十八話 真実
パニックを起こした佳澄を部屋に連れて行き、なんとか落ち着かせた頃には、佳澄は泣き疲れて眠ってしまった。
布団の中で寝息を立てる佳澄の頭を撫でていると、部屋の外から声がかかる。
「山里君、入っていい?」
「あ、はい」
音を立てないように襖が開くと、小柳が部屋に入ってきた。
お盆に乗せられたグラスを二つテーブルに置くと、そのまま腰を下ろす。
「色々ごめんね、驚かせて」
「いえ、だいじょぶっす」
グラスに入った麦茶を飲むと、ざわついていた心が少しずつ落ち着いていく。
一息つくと、小柳も同じようにお茶を一口飲んだ。
「……ねえ、山里君はさ、佳澄からどこまで聞いてる?」
「……どこまで、何をですか」
この質問は二度目だな、と思いながら口にすると、小柳は真っすぐに佳澄を見据えた。
「うちのこと。特に祖母のこと」
すぅ、と息を吸ってから目を閉じる。
何を、どこまで。
きっとほとんど何も知らない。けれど、佳澄が知っていてほしい根幹は知っているつもりだ。
「……婆ちゃんが、佳澄に女であることを望んだこと。その婆ちゃんが厳しかったこと。それを両親とかが抑えてたこと。
でも婆ちゃんは婆ちゃんなりに優しくて、そこは認めてた。
あと……佳澄が女物の着物買って、婆ちゃんに拒否られたとか。それで髪を切れなくなったって」
「…………そう。佳澄はそこまで話したんだね」
ふぅ、と一息ついて、小柳は天井に顔を向けた。
なるほどなー、と呟き、また顔を観月に向ける。
「すごいね。君」
「はい?」
「佳澄のトラウマはその話で全部。でも、佳澄が女装したことがあるのを知ってるのは俺だけなんだよ」
驚きに目を見開くと、小柳は佳澄の過去を話し始めた。
ここまで巻き込んだからには聞く権利がある。と。
誉志百合子は、夫を亡くしてからというもの、誉志家を守るために色々と踏ん張って生きてきた。
男達や世間に舐められないように、足元をすくわれないように。
その結果、自分の息子にも孫にもとても厳しく、特に礼儀作法やお茶のことに関しては褒められた記憶がない程だ。
それも戦火から生き延びた旧華族である誉志家を守るためで、家族もそれをわかっていたし、子供達にも言って聞かせたため、大きな問題にはならなかった。
しかし、どんなに頭が理解していても、心は別の問題だ。
百合子に対する苦手意識は、小柳が一番強く膨らませており、家から出ているのも百合子と一緒に居たくなかったから。
当時小柳は緒元に相談して佳澄も連れ出すつもりだったらしい。しかし、それも佳澄が家に残ると言ったことで流れた。
小柳がそこまでして佳澄を連れ出そうとしたのは、昔、佳澄が女物の浴衣を着て百合子の部屋に行った時。百合子の部屋、今の仏間から佳澄が出てきたところを偶然小柳が目撃し、佳澄が自主的に行ったと聞き出したから。
佳澄が泣いて誰にも言わないでと頼んだため、この話は緒元も知らない。勿論佐藤も知らないだろう。
佳澄にとって自分のセクシャリティはある種のトラウマであり、超えられない壁でもあった。
そんな佳澄にとって、あの日記は自分の中にあった根幹を揺るがすことで、パニックを起こしたのだろう。という話だった。
「祖母ちゃんが厳しいのを直接見たことがあるかず以外で、ここまで知ってるのは君くらいでさ。なんなら、浴衣のことを知ってるのは俺と君だけ。
まあ、今回のことで家族みんなに知られちゃったけど、詳細を知ってるのは俺達だけ」
「……」
「……ね。佳澄って色々抱えやすいでしょ」
そこまで話すと、小柳は麦茶に口をつける。
自分が知ることのない世界で、すぐ近くの男は抱えられないほどの闇を背負っていた。
それは、目の前の男も同じだろう。
「山里君、もしかしてだけどさ。君、佳澄と付き合ってる?」
観月は声を出すことなく、一つ頷いた。
それを見て、小柳は少し切なそうに笑う。
「ありがとう、うちのこと聞いて佳澄と仲良くしてくれて。
でもさ、佳澄と付き合うってことは、こういうドロドロを目にしちゃうってこと。
うちの両親に代が替わって軟化して、次に兄貴が継いだらもっと軟化するだろうけど、金や家柄があるだけでクソみたいなヤツって腐るほどいるからさ。
これが、ずっとついて回るんだよ」
小柳の言葉はもっともで、今回のことでそれが嫌なほどわかった。
重い。
正直その言葉が最初に出てきた。それは紛れもない。
「でも」
無意識に観月の口が動く。
「佳澄が佳澄であることは、変わんないんで」
「……」
「なんかそれで佳澄が変わりそうになるなら、俺が止めるんで。安心してください」
「……そう」
「そうっす」
きっぱり言い切ると、小柳は目を細めて笑う。
その目が少しうるんでいた。
「ただ、ちょい確認なんすけど」
「なに?」
「この話聞いたの、佳澄に言ってもいいっすか?」
「浴衣のこと?」
「そうっすね。隠し事するの嫌なんで」
「そっか。うん、いいよ。最初は嫌がるもしれないけど、分かってたほうが絶対いい」
そう言い切ると、小柳は飲み干した自分のグラスを持って立ち上がった。
「いやぁ、お兄ちゃん安心したよ。佳澄にこんないい彼氏ができてさ!
何分末っ子が心配でね」
「いや、末じゃなくてもコイツは心配になるっすよ」
「あはは! まったくだ。
……ねえ山里君」
「はい」
「俺も、君のこと観月君って呼んでもいい?」
「ん? 別にいいっすよ。佳澄の兄貴なら、確認いらないっす」
「そ、ありがとうね。片付けは俺達でやっとくから、ちょいと佳澄と休んでて」
「ありがとざいます」
にこりと笑いかけると、小柳はまた音を立てないように襖を閉める。
いつもと変わらない廊下が、どこか明るく見えた。




