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魔王が気遣って何が悪い!

 大剣を引き抜いたリンカードは駆け出すと手始めに近くに居た巨漢に斬り掛かり、男は持っていた剣で受け止めようとしたがその重量級の攻撃に武器が弾かれて両手が上に持ち上がる。

 弧を描くように振り抜いた大剣を地面に突き刺すと柄の先端に手を乗せて体を捻り、隙だらけの男の鳩尾目掛けて強烈な回し蹴りを繰り出すと男の巨体が地面を転がりながら遠くまで飛ばされた。

 よほど効いたのか蹴り飛ばされた男は腹を抱えてその場に蹲り、後方に居た男が接近してリンカードに剣を振るうが地面に刺さった大剣の陰に移動してその攻撃を受け止める。

 受け止めると同時にリンカードが剣に魔力を込めると大剣に刻まれた線が燃えるように赤く発光し、次の瞬間剣を中心に半径数メートルに爆風が舞い起こると剣に攻撃を受け止められた男が吹っ飛ぶと同時に炎上。

 巨大な大剣と豪快な炎系魔法を使った派手で野性味溢れる戦闘スタイル、リンカードの普段の性格を見ればこんな感じの戦闘スタイルになるのは想像に難しくはない。


「あちい! だ、誰か消してくれ!?」

「待ってろ、今すぐ消す!」


 燃え盛り地面を転がる男に別の男が慌てて上着を叩きつけて消火し、その隙にエイネルは上着を振っていた男の両手を斬り裂き、さらに着地して両足も斬り裂く。

 だが男の手首足首からは血は流れず、変わりに氷が斬られた周囲を覆い尽くして完全に男の動きを封じ込めた。

 服の炎が消えて立ち上がろうとしていた男にもすかさずエイネルが斬り掛かると隣で身動きが取れなくなっている男同様に四肢が氷漬けになり、二人は必死に力を入れて割ろうとするが魔力が籠った氷はそんな程度の力任せでは決して割れない。

 大剣を引っこ抜いたリンカードは首謀者の男に向かって走り出すが彼は杖を手に持ちながら小声で何かを呟いており、不審に思い自然と速度が遅くなったリンカードの右足寸前を横から飛んで来た何かが掠める。


「くっ! ッチ、弓か!」

「詠唱が終わった。粉塵に散れ! 『サンドストーム』」


 首謀者の男が杖を天に掲げるとリンカードを中心に地面の砂が舞い上がり、一瞬にして凄まじい暴風になると竜巻のように彼の体を包み込んで激しく砂を打ち付ける。

 両腕で顔を覆うリンカードは砂塵に覆われると瞬く間に姿が隠れ、慌てたエイネルが助けに入ろうとするが弓を構える男は次にエイネル目掛けてその矢を放った。


「邪魔をするな!」


 飛来する矢を超人的な動体視力で受け止めたエイネルは矢の方向を反対にして構え、オーバースローで投げ返すと超スピードで戻された矢は男の持っていた弓を弾き飛ばした。

 人並み外れたエイネルの力に弓を吹き飛ばされた男は尻餅をつき、逃げようとしたが首謀者の男に睨まれると小さな声で悲鳴を上げ、震える手で腰の剣を抜くが見た目からして覇気も脅威も全く感じない。

 いつまで経っても動かないので首謀者の男にさらにきつく睨まれた巨漢は悲鳴にも似た叫び声を上げながらエイネルに斬り掛かり、あっさり避けられると手首足首を斬られ氷の枷で動きを封じられる。

 ようやく邪魔者がいなくなったと思ったエイネルだが先ほどリンカードに蹴られて蹲っていた男が姿を消しており、馬車の氷に隠れつつ後ろに回っていた男は静かに飛び出すと剣をエイネルの頭上から振り降ろした。

 しかし背後から敵が迫っていることを事前に聴覚で察知していたエイネルは攻撃を見ずに両手を使って刀で受け止め、舌打ちした男が膝で蹴りを放つがそれを回避してカウンター気味に男の鳩尾目掛けて滑られた刀の柄の先端で穿つ。

