七話 針
それから数日。佳澄は観月と接触していない。
翌日教室に行ったが、明らかにピリピリした様子の観月を見て、その日は話しかけるのを断念した。
しかしその翌日も状態は継続しており、放課後になんとか話しかけようとしたが、無視して横を通り過ぎられてしまった。
なぜこうなってしまったのか、それが分からないほど佳澄も鈍感ではない。
なんとか話したいが、どう話しかけていいのかもわからない。
いつの間にか、罪悪感よりも恐怖が勝ってしまっていた。
一方観月は他の生徒には普通だが、多少の苛立った空気を常にまとった状態でいた。
そんな日の放課後、観月のクラスに佐藤が顔を出した。
「よ、山里」
「あ? ああ、佳澄の幼馴染」
「佐藤和義、かずでいいよ。ねえ、ちょっと顔かしてもらえる?」
佐藤についていくと、着いた先は体育館裏だった。
「ベタかな? ちょっと顔かしてで体育館裏」
「まあな。で、何?」
「そんな怖い顔しないでよ、迫力やばいって」
一つ笑うと、佐藤は持っていたカバンから紙袋を取り出した。
綺麗な桜柄のプリントが施された紙袋だ。
「何これ」
「佳澄からの預かり物。雨降った時に佳澄のこと家に呼んで、ご飯も食べさせてくれたんでしょ。そのお礼だって」
「は、お前に渡させんのってどうなの」
鼻を鳴らすと、佐藤も困ったように眉を下げた。
「それ俺も思った。お礼ならちゃんと渡しなよって。
でもさ、イラついてる人に話しかけるの、結構ハードル高いよ」
舌打ちをする観月に紙袋を押し付けると、佐藤は小さくため息をつく。
「俺結構楽天的というかさ、キレてる相手も「まあまあ落ち着きなよ」で済むからいいけど。何そんなにキレてんの? 佳澄と仲良かったじゃん」
「……」
「最近落ち込んでるんだよ、佳澄。あいつ、そんなに何かした? 俺一応幼馴染だからさ、気になって。
あ、でも聞いたことを俺があいつに言うことはないよ。それは約束する」
体育館から運動部の掛け声が聞こえてくる。
しばらく漏れ聞こえる声やシューズの擦れる音を聞いていると、観月が視線を落としながら口を開く。
「……あいつが、吉村の肩持つからだろ」
「吉村って、あの吉村先生?」
「あいつ意外に誰がいんだよ」
大きなため息の後に、観月は大げさに頭を掻く。
紙袋のガサガサと揺れる音が落ち着くと、また一つため息をついた。
「吉村に目付けられてんのは今更だけどよ、あいつが言ったことに対してなんも言わないってことは、佳澄だって少なくともあいつと同じ意見なんだろ。
俺は不良で、校則破って面倒くさくてよ。ガラ悪いって」
吐き捨てるように言うと、佐藤は「ふむ」と息をつきながら腕を組む。
「つまり、嫉妬?」
「はぁ!?」
思わぬことに思わず声が荒くなる。
「テメェ、ナメてんのか!」
怒鳴りつける観月を手で制しながら、佐藤は先程と違う目を真っすぐに向ける。
「だってそう言うことでしょ。佳澄があいつの味方したから腹立ったんでしょ。あいつに友達取られたって」
「そういう、つもりじゃねえ」
その返事に佐藤はまた笑顔になり、じゃあ、と話をつづけた。
「佳澄のこと、本当の意味で嫌ってるわけじゃないんだ?」
「……」
「うん、それで十分」
そう言うと、佐藤は体育館の曲がり角に顔を出す。
「ってことらしいから、よかったじゃん。佳澄」
思わず駆け寄って覗き込めば、しゃがみこんで顔を赤くした佳澄と、驚いた顔の観月の視線が絡む。
「じゃ、後は若いお二人でどうぞー」
言いながら去ろうとした佐藤の肩を、観月が掴んで静止した。
「おま、おまえ、さっき言わないって!」
「俺は言ってないもーん。イライラとウジウジを見せられてこっちもムカついてたから、その仕返しでーす」
じゃ、と言いながら去っていく佐藤を止めることもできず立ち尽くす観月と、顔を上げることのできない佳澄。
甲高いホイッスルの音が体育館から聞こえてくる。
今日は、やけに耳に響いた。
「……」
「……」
互いに動くこともできず、何時間そうしていただろう。
しかし校舎に高々と掲げられた時計の針は微動だにしていない。
「……おかし」
「……」
「遅くなって、ごめん。お煎餅だから、日持ちはしてる、はず」
「おう、ありがと」
時計の針が動いた。
「悪かった。なんか、イライラしてて」
「ううん、俺こそごめん。嫌な思いさせた」
佳澄が恐る恐る顔を上げ、観月を真っすぐに見つめる。
こんなにしっかりと視線が合うのが、やけに久しく感じた。
「……あのさ。否定しなかったっていうのは、実際そうなんだけど。
怖いじゃん、大人に意見するのって。そんなことありませんって」
「……」
「観月みたいに言えないよ」
先ほどよりも響かないホイッスルの音が聞こえる。
「優等生様は、そうなるな」
「言い方」
「実際そうだろ、言いたいことをちゃんと言えないって」
言った後、あー、と唸りながら観月はまた頭を掻く。
「いや、ちげーわ。そりゃ当たり前だ」
何度も頷きながら言う観月に、佳澄は不安そうな視線を向ける。
「……俺、昔っから家に来たあのメンツみたいなのに囲まれてたから、大人にズカズカもの言うの、そんなに抵抗ねぇんだよ。
むしろ言いたいこと言わねぇと伝わらねえ、ちゃんと言えって言われてきたし」
はー、と息をつくと、佳澄が背を付けている角を挟んで反対の壁に背を付けて座り込む。
「俺的には、おかしなことをおかしいって言うより、面と向かってごめんって謝るほうがハードル高ぇよ」
また会話が途切れたが、すぐに佳澄が口を開いた。
「俺の家のこと、この前話に出てたけどさ。うちはどっちかって言うと、波風立てずに穏やかにみたいな感じで。
言いたいことは言うけど、それを角が立たないように、穏便にって感じなんだよ」
「あー。まあそっちのほうが普通だわ」
「先生にも観月にもうまいこと立ち回れなくて、結局怒らせて。ごめん」
「別に、もういい」
「俺、観月と友達でいるの、やめなくていいかな」
「…………すきにすりゃ、いいじゃん」
そこまで言うと、観月はざっと音を立てて立ち上がり、角から顔をのぞかせる。
「帰るぞ」
「……うん」




