跡継ぎとしての地位は確約されない。


再び、誰かに地位を脅かされる可能性が残ってしまった。


落胆と焦燥感が胸の奥に広がる。


しかし、私はその感情を微塵も顔に出さなかった。


「……カスト様、私に抱かせてください」


私は震える手を伸ばし、赤ん坊を受け取った。


「愛らしい……私たちの子ですね」


いつもの、完璧に計算された偽りの微笑みを顔に貼り付ける。


心の中で舌打ちをしながら、私は公爵夫人として、そして愛情深い母親として振る舞い続けた。


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