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騎士様の初恋は御伽噺の呪われし魔女  作者: 文庫 妖
第二章 過去への旅路

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EP0 ある事件加害者の独白「ディートリヒ」

 ああ不愉快だ。

 私は物心ついた頃から、常に何かに不満を抱いていた。

 認めたくはないが、私はあまり優秀な人間ではなかった。教養も礼儀作法もそれなりの成績を修めてはいたから無能ではなかったはずだ。だが、その程度だった。無能ではないが、決して一番にはなれない、どう足掻いても二番手以下の、その程度の人間だった。

 遅くに生まれた一粒種の私を父は殊の外に可愛がり、期待を掛けた。朧気ながらに残った幼い頃の記憶では、父に肩車をされたり、庭先で剣技の真似事をしたり、絵本を読んでもらったりと、とにかく溺愛されていたように思う。だがそれも五つくらいまでか。家庭教師を付けても思うほどには成績が振るわず、幼年学校に上がった頃には父は私に対する失望を隠さなくなった。何をやらせても上の下程度の成績しか残せなかった私は、毎日のように叱責された。お前は努力が足りない、公爵家を継ぎ盛り立てて行くにはこの程度では到底足りぬと。

 ――思えば父は焦っていたのだ。

 アウフレヒト公爵家といえば建国後まもなく創設され、臣籍降下して公爵に叙された王子が初代の名門。だが、数代前から王の側近を外れ、王族や有力貴族の子女とも年齢が釣り合わぬが故に婚姻が結べず、徐々に勢力が衰えていた。父の代でようやく外務大臣の座を得て、これを機になんとか盛り返したいと思っていたのだろう。そんな中で生まれた私に多大な期待を寄せたのも道理だった。だが、いまいち成績の振るわない私に対する当たりは年々厳しくなり、鬱屈を募らせた私は唯一得意だった剣術と魔術を生かそうと、両親の制止を振り切り実家から逃げるように士官学校入りした。父が望むような大臣職や高級官僚は無理でも、騎士団でなら私でも上を目指せる。そう思ったのだ。

 だが、現実はどうだ。やはり私は一番にはなれなかった。此処でも上には上が居る。実力主義の騎士団で能力のある同期は次々と出世したが、多くの騎士達同様に私は平騎士のまま、すっかり腐ってしまっていた。

「無能無能って言うけど、僕からしてみれば君は十分に優秀だと思うんだけどねぇ。ちょっと気にし過ぎなんじゃないのかい」

 同期のロナウドには苦笑された。

「子爵家の三男坊にはわからんだろうさ。家の為にも、もっと上を目指したいんだ」

「家の為ってなら僕も似たようなものだけどね。なんとか出世して有力貴族のお嬢さんとでも結婚しなけりゃ、貧乏子爵家は多分兄貴の代でお終いだし。……でもまぁ、公爵家とは比べちゃいけないか」

 二十の歳を超えても未だ平騎士の私とロナウドは、身分こそ開きはあるものの、不思議とよく気が合った。境遇が同じだったからか、それとも――同じように、愚かだったからか。互いに己の能力に見合った生き方をしていれば、もっと違う結末があったのだろう。だが、愚かだった私がそう気付いたのは、もう全てが終わろうとしていた時だった。



(……くそっ、不愉快だ!)

 私は不機嫌さを隠そうともせず、自室の扉を乱暴に閉めると騎士服を脱ぎ捨て、寝台の上に身体を投げ出した。

 その日は人事異動が行われ、新たに昇進した者が発表された。ロナウドは相変わらず平騎士のままだったが、私はようやく副隊長への昇進が認められ、内心歓喜したものだった。だがそれも束の間、隊長職へと昇進した者の中に、ある男の名を見つけてその気分を一気に下降させた。

(ユリウス・キストラーが隊長にだと? まだ二十歳前の小僧がか!?)

