349.ミカレン、行方不明
お茶会が終わり、馬車を急がせてタロシア邸に戻った私は、玄関で出迎えた執事にカスト様の所在を尋ねた。
「カスト様は執務室にいらっしゃいますか」
私が尋ねると、執事は少し申し訳なさそうな顔をした。
「申し訳ございません、サリス様。カスト様は先ほど、ミカレン・バド様からの急なお誘いを受け、外出されました」
その言葉を聞いた瞬間、私の心臓が停止した。
カスト様とミカレン様が、私がいなくなった隙を突いて会っている。
あの夜のベランダでの私の発言を、ミカレン様がカスト様に暴露したに違いない。
「あの日、路地裏で襲われたのはサリスの計算だった」と。
「サリスは本当は愛情など持っていない、金と権力目当ての女だ」と。
もしそれがカスト様にバレれば、私は婚約を破棄されるだけではない。
公爵家を騙した罪で、反逆罪として処刑される可能性すらある。
両親や兄姉にまで被害が及び、アルバレス家は完全に破滅する。
私は玄関ホールの冷たい石の床に崩れ落ちそうになるのを必死に堪え、自室へと駆け戻った。
自室の扉を鍵で閉め、私はベッドの隅で膝を抱えて震え続けた。
いつカスト様が怒りに満ちた顔で扉を蹴り開けてくるか。
いつ近衛騎士たちが私を捕縛しに来るか。
時計の針が刻む音が、死刑執行のカウントダウンに聞こえる。
私は爪が食い込むほど腕を強く握りしめ、冷たい汗を流しながら待ち続けた。
しかし、数時間後。
窓の外が暗くなり始めた頃、カスト様は邸宅に戻ってきた。
私は恐る恐る執務室へ向かった。
扉をノックし、震える手でドアノブを回す。
執務机に座っていたカスト様は、私を見るといつもと同じように優しく微笑んだ。
「サリス。お茶会は楽しかったか」
彼の声には、怒りも疑念も一切含まれていない。
私はその場にへたり込みそうになりながら、必死に声を振り絞った。
「はい、カスト様。……あの、お出かけされていたと伺いましたが」
カスト様は少し困ったような顔をして首を掻いた。
「ああ。ミカレンから急に相談があると呼び出されてな。少し話を聞いてきただけだ。大したことではない」
彼は本当に何も知らされていないようだった。
ミカレン様は、私の本性をカスト様に暴露しなかったのだ。
理由は分からない。
証拠がないから言えなかったのか、それとも別の思惑があるのか。
私はカスト様の胸に飛び込み、安堵の涙を流して彼の温もりを確かめた。
そして、あれから半年が経過した、ある冷たい雨の日。
タロシア公爵家に、バド伯爵家から一通の急報が届いた。
応接室で手紙を読んだカスト様の顔色が、サッと青ざめる。
私は傍らで息を潜め、彼の次の言葉を待った。
「サリス……。ミカレンが、行方不明になったそうだ」
カスト様の声は重く、ひどく沈んでいた。
私は一瞬、頭の中の思考回路が完全に停止した。
「……え?」
どういうことだ。
行方不明。
自らの意志で姿を隠したのか。
それとも、何らかの事件に巻き込まれたのか。
私のことを、許せないと、彼女は明確に宣言した。
あの時の激しい怒りと絶望の表情は、今でも私の脳裏に焼き付いている。
私を奈落の底へ突き落とすために、彼女は必ず復讐を仕掛けてくるはずだった。
それなのに。
なぜ、私に対して何の行動も起こさず、ただ静かに姿を消したのか。
何が、起きたのですか。
ミカレン様。
あなたはどこへ行ったのですか。
私を許さないと言った言葉は、どうなったのですか。




