346.仮面を外してしまった
私は完璧な角度の微笑みを浮かべ、丁寧にお祝いの言葉への感謝を返した。
華やかな夜会の会場は、人々の熱気と交交に飛び交う称賛の声で満ちている。
少し息苦しさを感じた私は、目の前に立つミカレン様を静かに見つめた。
凛とした冷たい空気を纏う彼女は、この場違いなほどの喧噪の中で、ひっそりと孤立している。
「ミカレン様。少し会場の熱気にあてられてしまいました。よろしければ、あちらのベランダで二人でお話ししませんか」
私が声をかけると、ミカレン様は明らかに困惑した顔を作った。
彼女の美しい眉が僅かに寄り、視線が泳ぐ。
私と二人きりになる理由が見当たらないのだろう。
それでも彼女は、断る理由も見つけられなかったのか、無言で小さく頷き、私の後についてきた。
ガラスの扉を抜けると、ひんやりとした夜風が頬を撫でた。
ベランダには誰もおらず、遠くから聞こえる弦楽器の音色だけが、心地よい背景音となっている。
月明かりが、ミカレン様の青いドレスを静かに照らし出していた。
「ミカレン様。私は今日、本当に、最高に幸せな気分です」
私は手すりに寄りかかり、夜空を見上げながら口を開いた。
声のトーンは、甘く、そして深い満足感を含んでいる。
ミカレン様は私の横顔をちらりと見て、ぎこちなく言葉を返した。
「そ、そうか。よかったね、サリス。おめでとう」
その声には、自分自身の失恋の痛みを無理に押し隠そうとする、不器用な誠実さが滲み出ていた。
「私は、今日のように幸せになれるの、全部、ミカレン様のお陰様です」
私はミカレン様の方へ向き直り、彼女の冷たい手を両手でそっと包み込んだ。
ミカレン様の肩がびくりと震える。
「タロシア公爵家に嫁ぐことなんて、昔の私には想像もできないことでした。ミカレン様がいてくださらなければ、私は今頃、どうなっていたか分かりません」
言葉を紡ぎながら、私は彼女の目を見つめる。
嘘をつくのが絶望的に下手な彼女は、苦い微笑みを浮かべることしかできなかった。
何も言えない彼女の姿を見て、私の胸の奥底で、暗く甘い優越感が渦を巻いた。
あなたが密かに思いを寄せていた人は、今、私の手の中にある。
あなたが与えてくれた機会を、私は最大限に活用し、この王国の頂点に近い場所まで上り詰めたのだ。
勝者の特権として、私は彼女に精一杯の感謝を伝えている。
私は、権力という名の大変な美酒に酔いしれていた。
さらに、夜会で口にしたワインのアルコールが、私の頭の芯を心地よく痺れさせている。
普段であれば、私は決して本音を口にすることはない。
完璧な『か弱く美しい令嬢』の仮面を顔に張り付け、誰に対しても計算し尽くされた言葉だけを届けてきた。
けれど、今夜は違う。
最大の目標を達成し、勝利を確定させた安心感が、私の理性のタガを緩めていた。
加えて、目の前にいるのが、最も不器用で、最も裏表のないミカレン様であったことも原因かもしれない。
勝者としての余裕が、少しだけ調子に乗ることを許してしまった。
「ねえ、ミカレン様。知っていますか、私……」
静かな夜風に溶けるように、つい、隠しておくべき本音が口からこぼれ落ちてしまった。
「本当は、ミカレン様の弟君、バド伯爵家を狙っていたのです」
ミカレン様は一瞬、言葉の意味を理解できず、きょとんとした顔をした。




