02 女騎士と魔女の女子会
女同士でキャッキャウフフ。
「ねぇ、もし嫌でなかったら、一緒に寝てくれないかな」
そんな風に提案されたのは、ベルトルドにゆっくり休むようにと言い渡され、エルドリート達が退室した後のことだった。シグリットの部屋の続き部屋を与えられたはいいが、兵舎の相部屋よりも数倍立派な内装に慄いていたところだったので、シグリットの可愛らしいお願いは渡りに船だった。
「毎日ではなくて、気が向いた時だけでもいいから」
立派過ぎる部屋は落ち着かないのだと、カルラと同じような理由を述べる。
滞在中の立哨は近衛騎士が担当になり、シグリットが就寝してしまえば隊長格のエルドリートや白騎士の面々は、控室に待機という条件は付くものの後は私的な時間になる。その時間を新しい友人と過ごす事に決めた。
本来ならば、任務中に関わる人間と私的な付き合いをするのは好ましくない。だが、今回は任務の特殊性から、保護対象とは密接な信頼関係を築く事が要求された。幸い保護対象のシグリットは親しく付き合うには理想的な人間性の持ち主だった。御伽噺の魔女、という言葉から想像するものとは対極にかけ離れた、見た目には普通の女だった。だが、木漏れ日のような穏やかさと優しさは、包み込まれるような温かさがあった。
それだけに、あの呪いを見た時の、そして王都に着いてから手渡された六十年前の資料を読んだ時の衝撃は言葉に表せぬものだった。
何故。何故この穏やかな人にあれだけの殺意と悪意を向けられるのか。
カルラには分からなかった。
部屋の浴室を勧められたがそれは流石に断り、兵舎の浴室を借りて湯浴みを済ませ、替えの騎士服に着替えてシグリットを訪ねた。シグリットは簡素な生成の長衣を纏い、手元を照らす魔法灯を付けて寝台の上で本を読みながら寛いでいた。
「何読んでるの」
開いたままの頁を覗き込むと、小難しい数式や図形が書き連ねられた魔法書だった。特級魔法の書。カルラが相当の時間と努力を重ねても手が届くかどうか疑問の領域だ。
「これ、シグリットは全部使えるの?」
「ひととおりは」
「うわぁ……凄いね……」
褒められた、とシグリットは小さく笑った。笑いながら、脇机に用意されたグラスに、王太子からの差し入れだという林檎果汁を注いでカルラに手渡した。ありがと、と言ってから啜ると、湯上りで水分の抜けた身体に染み渡っていく。ちびちびとグラスを傾けながら、シグリットの手元を眺める。
カルラは彼女が魔法を使うところを直接見た事は無い。ただ、魔女の家の敷地全体を覆う上級魔法の見事さは十分に知っていた。敷地内に、葉隠の術式を刻んで柵に見せかけた杭を穿ち、魔法陣に見立てて起動する事で広範囲に姿隠しを適用する大規模魔法。かつて魔導師団の幹部候補だっただけの事はある。
「何十年も引き籠ってたら流石にね、全部覚えたな。寝るか薬作るか庭いじるかくらいしかすること無かったから」
「練習はどうしてたの。特級魔法だとそこらへんでやったら目立つでしょ」
「……ああ、それは……森の奥とかで、魔獣をちょっと」
「森の奥!? その身体でひとりで森の奥に入ってたの!?」
どこか気まずそうに口籠るシグリットの言葉に思わず噛みついてしまった。森と言えば常に薄暗く瘴気が溜まり易い場所だ。外縁部付近ならば、陽光や生命力溢れる人々の往来で瘴気は散らされ、魔獣もほとんど姿を見せない。見せたとしても下級魔獣がせいぜいで、警邏の騎士でも十分に対処できる程度だ。
だが。
「奥には大型魔獣だって出るのよ!? そんなところで発作でも起こしたらどうするのよ!!」
「え、ああ、いやその、体調が良い時に行ってるし、死なないからまあいいかなって」
「いいわけないでしょ!?」
「うわぁぁぁぁ」
思わずシグリットの細い両肩を掴んでがっくんがっくんと揺らして問い詰める。
カルラの絶叫とシグリットの悲鳴を聞きつけて、「何事ですか!?」と廊下の近衛騎士が申し訳程度にノックをしてから扉を開いた。控室からもエルドリートらも顔を覗かせる。
「なんだなんだ」
「君達仲良いのは良いけど、ここ一応入院施設だからね? もう少し静かにね?」
