第55話 休日【後編:絶叫!異世界鬼ごっこ】
―――私が、レモネアジュースを口にした瞬間だった。
「ん?、!!~!!ん~~っ!!ゴホッ、ゴホッ!!」
あまりの酸っぱさに、私は、顔を歪ませ、豪快にむせ返ってしまった。
「何これ?!信じられないくらい酸っぱい!!も~っ!!ノエルひどいよ~」
「フフフ、ごめん、ごめん!でも、よくわかっただろ、どう?レモネアを飲んだ感想は?」
ノエルは、涙目で訴える私を、いたずらっぽい目でそう尋ねてきた。
「えっ?感想?」
「うん、酸っぱい以外には?」
「酸っぱい以外?かぁ~……あっ!柑橘系のいい香り!!直接、匂いを嗅いだ時よりもよくわかる。それに口の中がサッパリした」
「だろう。だから、レモネアは、ああした屋台以外にも、この町の酒場や食事処、それに各種ギルドにも設置されていて、このタンブラーがあれば、もちろん、どこでもタダで飲むことができるだ」
「けど、正直この味なら、いくらタダといっても、そこまで欲しいと思わないかも?!」
「だよな!そこでだ。みんな、タンブラーをここに、―――」
言われた通りに私達が、タンブラーを突き合わせると、ノエルは、手をかざし『スイシュガ』と唱え、レモネアジュースに何やら魔法をかけた。
「今度は、大丈夫だから普通に飲んでみて」
「う、……うん」
ノエルの言う事だから、大丈夫なんだろうけど、さっきの刺激が、甦ってきて口の中が、酸っぱい感じになった。
三人共、私を尻目に、ゴクゴク喉を鳴らして美味しそうに飲み始めた。
私も、意を決して目をつむりレモネアジュースをグイッと飲んだ!
すると―――、
「あれ、甘い?!確かに酸っぱいけど、そんなに酸っぱくない!!って言うか、めちゃくちゃ甘酸っぱくて美味しい!!何これ?!」
私は、一気に飲み干した。
「シャロン、どう?」
「うん!凄く美味しい!!」
「それは良かった」
ノエルは、ニコリと笑うと、そのままレモネアジュースを飲み干した。
「シャロン、あそこ、よく見ていて」
ノエルは、屋台を指差し、そこをよく見ていると、レモネアタンブラーに搾り汁を入れた後、何かを回し入れた。
(あれ?お金を払ってる?!)
「さっきの人、私達と同じギルドのタンブラーを持っていたのに、お金を払ってたよね」
「そうだね。入れていたのは蜂蜜で、回し入れた回数分のお金を支払っていたのさ。このレモネアジュースは、そのまま飲むには無理があるんだが、ああやって蜂蜜なんかで、甘くすることで驚くほど美味しくなる」
「!ってことは、さっきノエルが使った魔法は、」
「うん!『食べ物を甘くする魔法』。……私のお気に入りの魔法だ」
何度か、ノエルが使う魔法を幾つか見てきたけど、こんな顔で魔法のことを話すノエルは、はじめて見た。
「魔法って凄いよね~。今更かもだけど感動しちゃった!」
いかにも魔法って感じの攻撃魔法のような派手さは無いし、ちょっと地味だけれど―――、
「『私も、好きだな!この魔法』」
ノエルは、いかにレモネアが、この国の経済を支える大黒柱であり、そして、その仕組みを編み出した人族の優秀さを静かに語り始めた。
この国は養蜂も盛んで、春から夏にかけて多くとれる蜂蜜の値崩れを抑える為、消費量を増やすのに、このレモネアジュースが一役買っている。
レモネアジュースがよく売れる春から秋にかけて、高価な蜂蜜を少量販売することで消費を増やし、蜂蜜の価格安定を維持しているそうだ。
また、レモネアの搾りかすは、乾燥したのちに細かく砕いて家畜の餌に混ぜている。
そのことで、家畜の病気も減り、肉の品質も上がった。
この国の肉類は、他に比べ柔らかく美味しいことでも有名だという。