 全身を走る激痛に男は刀を落とすとその場に崩れ、彼の体を簡単に持ち上げたエイネルは首謀者の男に不敵に笑うと、砂塵目掛けて巨体を投げ入れた。


「砂塵を止めないと仲間が傷つくよ!」

「ふん、止めると思ったのか?」


 荒れ狂う砂塵に飲み込まれた男は全身を激しく砂で切りつけられながら上空に舞い上がり、木の枝に一瞬引っ掛かるが、重さで枝が折れて地面に叩きつけられて気を失う。

 全身が激しく裂傷して血が滲み、皮膚に食い込んだ砂がまるで刺青の様に男の全身を覆う姿はとてもではないが見るに堪えない。

 真横に落下して来た男を溜息と共に見下した首謀者の男は巨漢の顔面に唾を吐き付けてから蹴り飛ばし、エイネルは激しい形相で男を睨みつけながら刀を向ける。


「魔法を止めればその男はそこまで重症にならなかった。お主は、仲間を何だと思っているのだ」

「残念ながらこいつらは仲間ではなく部下、つまり便利な手駒と言っていいだろう。手駒に遠慮して魔法を解くことなど、するわけがないだろう。お前の仲間もこんな風になっているかもな」

「させない! リンク、もう少し耐え――」


 エイネルが砂塵に斬り掛かる寸前で突然内側から巨大な爆発が発生し、砂塵すら吹き飛ばす激しい熱量にエイネルは慌てて後ろに下がりながら腕で顔を隠す。

 激しい炎の揺らめきと共に舞い落ちる砂の中をリンカードは大剣を肩に置いて悠々と歩き、あまりに乱暴な爆発に腰を抜かした指導者の男の前に立つと不敵に笑って見せる。


「ば、馬鹿な! 炎属性で砂属性の魔法を弾き飛ばすなんてことが出来るわけがない! 第一、な、何故そんなに無傷なんだ!?」

「白銀の鎧はファロンデルタ製、マントとスカーフはイースタジャ製、籠手はカルティネリア製の最高級品。お前程度の魔法じゃ、精々掠り傷程度しかつけられない。そしてこの大剣は太陽石を大量に使った太陽の剣『アークス』、炎属性を強化する性質を持つ。俺は魔法が苦手だが、お前の砂塵ぐらい吹き飛ばせるぜ」

「ぐう……ただのゴロツキ程度だと思っていたが、何と言う誤算。だがしかし、ただでは終わらんぞ! せめて一矢報いてべへぇ!?」


 俯いた男が勢いを込めて立ち上がろうとしたが真上からリンカードが剣の腹で頭を叩き、自分から突っ込む形で頭部を強打した男は気を失うと白眼を向いて仰向けに倒れる。


「……なんだ、ただ馬鹿だったのか。こいつ」

「とりあえずこれでフリットや馬車の皆は安全だけど、この男達はどうしようか? 運ぶにしてもこんな大男達を乗せる余裕はない様な気がする。ムーン」

「まずは俺達がトライセンターに着くのが先だ。そこで警備に言うなりして、捕まえればいいだろう。こいつらは指名手配でもないし金にもならないなら、無駄な仕事はその手の人間に任せるべきだろう」

「ま、待ってくれよ! この辺りは魔物だっているんだ! こんなところに放置されて魔物にでも見つかったら、俺達殺されて喰われちまう!」

「魔物が人を食べる? 変だな、この辺りの魔物は私の配下のはずだからそんなことしないはずなんだけど……」

「何にせよ俺はこれ以上金にならない面倒事はしない。精々俺達がいなくなってから警察が来るまでの間、死なないように神に祈るんだな。俺は無神論者だけどな」



◇ ◇ ◇



 馬車を覆っていた氷を溶かして穴から抜け出した一同は多少動揺と不安が残っていたものの無事に出発し、大して時間を置かずしてエイネルとリンカードは目的の場所に着いた。

 最先端の街『カラフルデイズ』、海を臨めるリゾート地『ブルーサイド』、そして王都『カルティネリア』、三つの巨大な都市に囲まれた『シルバル森林』の中にある街、それが中継地点のトライセンター。