シグリットの体調に異変でもあったのかと駆け込んでみれば、ただ女友達同士じゃれ合っているだけだと知って、アルベールにお小言を貰ってしまった。トマスだけは些か違う反応があった。
「……女同士寝台の上でじゃれ合ってるって、なんかいかがわしい感じしますよね」
まだ少年のような幼さを残す白騎士の、やや淫靡な響きを滲ませる台詞にエルドリートは形の良い口元を歪めて微妙な表情になり、アルベールとマティアスは生温い視線を向けた。トマスを小突いて控室に押し戻すと、騎士らは部屋に戻って行った。
カルラは短い溜息を吐いた。
森の奥。大型魔獣。特級魔法。
揃った言葉である事を思い出して、ひとつ確かめたい事が出来てしまった。
「……あのさ、ちょっと聞いておきたいんだけど」
「うん、何?」
「二年くらい前にね、オスティーユの森にキマイラが出た事があったの。普段は森の深部にしか居ないのに、その時は村の近くで目撃情報が出て、直ぐに討伐隊が組まれたんだけれどね」
カルラは一度言葉を切ってシグリットの様子を窺った。苦いものを飲み込んだような顔。視線を逸らされて、これは当たりだわ、と内心苦笑いする。
「現地に付いてみたら、何故かもう既に討伐された後だったわけ。森の中だから当然目撃者は居なくて誰がやったのかも不明。ただ、調査の結果、上級または特級魔法の使用形跡が複数あったことと、残留魔素から全ての魔法は同一人物が使用したらしい事が確認されたの。当時基地にも特級魔法の使い手は居なかったし、あの近辺に上級以上の魔法を連打出来るような魔導士が居た記録も無くて、しばらくは騎士団でも謎の魔導士の話でもちきりだったわ」
ずい、っとカルラはシグリットに詰め寄り、彼女は上体を仰け反らせた。ふわり、と微かな薬草の香が鼻を擽った。シグリットの匂いだ。
「あれ、貴女の仕業よね?」
「あー……う、ん」
「……司令官が仰るには、他の騎士団でも偶にそういう報告が上がる事があったって」
「……」
「二年前の時は魔獣の側に人間の物と思われる大きな血溜まりも見つかったって」
「……あー……えーと……」
「……」
「……」
「シグリット……」
「大きい傷ならすぐ治るし、治癒魔法もあるし、それに、つ、爪とか牙とか、結構いい薬の材料が採れたしっ……ふぐっ、ヒタタタタタタっ」
思わずシグリットの両頬を引っ張ってしまった。穏やかで優しい魔女の、こういう御侠な部分はカルラだけが知っている。昔は彼女の大事だった他の誰かが知っていたのだろうけど、今は多分自分だけだ。自分にだけしか見せていない顔、自分だけにしか話してくれない話。女同士で無ければ出来ない話。微かな優越感を感じた。
「あのね、貴女もうちょっと自分の身体を大事にしなさい。呪いが解けたらそういう無茶は出来ないわよ!」
表面的には穏やかに見えて、長年呪いに苛まれた影響か、やはりどこか何かが歪んでいる。それが、悲しい。
引っ張っていた頬を離すと、シグリットはへらりと笑った。どことなく嬉しそうに見える。
「……何? どうしたの、笑ったりなんかして」
「呪い、解けるんだなって、嬉しくて。本当に、知らない内に技術は進歩してたんだなぁ」
前の時は、今の技術では解呪出来ないって言ってるの聞いてしまったから、とシグリットは苦笑した。
「……出て行くしかなかったなぁ……」
吐息と共に吐き出された微かな言葉は、切ない。病床のシグリットに、そんな事を言った者が居たのか。遠慮がちな彼女なら、解呪出来る見込みの無い呪いを抱えたまま、当時それほど多くは無かった医療棟の病床を長く塞いでおくなど出来なかっただろう。きっと、失踪に至る理由の一つだ。やはり、紙上の情報だけではわからない事も沢山ある。
「シグリット。治ったら、今まで出来なかった事、沢山しましょ。今からしたいこと、考えておこう」
血の巡りが悪くて少しだけひんやりした手を握ると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
やはり女子視点の話は書きやすいですね。




