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騎士様の初恋は御伽噺の呪われし魔女  作者: 文庫 妖
第三章 医療棟の聖女

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05 出遅れた騎士

「うわああ、旨そう!」

「旨そう、じゃなくて旨いんだよ。さあ、冷めんうちに食え食え」

「はい、では遠慮なく頂きます!」

 卓上に運ばれた皿を見て歓声を上げるトマスとカルラに料理を勧めると、謝意を口にして早速自らの皿に取り分け始めた。制服を着込んでいると凛々しい白騎士の二人も、こうして私服に着替えて無邪気に笑っている様子を見れば、年相応の若者なのだと思い知る。互いに料理の感想を言い合いながら食べ進めている彼らを微笑ましく思い、口の端が綻んだ。

 自らも瑞々しい葉野菜のサラダと牛肉の赤ワイン煮込み、香草(バジル)ソースの香りが豊かなパスタを取り分け、口に運ぶ。旨い。やはり、この店の料理はどれも外れが無い。外れは無いが――やはり家庭の味には敵わない。誰かの為を思って作られた手料理には。

 ふと、シグリットの顔が胸を過り、マティアスは思わず苦笑した。

 どうにも煮え切らないエルドリートを揶揄い半分にけしかけていたつもりだったが、案外自分も己が思うよりは彼女に惚れているのかもしれない。

 飯も旨い。気立ても良い。淑やかだが御侠おきゃんなところもあって、そこがまた可愛いらしい。

 患者や保護対象に特別な感情を抱くなど、本来ならばあまり好ましい事では無いということは分かっている。仕事の質を落とすことになるからと、私的な関りを持たないよう厳命する上官もいるほどだ。

 しかし――。




 先帝陛下(ジークフリート)の時代より受け継がれて来た、魔女捜索の密命。その魔女の説得と保護、そして王都への護送という極秘任務を王太子直々に言い渡されて驚いた事は記憶に新しい。そもそも王太子とは接点など無いに等しく、せいぜいが御前試合や年頭の訓示で遠目に姿を見る程度だったものが、突然の名指しでの呼び出しで一体何事なのかと戦々恐々王太子の執務室に行ってみれば、言い渡されたのが『御伽噺の魔女』の保護なのだから、これで驚くなというのが無理な話だ。

『……しかし何故我々に? 殿下の御友人たるエルドリート殿ならばともかく』

 疑問を呈してみれば、王太子は言うのだ。

『エルドを任命したのは何も友人だからという理由ではないよ。君達を指名したのにも重要な意味がある』

 書類の束と共に渡された、六十年前のとある事件の記録。その概要を纏めたとされる資料に先ず目を通すように言われ、その内容を頭に叩き込む。

『この事件の発端は、勢力争いや嫉みだった。その中心に居たが故に、彼女は酷く傷付けられ、失踪を決意するに至るほどに心に深い傷を負ったんだ。祖父からも失踪直前の彼女の様子は何度も聞かされているから間違いない。それに、今でも呪いの影響があるのなら、未だにその傷は癒えていない可能性は高い。だから今回は、目先の権力や出世欲に惑わされず、シグリット嬢の事を第一に考えられる人材を選定した。それが君達三人だ』

 美貌の王太子の強い視線に身が引き締まる。

『こういった事情なのでね、失礼だとは思ったが極秘に素行調査を行い、治療に当たる人間として白騎士隊の呪法騎士の中でも特に有能な人材の中から、更に人格的にも優れた者を選ばせてもらったんだ』

 見習いの頃からこつこつと積み上げて来たものが、ここに来て王太子に認められたという事に喜びを禁じ得なかった。知らず、身体が震えた。

『エルドにしても同じなんだ。そもそも僕が彼に興味を持つに至ったのも、シグリット嬢が切欠だった』

『……と、言いますと?』

 続きを促すと、王太子は昔を思い出すように、どこか遠くを見る目をする。

『幼い頃に王宮でね、貴族の子女を集めた茶会があったんだ。交流会という名目で、実際は将来の人脈作りをするためのね。その中にエルドが居たんだ。丁度その日は愛読書の話で盛り上がって――あいつは、「王国騎士と呪われし魔女」が好きだと言って、「いつか魔女を助けに行く」と熱弁して、皆に笑われていた』

 王太子の口元が緩やかな弧を描き、瞳が柔らかく光る。

『……僕も、同じだったんだ。僕は祖父母から散々聞かされて育ったからね。あの御伽噺が実話であることも、御伽噺の騎士と魔女が祖父母の親友だったことも、彼らが二人の人柄に随分と助けられていた事も、そして魔女が酷く傷付いたまま失踪した事も――何度も聞かされていたんだ。だから、僕も同じ気持ちを抱いていた。それであいつと親しくなった』

