03 亜麻色の騎士
幕間的なお話なので短いです。
二日連続投稿します。
「ただいま戻りました、エリザヴェータ様」
どこか満足げに微笑みながら戻って来たアルマを見て、つい恨めしく思ってしまう。表情からそれが伝わったのだろう、彼女は「先にお会いしてしまって申し訳ありません」と苦笑いする。
「いいえ、良いのよ。彼女には……負担を掛けたくはありませんもの」
まだ治療途中ということもあって、なるべく心の負担が無いようにとかつての知人の面会は未だ許されていない。本当は直ぐにでも会いに行きたかった。会って、抱き締めたかった。けれど、それをぐっと我慢して、代わりにアルマを送り込んだ。
椅子に掛けるように促し、手ずから淹れた紅茶を勧めて労う。
「それで、どうでしたの?」
「確かに随分と華奢で顔色も少しお悪い様子でしたけれど、伺っていたよりはずっとお元気そうでしたわ。ドレスもまるで誂えたように良く似合っておいででした」
「まぁ、それは良かったわ。吟味した甲斐があったというものね」
「ええ、久しぶりに腕が鳴りましたわ! 殿方の目も釘付けで」
言うなり何か思い出したのか、アルマは口元を押さえてひどく可笑しそうにくつくつと笑う。
「あら、急にどうしたの。何か愉快な事でもあって?」
「ええ、お召し替えなさったシグリット様に皆様大層見惚れておいででしたけれど、おひとりだけ、特にあの方に心を寄せておられるご様子の方がいらして」
「……まあ!」
嬉しくなって、つい声を上げてしまった。
「そう……そうね。彼女にもまた、良い人が出来てもいいと思うわ」
あれだけ辛い思いをしてきたのだから。ユリウスを忘れてとは言わない、けれど、新しい恋をして、今度こそ幸せになってほしい。これは友人としての願いだ。
「でも、誰の目にも明らかにシグリット様にお気があるようでしたのに、どうやらお気持ちは伝えていらっしゃらないご様子でしたわ。シグリット様の言動に一喜一憂なさったり、お気持ちを誤魔化されるような事ばかりなさって、本当に焦れったいったら!」
「……まあ」
ふと既視感を覚えて、呆れたような声が出てしまう。随分昔にも、同じようなことがあったような気がする。
「どのような方なのかしら」
「例の『瑠璃色の君』ですわ。殿下の仰っていた、御友人の」
――瑠璃色の瞳の騎士にエスコートさせるので、それに合わせたドレスを選んで頂けますか。
少しばかり食えないところのある孫息子が悪い笑みを浮かべている幻を見たような気がして、思わず眉間に指先を当ててしまう。
(あの子ったら、御友達を揶揄って遊んでいるのね)
呆れて溜息が零れる。それから気を取り直して、柱時計を見上げた。
「そろそろ約束のお時間ですわね。参りましょうか、エリザヴェータ様」
「……ええ、そうね。ああ、楽しみだわ」
再会への期待に高鳴る胸を押さえて、エリザヴェータは立ち上がった。
王宮の中庭に面した二階の一室。こちらからはよく見渡せる中庭も、壁近くに植樹された白樺の枝がほどよく向こうからの視線を遮って、密かで一方的な再会を楽しむにはうってつけの場所だった。じきに、ベルトルドがシグリットを伴って中庭にやってくる。
「ああ、参りましたわ!」
彼らには聞こえるはずの無い距離なのだけれども、アルマが声を潜めて囁くように言った。真下の部屋のテラスから姿を見せたベルトルドが、背後を振り返って促すように手を差し伸べる。ややあって、彼らを守るように付き従う白騎士と、そして――。
「エリザヴェータ様? どうかなさいましたか?」
鋭く息を飲んだきり一言も発せず立ち尽くしてしまい、アルマが気遣わしげに声を掛けた。でも、それに答える余裕は無かった。
数十年ぶりに見る友人の姿に感極まったというのもある。けれども、なによりも、青騎士の青年が。懐かしい友人に、そっと寄り添う癖のある亜麻色の髪の青騎士の後ろ姿が。
「……ユリウス……?」
あの日逝ってしまった青年に、よく似ていた。
白金髪の王太子が何処かを指さして何事かを言い、その言葉が可笑しかったのか、黒髪の魔女と亜麻色の髪の青騎士が弾けたように笑い声を立てる。
在りし日の――もう、六十年以上も前に失われた、あの幸せな光景が、今まさに目の前に、再現されていた。
ふと、青騎士が振り返る。
違う。
後ろ姿は恐ろしいほどによく似ていた。でも、その整った顔立ちは、彼とは別人のものだった。
「……エリザヴェータ様? もしや御加減でも?」
興奮の余り気分でも悪くしたのかと気遣わしく声を掛けるアルマに、ぎこちなく笑って見せた。
「……いいえ、大丈夫よ。ただ、とても驚いたの」
「え?」
「あの青騎士の子、昔亡くなった古い友人にとてもよく似ていたものだから。でも、よく見ると全然違うわ。似ているのは後ろ姿だけ」
「まぁ……」
体調が悪いわけでは無いことに安心したアルマが、ほっと息を吐く。
「ねぇ、あの青騎士殿の御名前はなんて仰るのかしら。貴女は知っていて?」
「ええ、確か……エルドリート……ゼーベック殿、だったと思いますわ。自己紹介して頂きました」
「……ゼーベック?」
古い、とても古い記憶を呼び起こす、その家名。
そうだ。ゼーベック家は、確か、ユリウスの。
「そう……そうなの」
顔が泣き笑いの形に歪むのを止められない。
「何の……因果なのかしら」
震える声のまま、揶揄する言葉が漏れた。
「……きっと、髪の毛だけではなくて、ヘタレなのも血筋なのね」
明るく柔らかい日の差し込む中庭に、若者たちの笑い声が、木霊する。
――六十年前の面影が、薄っすらと重なって、消えた。




