十六話 変化
学園祭を週明けに控えた最終準備。
生徒達は衣装合わせを行っていた。
執事服を着た女子生徒、メイド服を着た男子生徒。それぞれの性別にあった衣装の生徒達。
全員わいわいと話している中で、佳澄達も服に袖を通していた。
「おー、観月似合うね。背高いし、かっこいいじゃん」
メイド服に身を包んだ佐藤が感心した声で言うのも頷ける。
平均身長よりも背の高い観月は、その容姿もあって目立っていた。
「なんか堅苦しい」
「あはは、いつもシャツ全開だもんね。似合ってるよね、佳澄」
「え? あ、ああ、うん」
観月を見ていた佳澄は、佐藤の言葉に視線を逸らす。
はぁ~、とため息をつきながら、佐藤が観月の脇をつつく。
「見とれるなよ、このっ」
「み、見とれてないし!」
「はいはい、カップルは羨ましいですな」
「ちょ、なん、なんでしって」
「俺にとって佳澄の変化は分かりやすいんです。うまく隠せてるけど、この和義様の目はごまかせません」
芝居がかった口調で話す佐藤は、二人を穏やかな顔で見ている。
それがなんともいえずくすぐったく感じ、佳澄と観月は同時に顔を背けた。
「ねえねえ誉志君、ちょっとちょっと!」
「え、な、なに」
女子生徒に呼ばれ、逃げるようにそちらへ行くと、女子生徒の数人が佳澄の後ろに回る。
やいやいと楽しそうに話しながら何かをしていると、わっと声が上がった。
「ほら、やっぱいい!」
「ほんとだ、変わらずインテリな感じするけど、柔らかくなったじゃん!」
「なんか可愛い!」
きゃっきゃと囲まれる佳澄の髪には、白いリボンのヘアゴムが巻かれている。
ベロア生地のシンプルなロングリボンだが、佳澄の黒い髪に合っていて柔らかい雰囲気になっていた。
可愛らしいが、女性的というより、清潔さが増したように感じる。
「アニメみたい、ヤバ」
「会長写真撮っていい!?」
女子生徒に囲まれてあたふたしている佳澄を見ながら、佐藤が観月に寄る。
「ねえ、佳澄からどこまで聞いた?」
「……多分、全部」
「そ」
短い会話に、佐藤は本当に嬉しそうに笑った。
「俺以外には絶対に言わなかったのに。変わったなぁ」
「……」
「ありがとう、観月。多分、前の佳澄だったら、今のリボンとか、本気で嫌がってたと思う」
「だろうな。落ち着いたみたいでよかった」
「……幸せそうな顔しちゃって」
「は、俺のこと言えたツラかよ」
*****
放課後。
佳澄は生徒会の仕事を終えると、吉村を呼び止めた。
あの日以来のことで、今日は佳澄が扉を背にして座っている。
「吉村先生。俺、正直先生が怖いです」
突然本題を話されても、吉村は動じることはない。
むしろ落ち着いているように感じた。
「そうだな。ここで全部許しますって言えるほうが心配になる」
「あはは、そこまでお人よしになれませんよ」
吉村も小さく笑うが、いつもまっすぐ人を見て話す彼の視線は、佳澄から少し外れていた。
「本当は、俺から声をかけるべきだったんだが。先を越されたな」
「……このままって結構まずいと思ったので」
少し和らいだ空気が、また重くなっていく。
小さく唇を震わせると、意を決したように吉村が話し始める。
「こうなった理由を話さないのは、大人としても人としても教育者としてもよくない。
かなり身勝手な自分語りだが、いいか?」
「はい、聞きます」
ようやく吉村と視線が交わった。
小さく息をつくと、吉村はゆっくり語りだした。
「俺さ、この学校のOBなんだけど、好きな人がいたんだよ。男で、生徒会長で、誉志に雰囲気が似てた。
誉志が生徒会に入った時、あの時のことを思い出したよ。
一緒に生徒会選挙頑張ったり、買い食いしながら帰ったり。本気で好きだった。できるなら、一生一緒に居たかった」
遠い昔を懐かしむように目を細めて話していたが、そのまますっと視線を落とし、机の上で握られた手を見つめる。
「けど、俺には度胸がなかった。告白なんて、できやしなかった……。
当時は今みたいに同性愛なんて浸透もしてなくて、それこそ異常者みたいに見られることだってあった。
