六話 異変
翌日、佳澄はいつものように吉村と廊下で立ち話をしていた。
「そろそろ生徒会選挙だな。まあ、生徒会長は誉志で決まったものだろうが」
「気が早いですよ先生。でも最後まで頑張ります」
「俺は誉志を評価してるんだよ、お前が生徒会に入ってくれて嬉しいってもんだ」
「あはは、ありがとうございます」
「佳澄」
二人が顔を向けると、観月が歩いてきていた。
観月は吉村に軽く頭を下げる。
「観月、おはよう」
「あれ? 昨日眼鏡忘れたと思って持ってきたけど、今掛けてるならこれお前のじゃねえ?」
そう言いながら観月はハンカチを開き、眼鏡を差し出した。
昨日置いたまま帰ってしまった、佳澄の眼鏡だ。
「俺のだよ、ありがとう。後で話そうと思ってたんだ」
「悪いな、ガキ達が遊んでて気づかなかった」
「いいよ、替えが一本あったし」
「おい」
二人の会話を遮るように、吉村の冷たい声がかかる。
「ぉはよーござす吉村せんせー」
「山里、お前誉志とあまり親しくするんじゃない」
「は?」
眉間にしわを寄せる観月を気にせず、険しい顔のまま吉村は腕を組んだ。
「誉志はこれから生徒会選挙が控えているんだ、お前みたいな素行の悪い生徒とつるんでいたら、選挙に響くだろう。
誉志、前にも言っただろう。あまりこいつと関わるのは感心しないぞ」
「ぇ、あ、あの……」
思わずたじろいでいると、観月が佳澄の手首を掴む。
「せんせー、そういうのってなんかのハラスメントに触んじゃね?」
「なに?」
「交友関係制限するとか普通にキモいし、こいつも引いてんじゃん。お前自分が何言ってんのか考えたほうがいいよ」
言い切ると、吉村の言葉を待たずに観月は佳澄の手を引いて歩いていく。
背後からは、刺すような視線を感じていた。
*****
「おい」
昼休み、いつものように佐藤と食事を摂ろうとしていたら、教室に観月が入ってきた。
「ツラかせよ」
「もっと言い方あるんじゃない。それに……」
ちら、と佐藤に目をやると、佐藤はにっこりと観月に笑顔を向ける。
「いつも佳澄がお世話になってます、俺佐藤和義。佳澄の幼馴染」
「山里観月。悪い、ちょっとコイツ借りていいか?」
「うん、いいよ」
「かず」
「いいって、行っといで。わざわざ来るってことはなんかあるんでしょ。スマホ持ってるから、なんかあったら電話しな」
佐藤に見送られ、佳澄は観月と屋上に来ていた。
普段生徒は立ち入り禁止と言われているが、鍵は内鍵のため誰でも入れるようになっている。
雲が多いものの、青空を見上げられる屋上では、数組の生徒が昼食を摂っていて、佳澄と観月も少し離れた所に腰を下ろして弁当を広げる。
「……お前、いつも吉村にあんなこと言われてんの?」
「いや、全然」
「前にもとか言ってたじゃん」
佳澄の箸が止まった。
どう言ったものか、という心がありありと見て取れる様子に、観月はため息をついた。
「言いたくなきゃいいけどさ。教師だからって、やたらめったらに信じるんじゃねえぞ」
「その言い方もどうなんだよ。吉村先生は確かに厳しいけど、ちょっと教育熱心な人なんだって」
「俺のこと明らかに差別してんのに?」
一気に冷え込んだトーンに、佳澄の体が硬直する。
観月は持っていた弁当の中身をかき込むと、乱暴に立ち上がる。
「まあ、お前はあいつの『お気に入り』だもんな」
予鈴が鳴るまで、佳澄は動くこともできなかった。
*****
ぼんやりしていると肩を叩かれ、体を跳ねさせる。
「誉志、大丈夫か?」
吉村に顔を覗き込まれたが、その目に視線を合わせることができず、佳澄は思わず視線を逸らしてしまう。
「……いえ、その。大丈夫です」
誰もいない生徒会室。他の生徒会役員達は既に下校しており、生徒会選挙の近い佳澄は段取りの確認などのために残っていた。
吉村は佳澄の向かいに腰掛けると、深く息をついた。
「何かあったか?」
「いえ、何も……」
「朝のことか?」
なんとも言えず閉口してしまうと。
「すまん!」
がば、という音が聞こえそうなほどの勢いで、吉村は佳澄に向かって頭を下げた。
突然のことに硬直していると、吉村はそのまま話し続ける。
「朝はやりすぎた、正直反省してた。
確かに交友関係を制限するのは教師としてあるまじき行為だった。驚かせただろう、申し訳なかった」
「い、いえ、そんな……」
吉村の頭を見ながら必死に手を振るも、それが吉村に見えるはずもない。
「誉志も気づいているだろうが、どうにもああいう風紀を乱している生徒には厳しくなってしまう。
だがそれも、お前達のような真面目で頑張っている生徒を守るためだ。ああいう生徒一人で、うちが不良高校だと思われてしまっては困るんだ」
顔を上げた吉村は眉を下げ、本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
その顔に、佳澄の胸がきゅぅと締め付けられる。
「……分かって、いますよ。先生は人にも自分にも厳しいですから」
そこまで言うと、吉村は緊張感が解けたように顔を緩めて笑う。
「そうか、分かってもらえてよかった。どうにも心配性で良くないな」
「あはは、そういうところが先生の良いところですよ」
やっと柔らかい空気になり、二人の顔に笑顔が戻った。
生徒会長としての仕事を終え、佳澄は帰路についた。
カバンの中には、綺麗な桜柄の紙袋が取り残されている。