 気に入らない男だった。かつて私が欲した王太子の友人の座をあっさりと奪っていった男だった。王太子の友人と言えば、それは次期国王の側近候補と同義だ。

 幼い頃、両親は事あるごとに私を連れ出し殿下に引き合わせた。殿下の友人にという目論見があったのだろうが、殿下にとって私は興味の対象外だったらしい。定型句の挨拶と当たり障りのない雑談を交わすと、それきり殿下は他の子供の元へと行ってしまうのだ。私に限らずどの子供に対しても似たようなものだから、穏やかな外見と裏腹に気難しい方なのだろうと自身に言い聞かせていたが、ある年の殿下の誕生パーティーで私は愕然とした。見た事も無い亜麻色の髪の少年と親しげにしていたからだ。士官学校の後輩だというユリウス・キストラーというその少年は、殿下が親友と言って憚らないのだと人伝てに聞いた。地方領主の伯爵家の三男坊。余程の事が無ければ殿下と関わる機会もない身分だ。そんな少年が、プライベートでは愛称で呼ぶ事を許されているというのだから驚きだ。

 どんな策を弄して近付いたかは知らないが、身の程を思い知らせてやる。そう思って取り巻きを使い、嫌がらせなどしてみたが、まったくと言っていいほど動じないどころか、みるみるうちに力を付け、中央騎士団に配属されるや否や数々の武勲を立てて、あっという間に私の階級を追い越してしまった。

 あの男は騎士仲間の信望も厚く、やはり将来は王太子の側近になるのだろうと噂された。このままいけば恐らく団長の座にまで上り詰めるだろうとも。私が欲した物は全てあの男の物になる。女どもは皆あの男に夢中になり、王自ら城に引き込んだという元筆頭王宮薬師の養女ですらあの男の物になった。低い身分ながらも王家やシュレーゲル公爵とも懇意というその特異な立場と、淑やかで内から滲み出るような美しさで、一部の男達から圧倒的な人気を誇る女。正直なところ、婚約者にほぼ内定していたナタリヤ姫などよりも遥かに私好みの女だったから、どんな身分の男でも袖にし続けたあの女がいとも簡単にあの男の物になったことがひどく悔しかった。

 ある日の夜会でユリウスがあの女を残して離れていくところを見つけて、私の嗜虐心に火が付いた。酔って気分を悪くしたふりをして彼女に近付くと、薬師でもあったあの女は思惑通りに声を掛けて来た。酔い覚ましに空気の良い場所に出たいと、介抱される振りをして人気の無いテラスの影まで連れ出したところで、その華奢な身体を引き寄せ首筋に顔を埋めると、微かな花の香がした。鼻の曲がるような濃厚な香水の香りではなく、彼女によく合う慎ましい良い匂いだ。上がったか細い悲鳴が閨の嬌声を連想させて、うっかり昂ってしまった私は、思うままに彼女の身体を弄った。貪ろうとした唇は顔ごと逸らされたが、私は構わず抱きすくめたまま首筋に舌を這わせた。抗議の声を上げようとした口に親指を差し入れてそれを封じ、項や肩を通って鎖骨の下に手を差し入れ、柔らかく弾力のある膨らみの頂きに指先がもう少しで到達しようという時、横から突然乱暴に身体が押し退けられ、彼女の身体が離された。

「ディートリヒ殿。姫の婚約者に内定されている身でありながら、他家の夜会の席で未婚の女性を手籠めにしようなど、貴殿は一体どういうおつもりか」

 あの女を隠すように胸元に抱き込み、鋭い殺気すら放つユリウスの視線を前に、私は射貫かれたように動けなくなった。この気迫。

「……っ、失礼する!」

 身分も歳も下の小僧の気迫に気後れしたなど、到底認めたくはなかった。無理矢理に気を奮い立たせて吐き捨てるように言うと、私はその場を後にした。



 あの男が現れて以来、私はケチが付き通しだ。王太子の隣も、出世も、あの女も、全てあの男に奪われた。あの女と婚約して間もなく、あの男は副団長に昇進した。私より五つも下の若造に務まるものか、荷が勝ち過ぎて早晩潰されるだろうと思っていたが、予想に反して見事に団長の補佐役をこなし、よく部下を纏め上げた。

「さすがに殿下に気に入られるだけのことはあるねぇ。あんなに若いのに立派なもんだ。僕も見習わないと」

 ロナウドまでがあの男を褒めそやして腹に据えかねていたところへもって、ナタリヤ姫がユリウスに懸想し、私との婚約を渋っているという話を耳にして、目の前が真っ赤になった。良縁の為、一回り近くも年若い姫の為に他の縁談を蹴ってまで、三十を目前にするような歳まで待っていたというのに、この仕打ちとは。

(不愉快だ! どこまで私を虚仮にすれば気が済むのだ! このままにはしておけん!)