 デストラが猛威を振るっていた百年ほど前まではデスゲートの魔物が大量にいると言う理由で森林に入ることはできなかったが、伝説の勇者がデストラを倒したことで今では立派に開拓されている。

 特にカルティネリアからブルーサイドに行くにはシルバル大森林を大きく回ってカラフルデイズに行き、そこからマウントデザートとシルバル森林の間を縫うように移動していかなければならなかったが、今では中継地点のおかげでそんな面倒な手間を踏む必要がない。

 森の中央付近――若干カラフルデイズよりだが――を大きく伐採して作られた街は木造建築の建物が目立ち、エイネルが感動に浸っている横でリンカードはフリットの胸倉を締め上げていた。


「おい、今は手持ちがないってのはどう言うことだ。言っておくが、都合良く俺を利用して逃げようって算段ならテメーの臓器売ってでもこの場で金を作らせるぞ」

「物騒なことを言わないでくれ! 金はカルティネリアの銀行に預けてあって、そこまで行かないと引き下ろせないんだ。それに僕は王立学校『カルティフィック』の教員、逃げたとしても直ぐ君達に見つかるに決まっている」

「つまり俺達にカルティネリアまで同行するか、お前がカルティネリアに行ってからここに戻って来るのを待っていろって言いたいのか」

「そう言うことになるね」


 胸倉を放されたフリットは安堵したのか深く息をつき、エイネルを横目に見るリンカードはフリットに向き直って険しい目付きを向ける。


「言っておくがもしカルティネリアまで俺達が同行するなら、護衛料を追加させてもらう。俺はボランティアで人助けしてるわけじゃないからな」

「エイネルちゃんは良い人だって言っていたけど、とんだ守銭奴だな君は。恥ずかしくないのか? 第一に金、第二に金で」

「恥ずかしい? 何言ってんだお前、金はどれだけあっても困らないだろ。その証拠にお前だって金で今回助かった。世の中には『金では解決できないこともある』とか言ってる奴がいるがな、『金で解決できる』ことの方が遥かに多いんだよ。分かったかな、学者さん」

「こんなことになるなら素直にカラフルデイズに留まって、バックフォースと一緒に帰るべきだった。全く、どうしてこんなことになっちゃうんだろう」

「そう言えばさっきの首謀者の男も魔石がどうとか言っていたな。地質学者にバックフォース、魔石……あの砂漠でも魔石を見た。何やらキナ臭いな」


 今まで見聞きした情報を一通り整理したリンカードは一人で勝手に納得すると数回頷き、自然と人間が一体化した街並みに感動しながらもエイネルはしっかりと二人の話を聞いていた。

 地質学者のフリットがバックフォースと協力して魔石の摘発を行っていたのだとしたら、エイネル達がクルートの店でバックフォースに遭遇したのはまさにその最中だったのだろう。

 あの時のカナデは一刻を争うと言う感じで急いでいた。カラフルデイズと言う巨大な都市で行われたであろう大量の魔石の取引、さらにリンカードには話していなかったがエイネルが出会ったフィラッシュの存在、全てが偶然とは思えない。

 しかし過ぎた話しに大した興味はないのかリンカードは既に護衛料金の商談に入っており、明らかに高い値段を吹っ掛けたのでフリットが露骨に怒鳴りつける。


「正統勇者の五倍ほどの料金じゃないか! 言っておくが僕は商人の息子なんだ、そう言うことのレートには少し五月蠅いよ」

「仕方ないな、じゃあ半分にしてやるよ。それが嫌なら、行って帰ってまた行っての三回分を正統勇者に依頼して、しっかり護ってもらうんだな」

「二倍半か……守銭奴だが、さっきの戦闘から見て腕は確かみたいだし……わかった、その値段で君達に護衛を依頼する」

「了解。金がもらえるなら俺はしっかり仕事はするさ、とりあえず宿の確保に移るか。いくぞ、エイネル!」

「あっ、待ってよリンク!」


 自然豊かな風景を楽しんでいたエイネルは踵を返すとリンカードの元へ駆け寄り、護衛を依頼した以上少しでも危険を排除しようとフリットも嫌々ながら後に続く。

 森林を切り開いた場所だけあって木の上にハウスが立っていたりベンチや店が殆ど木製だが、道路は国で補強したのかしっかりと石畳が敷き詰められており、ぬかるんで歩き難いと言うことはない。