俺は、あいつにそう見られるのが耐えられなかった。可能性に掛けもしなかった。
そのまま卒業したのに、いつまで経っても忘れられなかった。あいつはもう、妻子持って海外で暮らしてんのにな」
一息つくようにして、また吉村は顔を上げた。
「初めて誉志を見て。あの時のことを思い出した。
最初は生徒として大切にしたかった。けど、どうにもダメで。誉志のことが気になって、教師と生徒という垣根が邪魔に感じてきた。
でも、生徒と教師なんて問題しかないだろ。せめてお前が卒業するまではと思ってた。……けど、お前と山里が仲良くなっていって焦った。
最初は、俺の理想に近いあいつの雰囲気から離れそうで怖かったって理由だけど、途中から、だたお前に恋人ができるのが嫌でたまらなかった。誉志には、誰にも触ってほしくなかった」
整理するように話していく中で、段々と吉村の声が暗く、重くなっていく。
そのまま組んだ手を額に付けてうなだれる。
「……すまん、今話してて思った。俺は、誉志をあいつの代わりにしようとしてたのか」
「……そうですね、お話の限りだと」
「すまない、本当に」
「謝らないでください。とりあえず、どんな理由であれ、俺を想ってくれたのは伝わりましたから」
無音も耳を刺すような空気の中で、吉村は顔を上げぬままに口を開いた。
「こんなことを言うのも気持ち悪いかもしれないが。最近誉志が年相応の顔つきになって、お前の気持ちが俺に向かないことは、分かってたのかもしれない」
「?」
「いや、なんでもない」
吉村は意を決したように顔を上げる。
その目は、何か憑き物が落ちたような色をしていた。
吉村は、どこか眩しそうに目を細める。
「あいつのことは関係なく、俺は誉志のことが好きだ。スタートは間違ってたけど、その気持ちは今でも変わっていない。
だから余計に、山里にキツく当たってしまったんだろうな。教師として失格だ」
「先生、俺」
「わかってる。あそこまで怖がらせて、独りよがりなことして、こうして話してくれてるだけでも、俺はありがたいと思うよ」
いつもより弱々しく笑う吉村は、居住まいを正して真っすぐに佳澄に向かい合う。
「俺は、次回の移動願いに志願するつもりだ。これ以上俺が近くにいるのは、お前も落ち着かないだろうし、来年の受験にも影響が出るかもしれない。
本当は教育者として生きるのも辞めたほうがいいんだろうけど、俺は教師という職に誇りを持っている。
お前が許してくれるなら、まだ教師を続けていきたい。今度こそ、胸を張っていい先生だと言ってもらえるように。
こんなことを、お前に話すのはおかしいと思ってる。けど、お前は俺の被害者だ。そこは、話すべきだと思った」
二人とも心臓が早鐘を打っていた。
息を吸うのも痛みを伴うような空気の中で、佳澄は口を開く。
「……それは、俺は何も言えないですよ」
「…………」
「ただ。先生は立派な教師だと、その意見は、あまり変わってません。
厳しいところはあるけど、それは俺達生徒が道を踏み外さないようにしているんだって、分かってます」
壁にかかった時計の針が動く。
「もし本気で続けたいなら。もう、道を間違えないでほしいとは、本気で思います。
……俺はまだ、貴方を許せるか分からないので。このままは、なんか悲しいです」
「……ああ、そうだな。うん。ごめんな、誉志。みっともない大人で、ほんと、ごめん」
押し殺した嗚咽が、教室の中に響いた。
*****
「話、終わった?」
「うん、待たせてごめん」
生徒会室を出てすぐの階段。佳澄の顔を見て佐藤は立ち上がった。
「観月に言われたから、二人きりになるなって」
「でもなったじゃん」
「かずがいるからセーフ」
「アウトだろ」
二人同時に笑いあう。
「……ん。昼過ぎから顔色あんまよくなかったけど、落ち着いたね」
「うん。話せてよかった」
「そ。ねえ佳澄」
「ん?」
「強くなったね」
「……俺は、元から強いよ」
「はは、そうだった!」