 怒りの矛先は完全にユリウスへと向いていた。既に私は正気ではなかった。あの男さえ居なければ、あの男さえ消えてくれれば全ては上手くいくのだと、そんな思いに憑りつかれていた。



 気が付けば――私はステファン・フェッセルの前に立っていた。アウフレヒト公爵家子飼いの呪術師。表向きは白騎士だが、見習い騎士の頃から父が目を掛け、研究の資金援助を見返りに公爵家の為に働かせている男だった。潤沢な資金援助の甲斐があってか、ステファンは暗殺に適した呪法を幾つも完成させていた。この呪法で長い時間を掛けて少しずつ政敵を排除し、父は今の地位を手に入れていたのだ。努力が足りぬと言って息子を叱責しておきながら、当の本人は汚い手口でもってその座を得たのだから笑わせてくれる。ならば私もその努力(・・)とやらをしてやろうではないか。

「おや、ディートリヒ様もようやく俺を使ってくださる気になりましたか」

 表面的には人当たりの良さそうな顔でステファンは笑った。

「せっかく取り立てて頂いたのにお父上の代だけでお役御免では寂しいですからね。頼って頂いて嬉しいですよ。で、誰を消して欲しいんです?」

「ユリウス・キストラー」

 そう告げるとステファンは意外でもなんでも無さそうな顔で頷いてみせた。

「姫様が副団長に懸想しておられるのは一部では既に有名ですからね。新たに厳しい教育係が付けられたのはそれが原因と専らの噂ですよ」

「無駄話はいい。あいつを消せるのか」

「勿論。では標的は副団長ということでよろしいですね」

 頷きかけて、私はふと思った。私がユリウスを毛嫌いしている事を知っている者は多い。姫との婚約の件を思えば、今ここであの男が不審な死に方をすれば私に疑いの目が向く可能性は大いにある。

「……いや、勿論標的はあの男だが、単純にあの男を狙ったのでは、万が一にも呪術を使ったことが知られるようなことがあれば真っ先に私が疑われる。それは避けたい」

 ステファンは眉間に皺を寄せて考え込む。

「そうですね……では、婚約者殿を踏み台にしてみましょうか」

「――シグリット殿を、踏み台に?」

 ステファンは頷いた。

「魔獣に擬態した呪法を使い、標的はシグリット嬢に設定して構築します。これを、彼女と副団長が一緒に居る時を狙って発動させます。解放した呪法はシグリット嬢を狙いますが、副団長の事ですから十中八九彼女を庇うような行動に出るでしょう。失敗すればシグリット嬢が死ぬだけですが、うまくすれば……。幸いなことにシグリット嬢を妬む者も多いですから、もし万一呪法が見破られても、彼女を疎んだ者の犯行として処理されるはずです」

「なるほどな……」

 あの女を死なせるのは惜しい。だが、ユリウスを殺せずとも、目前で為す術もなく愛する女を失ったあの男の顔を見られると思えば、十分にとは言えないまでも、それはそれで溜飲は下げられる。

「悪くはないな」

「では決まりですね」

 暗殺の算段にしては随分とあっさりしたものだと思ったが、呪術の構築には標的の身体情報が必要だと言われて些か悩んだ。毛髪や爪で十分とはいえ、ほとんど接点の無い相手だ。さて、どうしたものか。

 しばらく考えた末に思い至ったのが、従妹の存在だった。父の弟の息女でナタリヤ姫に仕えている娘。王族の侍女として仕えるにはやや身分が低い下級貴族の出だが、気難しい姫に根を上げ暇を願い出る侍女が後を絶たず、最後に残ったのが従妹のヒルデリータだったというわけだ。彼女ならば、王太子妃に招かれて王族の居住区に立ち入ることの多いあの女に接触する機会も多いのではないか。

 彼女の休日を待って食事でもどうかと誘う。従妹とはいえ、それほど交流も無い間柄であったから多少訝られはしたものの、断られることはなかった。それほど出世欲の強い方ではない叔父と違い、従妹は上昇志向の強い性質なのは知っていた。公爵家の生まれでありながら子爵の地位に甘んじている父親を苦々しく思っていることも、子爵家の令嬢などという身分に満足していないことも知っていた。良縁を得るのに箔が付くからと、あの気難しい姫の侍女を務めていられるのはその為だ。そんな従妹が主家と繋がりを持てる機会を潰すような真似はしないだろうとは思っていたが、実際その通りになった。

 当たり障りの無い近況報告をし合う。話がナタリヤ姫の話題に及んだ時、気付いてしまった。あの男に懸想しているのは姫だけではなかった。ヒルデリータもまた、あの男に横恋慕していたのだと。あの男の話題を口にするときの上気した顔、熱の籠った瞳。その上で憎々しげにその婚約者を批判するのだ。シグリットの名を口にするのさえ汚らわしいといった調子で顔を歪ませるヒルデリータの様子に、私はほくそ笑んだ。これは使える。

