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騎士様の初恋は御伽噺の呪われし魔女  作者: 文庫 妖
第三章 医療棟の聖女

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02 瑠璃色の姫君

読んでくださってありがとうございます。

お蔭様で日間異世界恋愛ランキング50位圏内に入ることが出来ました。

ヒーローがじれった過ぎてアレですが、気長にお付き合いくださいませ。

第三章以降、ぐっと距離が近づく予定です。

 訳ありの患者は翌朝の早い時刻に到着した。あまり人目に触れたくないのかその患者は目深に被ったフードで顔を隠し、油断無く辺りを見回していた従者や護衛の者達も主人なのだろうその患者を視線から隠すようにしながら廊下の向こう端の部屋に入って行く。護衛らしき武装した男達は、シグリットの部屋付きの近衛騎士を警戒する素振りを見せた。それどころか。

「――失礼だが、この部屋の患者の身元は確かなのだろうな。主人に何か間違いがあっては困る。部屋を検めさせてもらいたい」

 隊列を離れてこちらに歩み寄ってきた護衛の男の無礼も甚だしい態度に、近衛騎士らは鼻白んだ。対応したエルドリートは愛剣の柄に手を掛けたまま、男を睨み据える。

「こちらにおられるのは王家の大切な御客人。何者かは知らんが、無礼な物言いは改めてもらおうか」

 エルドリードの言葉に呼応して、近衛騎士らは胸元に揺れる王家専属の徽章を見せつけるように胸を張った。男は徽章の意味を悟るやその強面の顔に気まずい色を浮かべ、短く謝罪の言葉を口にしてその場を立ち去った。

「……物々しいね」

 扉の内側で万一に備えて様子を窺っていたアルベールとマティアスが顔を出した。やはり剣の柄に手を掛けている。

「確かに訳ありのようだ。あの様子は只事じゃないな」

 エルドリートは難しい顔をする。

「……あいつ、多分帝国の騎士だ。それも上位の」

「なんだって?」

「確かなのか」

「柄頭に紋章が下がっていた。はっきりとは見えなかったが、恐らく……あの特徴的な房飾りは帝国騎士団の物だと思う」

 身に着けていた衣服も私服ではあったものの、仕立ても質も上等のものだった。そして、あの男の立ち振る舞いは、上から見下ろす事に慣れた者のそれだ。帝国では貴族階級の者でなければ上級騎士にはなれない。

「ということは、あの部屋の主もそれ相応の身分てことだね。あの警戒ぶり、面倒事にならなければ良いけど」

 シグリットの負担になるような事は避けたい。なるべく心穏やかに過ごしてもらいたいという願いは、ここに来て難しくなって来たようだ。

(――念の為、ベルトルドには話しておくか)

 そう思ったところへ、当の本人の声が掛かった。

「……何かあったのか」

 近衛騎士を従えて現れたベルトルドは、戸口で話し込むエルドリートらの硬い表情が気に掛ったようだった。

「例の訳あり患者の護衛に喧嘩を吹っ掛けられました。部屋を検めさせろと」

 途端にベルトルドの綺麗な顔が顰められた。

「気になって様子を見に来たんだが……早速やらかしてくれたのか。他の患者と無用な接触はするなと釘を刺しておいたんだがな。王家の名で苦情を出しておくよ」

 眉間に手を当て溜息をひとつ落としたベルトルドは、気を取り直したように室内に視線をやった。

「とりあえず、中に入ってもいいかい。彼女の様子を聞きたい。少し話もしたいんだ」



 ベルトルドを伴って室内に戻ると、顔を上げたシグリットは一瞬身を強張らせ、それからすぐに弛緩した。彼女は時折こういう仕草をして見せる。初めは先代国王(ジークフリート)の若い頃に瓜二つだというベルトルドに反応しているのかと思っていたが、どうやらそれだけでも無いらしい。特にこうしてベルトルドと二人で居る時に多い気がする。

「お前、時々そうやってぎょっとしたような顔するよな」

「……ああ、うん」

 シグリットは言いあぐねるのか、眉尻を下げた。困った時によく見せる表情だ。

「……殿下とエルドが並んでると、その……ジークとユリウスみたいに見えて、つい」

「俺が? ユリウスに?」

 ユリウスが如何なる容貌であったかは知る由も無いが、似ているのだろうか。

「顔が似ているわけではないよ。でも、髪の毛とか後ろ姿が似てるから、遠目に見た時に一瞬、どきっとする」

「……そうか……」

 なんと返したものか悩んだ末、出た言葉がそれだった。似ているという頭髪を片手でなんとはなしに摘まんでみる。ベルトルドが意味深な視線を流して寄越し、アルベールらも何か含むような表情だ。

