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第236話 反抗

卓の上に置かれた小さな木箱の中には、鈍い金色の錠剤が整然と並べられていた。


私の視線は、その小さな球体から離れない。


あの古屋敷での取引から数日が経過した。


南端の土地を売り払い、他領の商人に握らせた五十金貨の横領。


それすらも、その場しのぎの延命措置に過ぎなかった。


毎月三百金貨。


この莫大な金額を継続して捻出する手段は、今の私には一切残されていない。


領地の税収をこれ以上誤魔化して搾取すれば、領民の生活は完全に崩壊する。


右手の指先が、机の端を強く握りしめた。


爪が木肌に食い込み、微かな音を立てる。


私は視線を上げ、部屋の隅で直立するナミスの姿を捉えた。


「ナミス」


私の声は低く、平坦な音として室内に響いた。


ナミスは即座に歩み寄り、私の数歩手前で片膝をつく。


「はい、リリス様」


「もう、限界よ」


机の上の木箱を指差した。


「金がないわけではないわ。公爵家の財産全体から見れば、三百金貨は気軽に用意できる額よ。でも、正当な理由を偽装して引き出す手段が、この辺境の領地にはもう存在しない」


私は言葉を切り、一度深く息を吸い込んだ。


冷たい空気が肺を満たす。


「一度や二度なら、なんとなく誤魔化すことは可能かもしれない。でも、毎月となれば必ず発覚する。領地の役人たちも、いずれ不審に思うはずよ」


ナミスの栗色の瞳が、私の顔を真っ直ぐに見上げる。


表情には、一切の動揺がなかった。


「私は、決めたわ」


背筋を伸ばし、椅子から立ち上がった。


紫のドレスの裾が擦れる音が鳴る。


「王都へ帰還する。このままこの領地に留まれば、私はあの組織に永遠に搾取され続け、最後には何もかもを失う」


数歩歩き、窓の外の灰色の空を見つめた。


「元々、私が初めて手に入れた薬は1錠に1銀貨だった。王都の広大な裏市場であれば、あの法外な10金貨などという価格ではなく、適正な、安価な取引を行う闇医者が必ず存在するはずよ」


孤立した辺境ではなく、情報の集まる王都の暗部。


そこにこそ、この終わらない脅迫の連鎖を断ち切る活路がある。


「そして」


振り返り、再びナミスを見下ろした。


視線は、彼が腰に帯びた剣の柄へと向けられる。


「王都へ戻り、安価な取引相手を見つけた後。あの辺境の組織を、完全に潰すわ」


ナミスの肩が僅かに反応した。


「公爵家の権力と、私軍を動かす。手段は問わない。あの小賢しい男も、背後にいる者たちも、すべて物理的に排除する」


自身の罪を隠蔽するために、公爵家の軍事力を私的に行使する。


それは貴族としての倫理を完全に逸脱した、非難されるべき重大な背任行為だ。


「公爵令嬢としての権力を乱用したと、糾弾されるでしょうね。でも、今のように一方的に怯え、無限に搾取され続けるよりはましよ。私は、私の生存と尊厳を、自分の手で取り戻す」


ナミスは膝をついたまま、深く頭を垂れた。


彼の呼吸が数度、ゆっくりと繰り返される。


彼自身も、毎月三百金貨という異常な要求を満たすことが不可能であると、すでに計算を終えていたのだろう。


「……御意に」


ナミスの顔が上がり、彼の声が室内の静寂を破った。


「リリス様の御決断を、支持いたします」


彼は立ち上がり、右手を自身の胸当てに強く押し当てた。


「どのような非難を浴びようとも、どのような手段を用いようとも。僕は、リリス様の剣となり、盾となります」


誓いの言葉が、冷えた身体に僅かな熱を帯びさせる。


「王都への出発の準備を整えなさい」

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