「それなら取引をしないか」

「……取引、ですか」

「実は彼女に想いを寄せている知人が居てな。どれだけ傷物になってもいいから彼女を手に入れたいと言うんだ。大変世話になった人だから、想いを遂げさせてやりたいんだ」

「……傷物」

 知人の話は当然嘘だった。呪術の効力を低く偽って伝えたのも、殺傷力があると知れば流石に尻込みするのではないかと思ったからだったが、傷物という言葉で興味を持ったらしいヒルデリータの瞳が昏く光った。

「彼女を傷物にすればきっと婚約は破棄される。そうすれば知人は傷心の彼女を慰めるという名目で近付く口実が出来るし、ユリウスはフリーになる。正直言って姫のお相手としては些か身分が心許ないから、幾ら姫があの男を好いていたからとて、私を差し置いてあの男に娶せるような事は陛下も為さらないだろう。となれば……お前にも可能性はあるのではないかな」

 結果としてヒルデリータはこの話に飛び付いた。シグリットを傷物(・・)にする呪法を構築する為には彼女の毛髪が必要だと言えば、なんとしても入手してやると息巻いた。

「事が明るみに出れば私もお前もただでは済まぬ。他言は無用だ」

 念の為そう言い含めておくが、万一の時にはヒルデリータに罪を被せて揉み消せば良い。衰えたとはいえ、公爵家にはまだその力はある。



 宣言した通り、数日後にはヒルデリータは黒髪を手に訪ねて来た。それをもとに構築した呪法を彼女に手渡す。

「魔物に擬態させた呪法だから、使いどころには気を付けたまえ。これであの女の身体に一生消えない傷跡を付ける事が出来るはずだ。そうだな、ユリウスには気の毒だが、あの男の目の前で醜い傷物にしてやれば、彼女への気持ちも一気に冷めるのではないかな」

「それは面白そうですわね」

 誘導すれば面白いように思い通りに動く従妹は、やはり私のこの言葉に心を動かされたようだった。こう言っておけば、ユリウスの目前で呪術を起動してくれるだろう。

 さて、後はこの呪法をいつ、どう使ってくれるのか。しばらくは何事もないまま過ぎた。だが、黒の森の異変の報せが王都に齎された直後――ヒルデリータから面会を乞うて来た。戦場でこの呪法を指示通りに起動してくれそうな騎士は居ないかという事だった。

 なるほど。黒の森への派兵を利用して呪法を使うか。自ら手を下さず、他の者の手を汚させるとは、従妹も素質(・・)があるらしい。しばし考えた末、ならばとロナウドの名を出した。出世欲の強いあいつのことだ、出世を見返りに依頼すれば思う通りに動いてくれるはずだ、と。大規模なものとなる今回の派兵で公表された人員には、副団長であるあの男は勿論の事、あの女やロナウドも含まれていた。条件はかなり良い。

 数日後、ロナウドはやけに上機嫌だった。出世のチャンスかもしれないと、作戦前にしては常にない様子で浮かれていた。思惑通りに事が運んでいる。



 そして――。

 望み通りの結末に、私は内心歓喜した。表面に出さぬよう苦心したほどだった。

 あの男は死んだ。聞き苦しい苦鳴を上げながら吐血した血に塗れての、惨たらしい最期だった。

 あの男が死ねば、ナタリヤ姫も早晩熱が冷めるだろう。そして、副団長の席は空いた。他の役職にも殉職者が出た事で、私にも昇進の可能性が見えたのだ。



「どうしてくれますの、ディー兄様!」

 作戦自体は成功だったとは言え、大惨事とも言える結果に終わった討伐作戦から帰還後の事務処理を一通り終わらせた私を、解け掛けた髪の毛もそのままに蒼褪めた顔で待っていたヒルデリータは、人気の無い場所へ私を連れ込むなり眦を吊り上げて詰め寄ってきた。馬鹿ではないが、甘言に簡単に流される程度には愚かだった従妹も、流石に人目のある場所では醜態を演じないだけの分別はあったらしい。

