十一話 準備開始
夏も終わりが近い。区立第一高校も秋に文化祭があり、佳澄のクラスでも出し物が決められていく。
「ということで、今回二組と合同喫茶を出す案が出ました。皆さんの意見を聞きたいです!」
クラス委員長の言葉に、クラスがわぁと盛り上がる。浮足立っていた雰囲気がお祭りムードに変わり、次々と意義なし! という声が上がっていく。
そのまま話は進み、合同喫茶の計画が決まった。
「かーすみ。随分楽しそうじゃん」
前席の佐藤に話しかけられ、佳澄は視線を逸らした。
その顔には隠し切れない笑みが浮かんでいた。
「まあ、珍しいことだしね」
「ほんとにそれだけかぁ?」
「なに、その言い方」
佐藤は頬杖をついて手に顎を乗せると、笑みを深める。
「なんでも。親友であり幼馴染が笑ってると、嬉しいだけ」
「……意味深な言い方」
「意味深に言ってるもん」
ケラケラと笑う佐藤に、佳澄は思わず顔を背けた。
まるで、自分の分かっていない感情を見抜いているようだ。
*****
合同喫茶は多数決でメイド&執事喫茶になった。
生徒会で忙しい佳澄も、ピークタイムになるであろう十二時~十三時までの間ホールに立つことが決まった。
授業ひと枠分を使って始まった文化祭準備。まず役割を決めようと、佳澄達は観月のクラスに足を運んだ。
机を壁際に寄せて広くなった教室に生徒達が集う。
「よう」
佳澄と佐藤を見つけた観月が片手を上げ、気づいた二人が観月に歩み寄る。
「観月」
「よ、観月」
「まさかお前達のクラスと合同なんてな」
話していると、すぐに各クラスの委員長が進行を始めた。
接客などがどうしても苦手な人をキッチン。といっても、市販のお菓子やジュースを皿やグラスによそる係を決め、次にホールの番。
今回はくじで男女どちらも執事かメイドになるというシステムになっている。
これが一番盛り上がる。
生徒達は我先にとくじを引いていき、委員長の合図で一斉に開くということで決まった。
佳澄達もくじを引き、合図を待つ。
「それじゃみんな引きましたかー! せーの!!」
さっと一斉に開いていく。
あちこちで落胆や歓声が響く中で、佳澄の動きが止まっていた。
それに気づき佐藤が声を掛けようとしたとき、観月がさっと佳澄の手にあったくじと自分のくじを入れ替えた。
「やっべ、俺メイドだわ」
「おいマジかよ!」
「観月のメイドとか目腐るわ!」
うるせー! と騒ぐ観月とクラスメイトを見て、佳澄と佐藤は固まったままだ。
そんな観月達に気づくと、委員長が困ったように腕を組んで観月を観察する。
「え、山里君メイド? サイズないかもしれないな」
「マジか。それじゃお前やれ」
観月は隣にいた背の低い男子にくじを押し付けた。
「はぁ!? 俺かよ!」
「自分の身長を恨むんだな」
クラスの中で取り残されたままの二人を置き去りにして、佳澄の持っていたくじは観月の友人の手に渡っていく。
未だになにが起こった分かっていない佳澄の肩を、佐藤がぽんと叩いた。
「佳澄、執事じゃん。和服ばっか見てたから楽しみだわ」
「……うん」
ぎゅぅ、と佳澄は手の中のくじを握る。
「観月」
「ん?」
「ありがとう」
「……おう」
喧騒がどこか遠い。
佐藤は二人の様子を見て、小さく息をついた。
*****
文化祭は生徒会も慌ただしい。
なんとか喫茶の手伝いもしたいが、生徒会は忙しいだろうと色々なものが免除されている。
各クラスの出し物の確認、予算や計画、どのエリアを使うか。クラブ活動の出し物をどこで行うかなど、あれこれと手配するものは多い。
「誉志、この資料、職員室に運ぶの手伝ってくれ」
「はい」
吉村に呼ばれ、佳澄は指定された資料を持って吉村の後をついていく。
文化祭ということもあり、放課後でも生徒は多く、全体的に華やかな雰囲気が広がっている。
「なんか、この空気も楽しいな」
「そうですね、俺達のクラス、今回喫茶店をやるんですよ」
「資料見たぞ。誉志はメイドか?」
「違いますよ、俺は執事です」
「そうなのか。メイドも見てみたいがな」
からかうように言う吉村に、あはは。と笑うと、階段にさしかかる。
生徒会室から職員室までは、階段を下りていく必要があった。
「気をつけろよ、足元見えるか?」
「はい、大丈夫です」
生徒会選挙の打ち上げ後から、吉村は佳澄に自分の生徒指導について聞くようになった。生徒目線ではどうなのか、言い方が今時の子からして厳しくないか。