「ご、ごめんね。生きてる人に亡くなった人の印象を重ねて見るなんて、失礼だった」

「いや、まぁ……気にすんな」

 自分に視線が集中して気まずくなり、照れ隠しでいつものようにシグリットの頭をぐりぐりと撫で回す。彼女は微妙な顔をしたが、やはりこれもいつものように嫌がる様子も無く、大人しく撫でられたままでいる。

 ベルトルドがわざとらしく咳払いをして見せた。

「……とりあえず、話をしてもいいだろうか」

「あ、ああ、悪い」

 シグリットの背後に下がり居住まいを正す。

「さて……入院から一月経ったけど、体調はどうだろうか」

 言いながらベルトルドはシグリットの手を恭しく取り、それから意味ありげにちらりとこちらに視線を投げて寄越した。

(……こいつ、挑発してやがる!)

 口元を引き攣らせるエルドリートに、アルベールはやれやれとばかりに苦笑し、マティアスは声を立てずに大笑いした。南方騎士団の二人はどう反応したものかと困ったように笑うばかりだ。

「お蔭様で随分楽になりました。こんなに安らいだ気持ちになるなんて……もう二度と無いと思っておりました」

「そうか。それは良かった」

 ほっと安心の色を滲ませたベルトルドの視線が、今度は主治医のアルベールに向けられる。

「明日、少し外出させても大丈夫かな?」

「あまり此処から離れなければ問題は無いかと」

「散歩がてら王城の案内でもしようかと思ってね。ずっと籠り切りなのも退屈だろうし、君達にも休暇を取らせたいというのもある。済まないが、エルドとアルベールには一緒に来て貰いたい。休暇は後日別に取ってもらうよ……シグリット殿は、大丈夫かい」

 シグリットは不安げな様子を見せたが、その肩を軽く叩いてやると、見上げる彼女と目が合う。少し安心したようだった。多少は頼られているらしい事を感じて、思わず笑みが漏れる。

(――俺も案外単純だな)

 女一人の事でこうも一喜一憂させられるとは。

 妙な薄笑いを浮かべている王太子を睨み付けつつ、そう独り言ちた。




 翌日。エルドリートとアルベールがシグリットの「散歩」に付き添う間、マティアスはカルラとトマスを伴って街に出掛けることにしたようだった。私服に着替えた南方出身の騎士二人は落ち着かない様子を見せて、思わず笑ってしまう。

「お決まりの観光コースでも巡ったら、あとは書店に寄って、それから旨い飯屋に」

「……また飯の話か」

「一応医者の端くれとして言っておくけどね、今の内から食べる量を節しておかないと退役したらあっという間に肥満コースだよ」

「いいんだよ別に退役しても鍛錬するから!!」

 何やら言い募るマティアスを見送り、残った四人は顔を見合わせると誰からともなく笑いだした。

「さて、それじゃあシグリット殿も着替えようか。ドレスを用意させてもらったよ」

「……う」

 ベルトルドににこやかに言われ、シグリットが呻いた。

「にょ、女官か侍女の服を貸して頂ければ」

「僕と騎士を従えた女官なんか居たら、かえって目立ってしまうよ?」

「ぐ……」

「さすがに王家の御客人に女官服を着せるわけにはいかないよ。シグリット殿のことだから気を遣うと思ってね、新品ではなくて御下がりを用意させてもらったよ」

「……」

「着てくれるよね?」

「…………………はい」

 シグリットは諦めて項垂れた。強引なところはジークそっくり、という呟きに思わず吹き出しつつ、疑問を口にする。

「なんだ、ドレスが嫌なのか?」

 女は着飾るのは嫌いではないと思っていたのだが。

「だって、苦しいし、その……恥ずかしいもの」

「大丈夫。昔と違って今は良い補正下着があるからね、コルセットと比べれば随分楽だそうだよ。着付け係をカルラ殿の控室で待たせているから、そちらで着替えて来てくれるかな。僕たちは此処で待っているから行っておいで」