「あんな恐ろしい呪法だったなんて聞いてませんわ! 傷物どころか、あの女を庇ってユリウス様は……ユリウス様は死んでしまわれましたのよ!」

 だが、ヒルデリータの反応を予測済みだった私は冷めたものだ。

「何を言う。あれは確かに傷物にする程度の力しか無かったものだ。それをあれだけの殺傷力を持つに至ったのは、それだけお前のあの女を憎む気持ちが強かったからではないのかね。呪術師にも問い合わせてみたがね、あまりにも強過ぎる悪意や殺意のある者が呪法に接触すると、効力が変化する場合もあるそうだよ」

 あの呪法に限ってはどうだかは知らないが、そういう現象もあるらしい事は聞きかじって知っていた。元より負の感情を土台に構築するような代物だから、術式に接触した者の感情の揺らぎに影響されやすいのだという。

「そんな……」

 予め用意していた台詞を投げかけてやるだけで、ヒルデリータは唇を噛み締めて黙り込んだ。覚えがあったらしい。あの日、あの女への憎しみを語っていたこの娘の瞳は、それだけのものを秘めていた。悪意などというものでは生温い、あれは明らかな殺意だ。

「あの呪法は……姫様に託しましたの。姫様はあの女を酷く憎んでいらっしゃいました。ここ最近は、あの女さえ居なければと、そればかりを口にしておられました。あの呪法の事をお話しましたら、それはそれはお喜びになって……それで……。ですから、姫様はあの女ではなく代わりにユリウス様がお亡くなりになって、大層お怒りなのです!」

 つまりは似た者主従というわけだ。自らの劣情を満たす為に仕える主を唆すとは大したものだが、その甘言に乗せられる方も十分に愚かだった。これならば、幾ら勝気な姫が嫁いで来たとしても、御し易いに違いない。

「それよりも、呪法の事は決して口外するなよ。今のところは魔獣の残党の仕業として処理されているがな。あの男は王太子のお気に入りだ。万一知られる事があれば処刑どころか家の取り潰しも有り得るかもしれん」

 ユリウスはまだしも、シグリットは陛下やシュレーゲル公のお気に入りだ。ヒルデリータは震え上がった。ここに至ってようやく自分が何を仕出かしたか理解したのだ。

「決して口外したりはいたしませんわ。姫様も御自身の手であの方を殺めたことを知られたくはないはずです。それよりも、あの騎士の男はどういたしましょう。今のままでは、見返りを与える事など到底できませんわ。もしあの男から話が漏れるようなことがあれば」

 もはや、愛する男が死んだ事実よりも、己の保身を図る事に終始していた。どのみちあの男への気持ちなどその程度のものだったのだ。確かに惚れていたには違いないが、この女のことだ、どちらかと言えばあの男の容姿、立場、そういったものに食指が動いていたのだろう。

「あいつのことならば……いずれ片が付くだろう。気の毒にな。尊敬する副団長を手に掛けた事で酷く憔悴しているんだ。精神衰弱で自室休養中にはなっているが、あの様子では思い余って自死しかねん」

 ヒルデリータは探るような視線を向けたが、何も言わなかった。察したのかもしれない。

 どのみちこれ以上ここで揉めれば流石に人目に付く。訝しげな表情を浮かべたままの彼女を説き伏せて下がらせ、私も兵舎へと足を向けた。



 ――数日後、ロナウドは四階の自室から飛び降りて死んだ。わざわざ手を下さずとも、ほんの少しだけ後押し(・・・)してやるだけで良かった。

 見舞いに訪れた私に、ロナウドはぽつりと言った。

「こんなつもりじゃなかったんだ。なのにあんなことになるなんて、僕は」

「よせ。あの男を助けられなかったのは皆同じだ。お前だけの責任じゃない」

「そうじゃない、そうじゃないんだ、僕が死なせたんだ。僕が彼を、」

 殺した。

 はっきりとそう言い切った。私はさも驚いた風を装う。

「お前が殺しただと? あの男をか」

「本当は彼女のはずだったんだ。彼女をほんの少し副団長の前で傷付けるだけでいいって、そういう約束だったんだ。なのに、副団長が死んでしまった。僕が、出世に目が眩んだばっかりにこんなことになったんだ」

「騎士ともあろう者が、出世を見返りに上官を殺したというのか? 作戦行動中に上官を暗殺など、そんな事が許されるとでも思っているのか」

 責めるような物言いをしてやれば、もうそれだけで事足りた。

「許される訳がない。でももし知られたら実家にも類が及ぶ。だから、僕は自分で自分を裁く。これが、馬鹿な事をした僕の、せめてもの、」

 ――否、もしかしたら本当は後押しなどしなくても、あいつはもう決めていたのかもしれなかった。敢えて私の前で罪を暴露したのは、親しい同期に看取って欲しかったのか――。