 王太子とエルドリートが知り合った意外な経緯。

『――あいつも祖母に物語を何度も聞かされて育ったと言っていた。だから、あいつの家にお忍びで遊びに行った時も、二人で彼女に魔女の物語を強請っていたよ。その語り口が真に迫るもので――エルドの心に強く根差したのも道理だと思った。士官学校に入る頃には流石に口にはしなくなってはいたが、それでも何かの折に絵本を見かける度に、手に取ってじっと考え込んでいたのを覚えているよ。だから、あいつならもしかしたら、彼女を救ってやれるのではないかと思ったんだ』

『……なるほど、そういうことでしたか』

 王太子の男にしては綺麗な手が、執務机の片隅に乗せられた古ぼけた絵本に伸びる。何度も読み返されて、端がすっかり擦り切れてしまっている、絵本。王太子のすらりと伸びた指先が、絵本の最後のページを捲る。

 ――森の奥に消えていく魔女。長く編んだ黒髪の、少しだけこちらを振り返った寂しげな顔の魔女。

『彼女は……呪いを受け、未来も無い自分はもう二度と誰かの隣に立つ資格など無いと、それなのに誰かに縋ってしまいそうな自分がおぞましいと……そんな風に言い残して、居なくなったそうだ。縋る事さえ許されない環境で、だが、本当は誰よりも縋る相手を求めていたのではないかと、そう思うんだ。だから、余計な事だとは十分に承知しているが……』

 魔女の挿絵を撫でながら、自嘲気味に彼は笑った。ああ、この方は、きっともう既に御伽噺の魔女にすっかり肩入れしてしまっているのだと、そう思った。

『手を伸ばしたら、すぐにその手を握り返してくれるような、そんな人間が側に居てやれたらと。そう思って、エルドや君達を選ばせて貰った。エルドもそうだが、今回の白騎士の選定基準には婚約者や恋人の居ない独身者という条件も含まれている』

 彼女はとても魅力的な女性だったそうだから、既婚者を側に置いて間違いが起きては困るからね、そう付け加えて王太子は笑った。

 どう返答したものか困り、アルベールと二人で苦笑する。

『それは……もし、その魔女殿を気に入ったら、積極的に口説きに行っても良いということですか』

 とりあえず確認してみると、肯定された。

『勿論、シグリット殿の気持ちは尊重してもらうがね。まぁ、厳正な選考を重ねた上での君達だから、おかしな事にはならないとは思っているが。ともかく――彼女を頼むよ』




「――マティアス殿、食べないんですか? 冷めちゃいますよ」

 トマスの声に、我に返る。パスタをフォークで巻いたまま、考え込んでいたらしい。顔を上げ、卓上の大皿を見て目を剥いた。サラダは葉野菜を一、二枚残すのみ、赤ワイン煮込みは既に空、パスタはあと三口分ほど。

「ちょ、お前ら、もうほとんど無いだろうが!」

「全然進まないからもう食べないのかと」

「ちなみに食べたのはほとんどトマス殿です。私は最初に取り分けた分しか頂いておりません」

「トーマースー!」

 トマスの頭を鷲掴みにしてやると、笑いの混じった悲鳴が上がった。

「じゃあ、もう少し買い物したら、今度は屋台で食べましょうよ。今日のお礼に次は俺が奢りますから」

 後輩の申し出に、それで手を打つことにしてやった。旨い屋台の出る場所なら幾つか把握しているから、これから足を延ばしても十分に間に合いそうな場所を頭の中でリストアップする。

「それならシグリットにも何か買っていきましょう」

 カルラも楽しげだ。

 そういえばカルラもそうだが、エルドリートもいつの間にかシグリットと互いの名を呼び捨てている。それに引きかえ、自分やアルベールは未だに敬称付きだ。

(……幼少時分から長く恋煩い(・・・・・)した相手だもんなあ。想いの深さでは負けるわな)

 シグリットもまたあまり表面には出さないが、最近では随分と彼を頼る様子を見せるようになった。良い信頼関係を築けているようで、喜ばしいことなのだろう。

 しかし、いざというところで踏み止まってしまうエルドリートに歯痒さを感じるのも事実だった。あまりいつまでも煮え切らないようならば。

(――俺も口説いてみるか)

 半ば本気でそんな事を考えつつも、やはりどこかで、あの二人の間に付け入る隙はもう既に無いのではないかという思いもあった。

 ――遠慮なくシグリットの手を握り締めるエルドリートと、当たり前のようにそれを握り返す彼女の手。

 その光景を思い出して、思わず苦笑いした。

「……出遅れたよなあ、やっぱり」

「え? 何ですか?」

 漏れた呟きに、トマスの不思議そうな声が被さった。

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