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第245話 理解不能の歓迎

王都の硬い石畳の上で、馬車がピタリと止まった。


私は実家であるタロシア公爵邸には寄らず、王家学院の方を見ることもなく、まっすぐ王宮の正門へと乗り入れた。


綺麗に整えられた真っ白な城壁と、等間隔に並んで立つ衛兵たちの姿が見える。


ここは完璧な秩序とルールに守られた中心地で、少しの異常も許されない場所だ。


胃の奥には、今朝飲み込んだ金色の薬の成分が、ほんのりとした熱になって残っている。


だけど、薬のおかげで感じていた幸せな気分も、この絶対的な権力の象徴を前にするとすっかり消え失せ、私の指先からはあっという間に体温が引いていった。


馬車のドアが外から開けられる。


私は大きく深呼吸をして、口角をきゅっと上げて完璧な優しい微笑みを作り、馬車を降りるステップへと足を下ろした。


「リリス様」


ドアのそばに控えていたナミスが、護衛としての距離をきっちりと保ちながら、低い声で呼びかけた。


彼の栗色の瞳が私をまっすぐに見つめ、ゆっくりとまばたきをする。


私を深く心配している時の、彼特有の癖だ。


大丈夫です、私は必ず演じきってみせます。


私は声には出さず、あごを少し引いてうなずくだけで彼に応えた。


いくら親衛隊長とはいえ、プライベートな面会の場に彼を連れて行くことはできない。


ここから先は、私一人で行かなくちゃいけない。


自分の存在価値と、カシリア殿下との婚約という権利をお金に換えるための、最後の交渉の場へ。


私は彼から目をそらし、王宮の長い廊下へと歩き出した。


硬い靴底が大理石の床を鳴らし、コツコツという足音が壁に響く。


歩を進めるうちに、だんだんと心臓の鼓動が早くなり、息が浅くなっていく。


突然帰ってきたことで、カシリア殿下にきつく問い詰められる可能性が高い。


もしかしたら、彼はエリナをそばに置いて、二人で並んで私を見下し、「いらない邪魔者が帰ってきた」と冷たい言葉を投げつけるかもしれない。


私は下唇の内側を軽く噛んで、自分の気持ちを落ち着かせた。


私は、あくまで被害者の立場でいなきゃいけない。


辺境の地で辛い仕事に耐え、心も体もすり減らして、それでも婚約者への想いを胸に帰ってきた可哀想な令嬢。


その役をしっかり演じきれば、彼の罪悪感を刺激して、慰謝料や療養費という名目でたっぷりのお金を引き出すことができるはずだ。


薬のおかげで作られた作り物の冷静さが、震え始めた膝を無理やり動かし、前へと歩かせ続けてくれた。


カシリア殿下の部屋がある廊下に近づいた時、空気の匂いがはっきりと変わった。


とても濃くて重たい香りが鼻をツンと刺激する。


それは、薔薇の香りだった。


しかも、花瓶に飾られた数本から漂うような量じゃない。


閉め切った場所に大量の花びらをぎっしりと詰め込んだ時にするような、むせ返るほどの強い香りが空気を満たしている。


私は歩くペースを落とし、眉をひそめた。


予想していた冷たいお出迎えや尋問の雰囲気とは、全然違う。


頭の中が少し真っ白になりながらも、私は廊下の角を曲がった。


そして、完全に息が止まった。


目に飛び込んできたのは、王宮の厳格な雰囲気からは完全にかけ離れた光景だった。


灰色の石の床には、真っ赤な薔薇の花びらが隙間なく敷き詰められている。


壁には無数の薔薇のツタが飾られ、いくつもの燭台に灯されたロウソクの火が、昼間の光を遮った廊下にオレンジ色の影を揺らしていた。


その空間の真ん中には、真っ白なティーセットが並んだ木製の丸テーブルが置かれている。


テーブルの上には、私が昔よく食べていたフルーツタルトが置かれていて、表面のシロップがロウソクの光を反射してキラキラと光っている。


尋問の場なんかじゃない。


冷たくあしらうための準備でもない。


それは、やりすぎなほどの飾り付けと、とんでもない手間がかけられた、異常なまでの歓迎の準備だった。


私が頭の中で思い描いていた、婚約破棄と慰謝料請求のためのどんな作戦も、この目の前の状況にはまったく当てはまらない。


目に飛び込んでくる鮮やかな赤色とロウソクの揺らめきが、薬の成分と混ざり合って、私の冷静な思考を完全にぶっ壊していく。


足の裏に伝わる薔薇の花びらの柔らかい感触に、私はその場にピタリと立ち尽くしてしまった。


喉の奥がひくつき、乾いた唇がわずかに開く。


誰に向けてというわけでもなく、ただ目の前の光景に対する純粋な疑問が、声になってポロリとこぼれ落ちた。


「な……なに、これ……は……?」

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