 そうだ。今にして思えば、あの時のロナウドは妙に落ち着き払ってはいなかったか。

 窓を背にして私と対峙していたロナウドが、窓枠に足を掛け身を乗り出す。その時一瞬だけ振り向いた彼と目が合った。虚ろかと思いきや、正気を保った瞳だった。何故か咄嗟に伸ばしてしまった手は、届かなかった。そのまま、あいつは窓の外へと姿を消した。直後の、何か重いものが激しくぶつかるような衝撃音。

 ……ロナウドは戦場の惨たらしさに耐えきれず、心を病んだ末の自死として処理され、私は友人の自死を目の当たりにした気の毒な男として扱われた。これで、暗殺の実行犯の口は永久に封じられた。余程の事が無い限り、姫やヒルデリータが口を割る事は無いだろう。あの二人は己が一番可愛い種類の人間だ。

 何もかもが思い通り。

 だというのに、この喪失感はなんだ。

「……ロナウド」

 ――飢餓感のような何かが、胸を焼いた。



 それからは組織改編や訓練に明け暮れる日々が続いた。多くの死傷者を出した黒の森の討伐作戦で、騎士団や魔導師団は大幅な組織改編を余儀なくされ、新体制に慣れる為の訓練が続けられた。

 その中であの女が解呪不可能なほどの強力な呪いを掛けられるという事件が起きた。

 全てが思惑通りに運び、ようやく落ち着き始めたところだというのに。王城内の事件、それも王家に近しい者が標的になったということもあって、王家自らが事件捜査に乗り出したという事実に私は内心慌てた。あの男の件のほとぼりも未だ冷めやらぬ時期だというのに、誰がこのような事を。よもや、あの二人の仕業では。問い詰めようにも、二ヶ月ほど前に何か不始末があったという理由で無期限の自室謹慎処分となっていた。流石に王家の居住区に近付く事は出来ず、ステファンの元に足を運んでみれば、案の定姫と従妹の仕業だと口を割った。このままでは腹の虫が収まらぬと、今度こそあの女を亡き者にしようと画策し、ステファンの存在を嗅ぎ付けたヒルデリータから接触されたのだ。微妙な時期だというのは分かっていたが、王家とも繋がりを作れそうだという誘惑に勝てなかったという。それどころか。

「苦しみぬいて死ぬという術式を構築したはずだったんですがね。どうやら姫とヒルデリータ嬢の情念が思いのほか強過ぎて、おかしな形で呪法が解放されてしまったようで」

「どういうことだ」

「死ねない身体で永久に苦しみぬく呪いに変質してしまったようです。試しに致死性の毒を投入してみましたが、苦しむだけで確かに死にませんでしたね」

 怖ろしい事を事も無げに言い放ったステファンに心底ぞっとしたが、それよりも気になるのは、あの女が簡単には始末出来ない身体になった事実だ。

「死ねない、だと? それが本当なら口封じも出来ないじゃないか! 今ここで姫の仕業と知られれば、そこからあの男の件も直ぐに足が付いてしまう」

「ご安心を。手は打ってありますよ。術式の起動から発症するまでに期間が空くよう設定しました。姫との最後の接触から発症までに間が空き過ぎているとして、彼女の診断の際にもその点を強調しておきましたから、あの二人は容疑者から外されるでしょうね。あとは医療棟で徐々に彼女を孤立させるように仕向けます。治療不可能な重病患者とは言え放っといたって死にもしないわけですから、そんなものに労力を割く必要は無いとでもさり気なく吹聴しておけば、まぁこれも造作ないでしょう。心身共に弱り切ったところを叩けば、自発的に出て行くと思いますよ。それが無理なら時期を見計らって、何処かに囲うのも良いかもしれませんね。なんなら私が貰いましょうか。死なないそうですから、適当に縛って衰弱させておけば、丁度良い実験動物に出来そうです」

「……」

 とんだ白騎士も居たものだ。狂っている。だが、この男に任せておけば、都合の良いようにしてくれるだろう。そして、実際その通りになった。

 ――あの女は失踪した。ステファンが接触した直後に自ら消えた。王家がどれだけ手を尽くして探しても、見つからなかった。始末出来なかったのは気掛かりではあったが、状況からもう二度と戻る気は無いだろう事が知れた。