佳澄なりにアドバイスをしているおかげか、以前より今のような細かい気遣いができるようになっていた。
「そういえば、先生、前よりもずっと付き合いやすくなったって生徒から言われてますよ」
「本当か?」
吉村の声色が明るく変わった。
その表情は隠しきれない喜びが溢れている。
「はい。俺の親友も言ってたので間違いないです」
「そうか、それならよかった。だが頭に血が上りやすい癖は直さないとな」
「長年培ってきたものですから、難しいですよ」
「おま、高校生なのに悟ったようなこと言うなよ!」
「あはは」
職員室に書類を置くと、吉村は佳澄を渡り廊下へ連れて向かった。
渡り廊下にはカップタイプの自販機があり、吉村は佳澄にココアを買って渡す。
「お疲れ」
「いいんですか?」
「良くないかもな、でも内緒だ」
「贔屓じゃないですか?」
からかうように言うと、吉村は大げさに「ふむ」と息をついた。
「確かにそう見えるのかもしれないな。
誉志は俺にとって特別な生徒だからな、そうならないように注意しないと」
「ぇ」
驚いて顔を上げると、吉村はコーヒーを口にしながら笑っていた。
「俺が気性荒いのも分かってて指摘してくれたり、生徒会長としても頑張ってくれたり。
お前の教育者であることが誇らしくてな」
「ああ。そんなことないですよ、生徒会のみんな、とっても優秀ですし」
佳澄が笑いかけると、吉村が「もちろん」と笑う。
「わかっているさ。生徒会だけじゃない、この学校みんないい生徒達ばかりだ。
例外もいるがな」
にやりと笑いかければ、佳澄は小さく笑う。
「そのうえで、誉志は俺にとって特別に可愛い生徒なんだよ」
「あはは、ありがとうございます」
「なあ誉志」
「佳澄」
吉村の言葉を遮って佐藤が顔を出す。
「ごめん、喫茶店のことで確認があってさ。生徒会忙しい?」
「ぁ、先生いいですか?」
「ああ、行っておいで」
「すみません。ココアありがとうございました」
佳澄はカップを捨てると、佐藤とその場を後にする。
*****
「佳澄、吉村先生に何言われたの?」
突然の言葉に驚き顔を向けると、佐藤はまっすぐに佳澄を見据えていた。
「え、何急に?」
「はぁ」
大きくため息をつくと、佐藤は佳澄の手を握り、近くの物陰に引っ張り込む。
されるがままで目を白黒させていると、佐藤はそのまま佳澄の手を握ったまま目を向ける。
「……佳澄、言うべきか迷ったけど。流石に言わないと」
「……」
「あのね、年齢も性別もなにも関係なく、人は人を好きになるよ」
何を言っているの。
そんな言葉はあまりに愚門だ――。
「これはあくまで俺のカンだから、流してくれていい。けどさ、ちょっと気になって。
吉村先生、佳澄となんの話したの?」
「……自慢の、生徒って。でも、特別って」
佳澄は先ほどのことを話した。
その話に、佐藤は眉間にしわを寄せる。
「佳澄、俺は佳澄の親友だから。何かあったらいつでも言って。もしくは――」
少し口をつぐんでから、もう一度口を開く。
「観月に話して。約束」
「……そんなに、先生は危ないって思う?」
佐藤は思案するように顔を伏せ、また起こす。
「危ないというより、危うい。気がする」
「? どういうこと、それって危ないってことでしょ」
「ちょっと違う。いつもはしっかりしてるし、俺達のことすごくよく見てくれてる、いい先生だよ。
特に最近は雰囲気も柔らかくなったし、話しやすくもなった気がする。
でも……。なんだろう。佳澄を見る目は、少し違う気がする」
今度は佳澄が佐藤の手を握る番だった。
「含みのあること言わないでよ」
「うん、ごめん。多分みんな分からないと思うけど、なんとなく心配で。
佳澄、思ってるよりずっと隙が多いから」
佐藤は手を離すと、唐突に佳澄にデコピンを当てる。
「あた!」
「心配させんな」
「そっちは暴力しないでよ、かずのデコピンは痛いんだって」
「あっはははは! 佳澄涙目じゃん、ウケる!」
「誰のせいだバーカ!」
ほんの少しほぐれた空気の中で、二人はさして面白くもない話で笑った。
*****
「なにそれ恋じゃん」
織田の言葉に観月は手にしていたスマートフォンを取り落とした。
「はぁ!?」
声を裏返す観月に、織田はパチンとコンパクトを閉じる。
その顔は面白い、という考えを隠す様子もない。
「観月さぁ、最近ずーっとカイチョーサマの話してんの気づいてない?