「……はい」

 若干肩を落とすシグリットを見送り、ベルトルドは笑った。

「さあ、楽しみだね、エルド」

「……まぁな」

 そうだな、と言えればいいのだが、まだそこまで素直になれない。とはいえ、着飾ったシグリットの艶姿を想像すると、胸がむず痒くなるような心持ちがした。

 エルドリートの様子を愉快そうに眺めていたベルトルドは、少しばかりその表情を引き締める。

「実はね、王城にお婆様を呼んであるんだ」

「……皇太后陛下を? 会わせるのか?」

 手紙ひとつだけで別れを告げたかつての友人に、今会わせても大丈夫なものだろうか。その懸念を読み取ったのか、ベルトルドは首を振る。

「いや、僕の顔を見ただけであれほど取り乱したくらいだから、今は会わせない方がいいだろう。ただ、お婆様がね、姿だけでも良いから見たいと仰るんだ。シグリット殿には気付かれないように、遠くから見るだけに止めてもらった」

「……そうか……」

 数十年前に失踪した友人に本当は今すぐにでも会いたいのだろうが、まだ時期ではない。完治してからで無ければシグリットに負担がかかる。解呪したら、その時にゆっくり会えばいい。

 そんな事を考えているうちに、シグリットの支度が済んだようだった。控室の扉がノック音の後に開き、老年期に差し掛かったあたりの年頃だろう落ち着いた佇まいの女官が顔を出した。確か、皇太后エリザヴェータの侍女を務める夫人だ。

「御仕度が終わりましたよ。さあ、こちらへ」

 促されて躊躇うように歩み出たシグリットを見て――息を飲んだ。

 伏し目がちな瞼に淡い薄紅色を塗した白い顔は、王宮仕込みの薄化粧を施されて透明な乳白色に艶めき、唇は紅を差されて柔らかな薔薇色にふっくらと色付いている。いつもは緩く編まれただけの黒髪は上品に結い上げられて可憐な白い花を模った髪留めで飾られ、毛先は項を僅かに隠すように垂らされている。

 胸元からふんわりと広がる裳裾に掛けて萌えいずる草花の繊細な刺繍が施されたやや光沢のある花紺青色の別布で飾られた、シンプルながらも品の良い濃い瑠璃色のドレスは、淑やかで滲み出るような美しさのシグリットによく似合った。

 ほう、と誰かが感嘆の溜息を吐いた。あるいはそれは自分のものであったのかもしれなかったが、エルドリートは目の前の美しい婦人に釘付けになったまま動けなくなってしまった。

「これは……思った以上によく似合うね」

 きっとこのドレスを選んだのは、彼女をよく知る誰かだ。それほどまでに、まるで彼女の為に誂えたかのようにシグリットによく似合う。

「まるで何処かの姫君のようだ」

 口々に褒めそやされて、シグリットは顔を赤らめて困ったように目を伏せた。その恥らう様が煽情的で――エルドリートは思わず口元を押さえて目を逸らした。とんでもない破壊力だ。

「瑠璃色のドレスをという御指定でしたので少し手間取りましたけれども、本当によくお似合いですわ」

 女官の言葉にアルベールが首を傾げた。

「瑠璃色……に何か謂れでもあるんですか」

「それは……ねぇ、君」

 意味ありげな目配せをされ、今度はエルドリートが首を傾げる番だ。しかし、しばし考える風だったアルベールがややあって合点がいったという様子で頷いた。

「なるほど、瑠璃色、ですか。殿下もお人が悪い」

 意味が分からずに立ち尽くすエルドリートの元に、女官――アルマという名だ――がシグリットの手を引いて歩み寄る。

「さあ、騎士殿。お嬢様のお手を取って。貴方がエスコートなさるのでしょう」

「ふぁ!?」

 つい妙な声を上げてしまい、アルマが目を丸くする。

「あら、違いましたかしら。瑠璃色とお聞きしましたから、てっきりわたくし、貴方なのかと」

 一瞬考え込み、それから思い至ってエルドリートは悪戯っぽく笑う悪友(ベルトルド)を睨み付けた。

 瑠璃色。己の瞳の色だ。

(この野郎! 後で覚えてろ!)

「さあさあ、早く手をお取りなさいませ。お嬢様に恥をかかせてはなりませんよ」

 にこやかながらも押しの強いアルマに気圧されて、シグリットの手を取る。普段当たり前のようにその手を握り締めているというのに、今日に限っては手先が震えた。

「……よくわからないけれど、よろしくね、エルド」

 眉尻を下げたまま言うの「姫君」に、ぎこちなく頷いた。その顔を赤らめたまま。

瞳の色と同じアイテムを相手に身を着けさせるという風習、もし日本人がやるとしたらアレですよね。皆黒か焦げ茶になって見分けつかんですよね。

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