 ひとまずは安心だ、そう思い込むことにした。



 それから数ヶ月。あの男(ユリウス)のことも、あの女(シグリット)のことも、ほとんど話題に上らなくなった。春を迎える頃には、然るべき場所に嫁ぐ事を条件に、ナタリヤ姫とヒルデリータの自室謹慎は解除された。これに二人は大人しく従った。ヒルデリータにも縁談が用意された。降嫁した姫の乳母にという心積もりがあったからだ。父の部下である外務局の若き幹部との縁談とあって、彼女も誇らしげだ。

 あの討伐作戦から一年、そろそろ明るい話題が欲しいという国家上層部の思惑もあるらしく、追悼式典の後に婚約発表が為される事になった。

 婚約が決まった事を取り巻きや部下に報告すれば、それぞれが祝ってくれた。だが、どれもこれもが社交辞令の域を出ず、心から祝ってくれる者が居ない事に虚しさを覚える。ロナウドなら、きっと自分の事のように喜んでくれるのではないか。ふと、そう思ってから、馬鹿馬鹿しいとその考えを打ち消した。あいつは、私が巻き込んで殺したのだ。利用して、自死するように仕向けた。まさに、この婚約を確実なものにするために邪魔者(ユリウス)を消す、その為に利用した。にも拘わらず、あいつなら心から喜んでくれるなどと、どの面を下げて言えるというのだ。

 ――あの日、感じた飢餓感が、再び胸を焼いたような気がした。



 そして、報いは思わぬ形で受けることになった。

 王都が姫の婚約話で華やぐのと同時期、ある物語仕立ての奇妙な噂話が流布されているという報告が騎士団上層部に上げられた。国家転覆でも狙うような噂話ならばともかく、ただの与太話ならば、わざわざ報告する必要も無い。にも関わらず、そのような大袈裟な扱いになったのは、前年のあの事件を彷彿とさせる内容であったからだ。

 ――姫と愛し合っていた騎士に横恋慕した魔女が、騎士を永久に我が物とせんが為に彼を殺した。そして、愛する騎士を失った姫の悲しみを聞き届けた神によって魔女は呪いを掛けられ、王都を追われたと。

 私は戦慄した。何故、このタイミングで。こんな話が王家の知るところとなれば、再びあの事件に調査の手が入ることになる。横恋慕したのは姫なのだ。あの二人に近しい者であれば、この話が事実を歪められた話であることなどすぐわかる。

「どこのどいつだこんなふざけた話を流しやがったのは!」

 あの二人と親しかったヒュー・ハイフェッツは怒りを隠そうともせず言い放った。噂の発生源を必ず突き止めてやると息巻いていた。

 上層部は事実無根の噂話に興じる事を厳しく禁じたが、それでも話は瞬く間に騎士団から城内へと伝わった。中央騎士団には二人の仲をよく知る者も多く、大半は噂話に憤った。だが、末端の騎士や四方騎士団ともなれば知らぬ者の方が多く、噂話を真に受けて、王太子から発令されていた魔女(シグリット)の捜索任務を魔女狩りと誤認する事件が相次いだ。

 ここに至るまでに何とか手を打とうとした。だが、婚約が決まってから頻繁に会えたはずの姫には、何かと理由を付けて目通りを許されなくなった。無論ヒルデリータもだ。これでは万一の時に口裏を合わせることも出来ない。そのうち、ユリウスの戦死(・・)にも疑問が生じたとして、死亡時現場に居合わせた者全てが事情聴取を受けた。数日後にはロナウドの自死についての聴取も追加で行われた。

 囲い込まれている。

 私は悟った。姫と従妹が口を割ったに違いなかった。何処に行くにも監視の目があるような気がした。これ以上動くのは危険だとはわかっていたが、恐怖ゆえに抑えきれず、ステファンと接触した。流石の彼も動揺していた。長年父に仕え、裏の仕事をひとつの失敗も無くこなして来た事が油断を招いた。短期間に二度も同じ人間に呪術を行使するべきでは無かったのだ。

 手に余る事態に、悔しいが父を頼るより他は無いと、適当な理由を付けて実家に戻ろうとしたが、許可は下りなかった。この時は私よりもむしろ父が重点的に監視されていたという事を後から知った。私の企てが明るみに出たことで、公爵家絡みの陰謀を疑われていたのだ。