てかその話も、あいつはああ言って笑ったとか、こう言って楽しそうだったとか。マジ彼女自慢じゃん」
「いや、そんなんじゃねえし」
ふーん。と言いながらも、織田は笑みを崩さない。
「ねえ観月、マジな話気づいてないわけ。んなわけないでしょ、童貞じゃあるまいし」
「気づくとか、気づかねえとか。何の話だよ」
「これ以上はヤボだから言わないけどさ、アレコレ考えずに当たって砕けていいんじゃない?
砕けたらお好み焼きおごってあげるから」
*****
文化祭の準備期間は授業時間が準備に費やされる。佳澄のクラスでも例にもれず準備を進めていた。
料理は何を出すか、食器やグラスはどうするか。接客やオペレーションの確認。
アルバイトをしている生徒を中心に、特に観月のような飲食店で働いている生徒を中心に進められていく。
「こっちの教室の後ろ扉と俺たちの教室の前扉を目隠しで繋げるから、そこ通って俺達の教室から食事運んで隣に持ってく感じ。
あんまり広いスペース取れないから、ぶつからないように気をつけろよ」
「わかった」
観月は佳澄と佐藤に導線を教えつつ、トレーに乗せたものの運び方などを教わる。
「てか、かずと佳澄はバイトしてねーの」
「俺は本屋のバイトしてるよ。けどこういう飲食はやったことない」
「俺は家のことばっかだからな。対応しても来客や教室の人を案内したりする程度だから、本格的な仕事はしたことないな」
なるほどな、と言いながら段ボールで作られた仮のパーテーションを進もうとしたとき、隣の教室から来た生徒が目の前に現れる。
突然出てきた人物を避けようとして、先に歩いていた佳澄がバランスを崩す。
転ぶと思いかけた時、佳澄の体をしっかりと大きな腕が支えた。
「あっぶね、大丈夫か」
「ぁ、ありがとう」
ふと顔を上げると、ごく近い場所に互いの顔があることに気づき、思わず顔をそらした。
体の触れ合った部分の熱も、初めて感じるものだ。
「悪い誉志、大丈夫か?」
ぶつかりそうになった生徒に言われて、二人はさっと体を離す。
「ううん、大丈夫。驚かせてごめん」
「このへんぶつからないように対策しねーとダメだな」
「そ、そうだね」
生徒が去っていくと、観月は「あー」と小さくうなった。
「悪かったな、痛くなかったか」
「え? あぁ、いや、別に。転ばなかったから、助かったよ」
「おう……」
「あのー、おふたりー」
はっと顔を向けると、佐藤が二人を見ながら苦笑している。
「俺もいるけど?」
「し、知ってる!」
「分かってるわ! おら、かずは何か聞きたいことねーのかよ!」
「いいですー。下手に首突っ込んで馬に蹴られたくないですー」
からかうように言いながら、佐藤は教室に戻っていった。




