第244話 待ち望んだ再会
カシリアは執務室の窓辺に立ち、眼下に広がる練兵場を見下ろしていた。
秋の乾いた風が砂塵を巻き上げる中、二つの影が激しく交錯している。
金属と金属がぶつかり合う甲高い音が、ガラス越しに微かに響いてきた。
帝国の第三王子コリンダと、我が国の「剣術指南役」エリナ。
本来ならば水と油、あるいは火と火薬のように反発し合うはずの二人が、今は毎日のように剣を交えている。
エリナが低い姿勢から飛び込み、手にした模擬剣ではなく、左手の砂をコリンダの顔面に投げつけた。
卑怯、下劣、騎士道精神の欠如。
観覧席の貴族たちが眉をひそめるような行為だが、コリンダは瞬時に顔を背けてそれを躱し、逆に嬉々として剣を振り下ろした。
エリナはそれを地面を転がるようにして避け、コリンダの膝裏を蹴りつける。
泥にまみれ、汗を流し、獣のように噛み合う二人。
その光景には、洗練された宮廷剣術にはない、生々しい命のやり取りがあった。
「面白いな、この二人」
カシリアは口元に薄い笑みを浮かべ、グラスの水を煽った。
当初、コリンダ王子は敗北の屈辱にまみれ、エリナを殺しかねないほどの殺気を放っていた。
だが、拳を交わし、互いの技量を肌で感じるうちに、その感情の質が変わってきたようだ。
憎悪ではなく、好敵手への執着。
あるいは、言葉など不要な、野生動物同士の求愛にも似た共鳴。
エリナの、あの汚れなき実戦主義が、コリンダの飾り立てられたプライドを剥ぎ取り、本能を刺激したのだろう。
コリンダがエリナの腕を掴み、エリナがコリンダの足を払う。
二人は倒れ込みながらも笑っているように見えた。
外交のテーブルの上では決して築けない、血と汗による信頼関係。
これは、メニア王国にとっても計算外の、だが喜ばしい成果だった。
カシリアの視線は、砂塵の中で輝くエリナの笑顔から、遠く北の空へと移った。
そこには、愛する婚約者がいるはずだ。
リリス。
完璧で、美しく、そして脆い硝子細工のような少女。
彼女は今頃、ガーナー領で健気に経営に尽力していることだろう。
送られてくる手紙には、領民への慈愛と、オレへの感謝が綴られている。
彼女は変わった。
あの冷たい人形のような仮面の下に、熱い心と、為政者としての強さを秘めていたのだ。
エリナとコリンダのように、ぶつかり合い、泥にまみれることはないかもしれない。
だが、オレとリリスもまた、違う形で心を通わせることができるはずだ。
互いの弱さを認め合い、支え合う、真のパートナーとして。
「オレとリリスも、いずれこういう感じになれるだろう」
カシリアは窓ガラスに映る自分の顔に向かって呟いた。
リリスが戻ってきたら、今度こそ全てを打ち明けよう。
エリナのこと、オレの弱さ、そして彼女への愛を。
彼女ならば、きっと受け入れてくれる。
あの手紙に書かれていたような、慈愛に満ちた言葉で。
その時、執務室の扉が激しく叩かれた。
返事を待たずに飛び込んできたのは、近衛兵の一人だった。
息を切らせ、顔を紅潮させている。
「殿下! 申し上げます!」
「騒々しいぞ。何事だ」
カシリアは眉を寄せ、振り返った。
兵士は直立し、震える声で告げた。
「急使が参りました! ザロ殿の使いです!」
「ザロから?」
定期連絡にしては早すぎる。
何かあったのか。
「リリス嬢が……リリス・タロシア様が、王都へ向かっておられます! 至急、殿下にお伝えしたい儀があると……!」
「リリスが……?」
カシリアは目を見開いた。
予定よりもずっと早い帰還。
そして「至急伝えたい儀」という言葉の響き。
それは、完了報告だろうか。
それとも、寂しさに耐えかねて戻ってきたのだろうか。
どちらにせよ、彼女に会える。
カシリアの胸に、甘い期待が広がった。
「すぐに迎えの準備をせよ。……王宮の門を開けておけ」