 ――結局逃げ切る事など出来ず、私はユリウス暗殺の首謀者として、ナタリヤ姫はユリウス暗殺及びシグリットへの傷害罪、ヒルデリータは王族への殺人教唆罪でそれぞれ拘束された。ステファンは一旦は暗殺の共犯者として捕らえられたものの、その後余罪が出て改めて再逮捕されたようだった。同時期に父もまた、過去の暗殺や傷害が暴露され、城内で身柄を拘束された。ロナウドは――被疑者死亡のまま、ユリウス暗殺の実行犯として書類送検された。

 例の噂話はその後の調査で、失踪したシグリットに最後の止めを刺そうと要らない事を考えた娘達によって面白半分に流布されたものだという事が分かったそうだ。彼女を妬み、あの男の死後執拗に嫌がらせをしていた娘達だと聞いた。愚かな娘達だ。あの女どころか、姫に止めを刺してしまったではないか。

 その後。

 ナタリヤ姫は王族の身分剥奪の上、フローデン塔送りになったと聞いた。王侯貴族の幽閉施設として有名なそれは、北方の極めて過酷な環境故に、収監されれば数年で衰弱死する事がほとんどだった。要するに、実質的な処刑なのだ。

 ヒルデリータは己の浅ましい願望を叶える為に、仕える主人を唆して殺人に手を染めさせたという事実があまりにも悪質として処刑された。遺族は遺体の受取を拒否したという。

 ステファンもまた公爵家の指示とは言え、見習い騎士の頃から呪術に手を染め、関わった暗殺事件は両の手でも余る程だった為に、これもまた処刑となった。

 父はこの一件で二十数年に及ぶ数々の暗殺や傷害事件への関与が明らかになり、爵位剥奪の上で処刑された。唯一の跡取りである私も処刑が決まり、叔父は事件を恥じて子爵位を返上し、一家で市井に下った事から事実上アウフレヒト家は断絶することになる。あれほど父が願った公爵家の盛り返しも、彼自身とその息子が愚かだったばかりに、彼の代で断絶するのだ。

 


 ――ああ、不愉快だ。

 己の馬鹿さ加減にほとほと呆れた。全ては私が愚かだったばかりに招いたことだったのだ。己の無能さを棚に上げて年若いユリウスに嫉妬し、自らの手を汚さぬために友人を利用し暗殺にまで手を染めて。その結果得たものは何だったのか。

 得たいものがあるのなら、血反吐を吐いてでも努力すればいい。それでどう足掻いても上を目指せぬのであれば、その能力に見合った生き方をすればいいだけの話だったのだ。そうすれば、最上とはいかぬまでもそれなりに幸福であったかもしれないのに。

「……その事をもっと早くに気付いていれば、誰も死ぬことは無かったんだ。ユリウスも、お前自身も」

 静謐な怒りを瞳に灯して、王太子が呟く。敢えて着せられたままの騎士服から、殿下自らの手で階級章が毟り取られた。

 殿下。私はもっと早くに気付いていた。でもそれを認めるのは、プライドが許さなかった。自らが最上の人間になれないなどと、認めたくは無かった。だから――こうなった。

「つまらないプライドと嫉妬で何の罪もない人間が犠牲にされるのはもううんざりだ。これを機に王侯貴族に蔓延る膿を出し切ってやる」

 私の愛剣が騎士の手で目前に掲げられた。抜刀した殿下が力任せに剣を振り下ろす。甲高い金属音が刑場に鳴り響き、愛剣が真っ二つに圧し折られた。唯一残されていた私の騎士としての誇りが、圧し折られた。

 ――否、そんなふうに思う資格など私には無い。とうの昔に、誇りは失われていたのだから。

「構えよ」

 殿下が処刑隊の後方まで下がったのを合図に、ランベール団長の声が響く。処刑隊の赤騎士らが印を結んだ。

 目隠しは拒んだ。最期くらいは、己の罪を見つめていたかった。いや、最後くらいは――なけなしのプライドを誇示したかったのだ。

「撃て――!」

 ――最期の最期まで、馬鹿だな、私も。




(本当に馬鹿だよ、君も、僕も)

 ああ、そうだ。私は馬鹿だ。たったひとりきりの友人だったと気付いたのは、お前を死なせた後だったんだ。

 一斉に魔法弾が撃ち込まれる。蜂の巣にされて意識が暗転する直前に聞いたのは――ただひとりだけ友人だと思ったあいつ(ロナウド)の声だった。


最初は大変嫌な奴にする予定だったディートリヒさんですが、なんだか色んな意味で可哀そうな人になってしまいました。

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