第235話 終わらない搾取
机の上に積み上げられた三百枚の金貨が、無慈悲な光を放っている。
領地の南端の都市。
その開発権を他領の商人に売り渡し、裏で受け取った五十枚の金貨。
ナミスが屈辱に耐えながら集めた二百五十枚の金貨と合わせ、ようやくあの組織が要求した金額に到達したのだ。
私は硬貨をすべて厚手の革袋に押し込み、紐を固く縛る。
革袋の重みが、私の罪の質量そのものとして手首にのしかかった。
「ナミス。これを」
革袋をナミスの前に差し出す。
「例の古い屋敷で、闇医者との接触を図って頂戴」
「承知いたしました」
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夜の帳が降りたガーナー領の辺境。
私たちは人気のない古い屋敷の広間に立っていた。
身元を隠すための灰色の外套を深く被り、ナミスは私の斜め前に立って周囲の気配を警戒している。
板張りの床が微かに軋む音が響き、広間の入り口に一つの影が現れた。
現れたのは、以前の冷徹な男でも、ナミスが両目を奪ったあのやせぎすの男でもない。
小柄で、視線をしきりに床へ落とす、ひどく怯えた様子の男であった。
彼は数歩進むごとに肩をすくめ、ナミスの姿を認めると歩みを止めた。
組織が使い捨ての駒として寄越した末端の連絡員であることは明白であった。
「お、お持ちいただきましたでしょうか」
男の声は震え、言葉の端が裏返っている。
「これよ」
私はナミスに目配せをする。
ナミスは無言のまま前へ進み出ると、重い革袋を男の足元の床に落とした。
硬い金属音が室内に反響する。
男は慌てて床に這いつくばり、革の紐を解いて中身の金貨の輝きを確認した。
「た、確かに、三百金貨。頂戴いたしました」
男は革袋を抱え込み、何度も頭を下げる。
しかし、彼はそのまま立ち去ろうとはしなかった。
彼は自らの背負っていた布製の袋を開き、中から小さな木箱を取り出した。
木箱の蓋が開かれる。
中には、鈍い金色に輝く丸い錠剤が、整然と並べられていた。
三十錠。
一ヶ月分の『幸せの実』。
私の呼吸が僅かに停止した。
「待ちなさい。まだ薬が要るとは言っていないわ」
私は平坦な声を出し、男の行動を制止する。
手元には、半錠で我慢した日に残った薬がまだ数錠余っている。
私は王都へ帰還するつもりだ。
王都の広大な裏社会であれば、一錠十金貨などという法外な価格ではなく、一銀貨で取引してくれる安価な闇医者を見つけることができるかもしれない。
これ以上の借金を背負い、領地を切り売りする理由はどこにもない。
「も、申し訳ございません。これは、組織からの指示でして」
男は木箱を床に置いたまま、後ずさりを始める。
「ぜひ、毎月定期的にご購入いただきたいと。そうしていただけない場合は……その、お嬢様の現在の状況を、然るべき場所へご報告申し上げるしかないと……」
男の視線が、私の外套の裾を泳ぐ。
暗黙の脅迫。
取引を打ち切れば、私が重度の薬物依存に陥っている事実を公爵家、あるいは王家へ暴露するという明確な宣告であった。
指先が冷え、手首の傷跡が痛みを訴える。
しかし、ここで私が怯えを見せれば、彼らはさらに容赦なく私のすべてを搾取しにくる。
背筋を伸ばし、顎を僅かに上げた。
「……いいでしょう」
声は、氷のように冷たく広間に響いた。
「今回の薬代も、一ヶ月以内に払うということね。三百金貨はくれてやるわ」
男の顔を真っ直ぐに見下ろす。
「けれど。私のお金を受け取った以上、小賢しい真似でもしたらどうなるか……理解しているわね?」
「ひっ……!」
私の言葉に、男は喉の奥で短い悲鳴を上げた。
彼はナミスの冷酷な視線を浴び、以前の売人がどのような結末を迎えたかを思い出したのだろう。
「あ、ありがとうございます! 失礼いたします!」
男は木箱を床に残したまま、革袋を抱え、逃げるように屋敷の入り口へ向かって走り去った。
彼が転がるように闇の中へ消えていく足音だけが、静寂の広間に残される。
床に置かれた三十錠の薬を見下ろした。
手に入れたばかりの薬。
それは同時に、一ヶ月後に再び三百金貨を支払わなければならないという、新たな死刑宣告の開始であった。
私はゆっくりと目を閉じ、冷たい夜気を肺の奥深くまで吸い込んだ。