 それほど大きくない街ではあるが行き交う人々の服装はカラフルデイズで見た様な派手なファッションから色彩豊かな民族衣装、スーツに皮靴と言った紳士的な格好もかなり目立った。

 色々と珍しいものがある中で取り分けエイネルの目を引いたのは、カラフルデイズでも少し見たが、首輪から伸びるロープを手に持ちながら人間と共に楽しそうに歩く動物の姿。

 四足歩行していると言う点で殆どは同じだが大きさや体毛の色が異なっており、一歩一歩大きくかつ凛々しく歩く力強い姿から、小さく足を動かしながらも懸命にかつ愛くるしく動く姿までいる。


「ねえリンク、皆何か生き物連れて歩いてるけど、アレってなに?」

「犬だろう。まあつまりペットだ、金持ちの道楽だな」

「ペット? 牛みたいに大きくないしミルクもでなそうだし、山羊みたいに毛皮が豊富じゃない上に、哺乳類っぽいから鶏みたいに卵を産むようにも見えないけど、何の役に立つんだろ」

「お前、ペット知らないのか。あーなんて言うかな、まあ一緒に居ることで幸せいなったり楽しくなったりする、そんな存在だ」

「私にとってのリンクみたいなもの?」

「俺をペットと一緒にするな! 面倒臭い奴だなったく、部下とは違うしかと言って仲間ってわけでもないし……強いて言うなら、多くの人間にとっては家族のような存在って言っても良い」

「家族……ふーん、家族か。見た目は全然違うけど仲良さそうだし、何かいいよね、そう言うの」


 楽しそうな光景を見て微笑むエイネルの後ろからフリットが徐に「家には猫がいるよ」と言ったが、リンカードは淡々と無視し、エイネルは猫と言うのがどう言う生き物なのか頭を捻って考える。

 三人は中心街より少し外れた場所に構えた宿が空いていたのでそこに荷物を降ろし、リンカードは大して休むことなく立ち上がると、大剣と金だけ持って部屋の扉を開けた。


「ここは飯が出ないから適当に何か買って来るとしよう。あぁ言っておくが、飯代と宿代も後で請求するぞ」

「言うと思ったからもう諦めてるし、別に踏み倒す気なんてないよ。そこまで徹底した守銭奴、逆に感服するよ。全く」

「そりゃどうも。それじゃあ俺は行くがエイネル、念のためそいつが逃げ出さないように見張っておけよ」


 エイネルに指差し指示を飛ばしたリンカードはカラフルデイズでエイネルが勝手に舞台セットから出たことを忘れていなかったのか、エイネルがしっかりと頷いたのを確認してから扉を閉めて階段を下りて行く。


「やれやれ、彼と居るとなんだか疲れるな。エイネルちゃんは我慢強いな、良く彼と一緒に長々と旅が出来るね」

「確かに色々と五月蠅いときもあるけど、リンクはそれでもやっぱり良い人だと思う」

「まあ確かに、金を払えば裏切ることなくちゃんと仕事をしてくれたのは律儀だとは思うよ。分かっていても、やっぱりあの時君達に会いたかった。依頼したかった」

「そう言えばさっきも言ってたけど、『あの時』って何のこと?」

「詰まらない話だよ。簡単に言えば僕が自称勇者を嫌いになった瞬間であり、学者になれた理由でもあるかもしれない」

「もしよかったら、話してもらってもいいかな。嫌なら良いんだけど、フリットさん少し辛そうだから、話せば楽になるかもよ」

「……ごめん、気遣わせちゃったね。それじゃあお言葉に甘えて、少し話しをさせてもらおうかな。僕がまだ子供だった頃の話でね、さっきもリンカードに言ったけど、僕は商人の息子だった」


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