十三話 急変
そろそろ文化祭。放課後、佳澄は生徒会室で最終チェックを行っていた。
そこまでする必要はないが、一応全体を自分の目で見ようと資料に目を通す。
黙々と作業を進めていると、生徒会室の扉がガラリと開かれた。
「お疲れ」
「ぁ、吉村先生」
吉村は手にした紙コップをテーブルに置く。中は紅茶のようで、華やかな香りが鼻をくすぐる。
「この前言われたこともあるから何だと思うけど、流石に一人居残りして頑張ってるヤツはねぎらわせてくれ」
「すみません、気を遣わせちゃって」
「いいって。何確認してるんだ? 手伝う」
「あ、ありがとうございます」
佐藤の言葉が頭をよぎるが、流石に学校で何も起こらないだろうと。何より今までの吉村の態度もあって資料を差し出した。
各模擬店の危険個所や衛生面のチェックは、どのみち吉村を通して行うつもりだった。
吉村も真剣にそれらの確認をし、前日までに見回りをしつつ、吉村が教師に確認するということで落ち着いた。
話し合いが終わると、佳澄は座ったままぐっと体を伸ばす。
「はぁ、ありがとうございました」
「いや、こっちも細かいとこ見てくれてありがとうな。誉志にばっかり色々任せて申し訳ない」
「いいですよ、先生達も忙しいでしょうし」
「お前は本当に大人だなぁ」
笑い合う頃には、佳澄の中で緊張の糸はすっかり解けていた。
そのまま少し雑談していると、吉村が口火を切る。
「なあ誉志。山里とは仲がいいのか?」
ぴり、と、佳澄の中で小さな火花が散る。
「はい。あの見た目ですけど、いいやつなので」
「そうか。いや、俺の一方的な意見で交友関係を崩してないか心配だったんだよ。問題ないならよかった」
にこりと笑いかける吉村に、どこか強い違和感を覚えた。
なにか、何かがいつもの吉村と違う。
「誉志。誉志は本当にかわいいな」
吉村の声色が変わる。
「教師にこんなこと言われて驚くだろ? でも、ずっと思ってたんだよ。
誉志は真面目で、いい子だ」
視線がじわりと全身にまとわりつく。
初めて感じる視線だ。
「綺麗な髪だ、それに目も」
ゆっくりと吉村が腰を上げ、右手が伸ばされる。
佳澄はそれを目で追いつつ、金縛りのように動くことができない。
「大丈夫だ誉志、お前を傷つける気はないから」
先ほどの火花はより強く爆ぜ、頭の中に熱を生んでいるというのに、佳澄は指一本動かすことができなかった。
何か声を出さなければならない。そう思うのに、何も発することができない。
目の前の吉村が、別の誰かに見えた。
その時、壊さんばかりの勢いで扉が開かれた。
荒々しい音に振り返る前に吉村の襟首が掴まれ、椅子を倒しながら床に引き倒される。
その人は目の前のことに呆然としている佳澄の腕を痛むほどに掴み、引きずるようにその場から逃げ出した。