「―――、このレモネアジュースのように美味しくする方法を、人族は蜂蜜を使う。そして、私達、魔族は魔法を使う。結果は似たようなものであってもアプローチが全く違うことが、この世の中には多く存在する。今日、ここにシャロンを連れてきたのは、是非それを知って欲しいと思ったからなんだ。休日と言いながら、授業のようになってしまったな」
ノエルは、ノエルなりに私がこの世界のことを知り、興味を持つきっかけを作ってくれたのだと胸の奥が温かくなるのを感じた。
「人族は、真似て応用し、進化させることが得意な種族。服も馬車もあの折りたたみタンブラーも人族が、考え作り出した物なんだ。人族に有って、魔族には無いもの、それは、『英知』と『探求心』なのかもしれないと、私は、思っている」
町を楽しむだけの私と違いノエルは、別の視点(統治する者)でこの町を見ているんだと、その時、はじめて気づかされた。
だから、もっと知りたくなって「三人で町に来た時は、いつも何をしているのか?」をノエルに尋ねると―――、
「目的はその時によって変わるが、大抵は、食料事情や流行、流通の淀みを調べている事が多いかな。遊びに来ているというよりかは、町の『健康診断』をしている感じかもしれない。あのふたりは、私の護衛だ」
ノエルは、人が行き交う通りをぼんやりと眺めながら、そう、答えてくれた。
「とはいえ、体のいい『視察』と言う名の『息抜き』だがな」
そう言って私に対して片目をつむり、ニッと悪びれた感じで笑った。
「あとは―――『アレ』かな?!」
ノエルが不敵に笑い、セグナとヒースに目配せをした。
「うん、アレだな!」
「アレだ・・」
セグナとヒースもノエルに同調した。
「じゃ、いつものアレをするか?」と、ノエルが、ふたりに話を振った。
「アレ?」
私は、何の事か分からず、ノエルによくよく聞いてみると逃げる側と追いかける側に分かれる、あの遊びこと。
そう、つまりは、『鬼ごっこ!』
ルールは、簡単!
制限時間は、次に鐘が鳴るまで(約1時間ほど)、範囲は町からでない。
何をしてもいいが、周りの人たちを使ったり、探知魔法の使用は禁止。
―――と、いう事らしい。
しっかりルールまで決めちゃって―――、
(うふっ。みんなまるで子供みたい!)
今回は、特別にノエルが私を連れて逃げるので、ハンデとしてヒースとセグナには酩酊状態からのスタート。
三人共、体をほぐし始めた。
準備が出来、ヒースとセグナは木にもたれかかり、ノエルが術をかけると、ふたりはぐったりとした。
「大丈夫なの?ふたりとも」
「当前だ。どんな状態であってもほんの少しの間で解除できなければ、私の護衛など、務まりはしない」
「へ~、さすがは ロイヤルガード」
「さっ、感心してないで、早く摑まって!でないと、すぐにふたりとも目を覚ます」
「えっ?!」
ノエルは、右手を広げて待っている。
「……」
そうは言われたが、どうしていいかわからず、まごつく私にノエルの方から近づいて来た。
「もう、しょうがないな」
「キャッ!」
ノエルは、広げた手で私を抱きかかえたので、仕方なく私はノエルの首に腕をまわした。
「ほら、もっとしっかり、摑まって!」
「え~っ、こ、こう?これ以上は、ちょっと―――」
「う~ん」
セグナが少し動いた。
「おっと、ヤバい!もう、解除し始めている。行くよ、シャロン!」
「『やん!ちょっと近すぎるーーーーっ!!』って、ぎゃーーーーーーーーーーーっ!!!!」
一瞬で空高く舞い上がると、あっという間に町が小さくなった。
「あ、あぁ~!落ち、落ち……落ちるぅ~!」
怖さのあまり私は、必死でノエルにしがみついた。
当然、さっきまでの羞恥心など、微塵も無くなってしまっているが。
「離さないから、大丈夫!落ち着いて。……大丈夫、……大丈夫」
彼の優しい声に不思議と私から不安が徐々に消えていく。
逆にそれほど怖くなくなった途端、周りの美しい自然が、私の目に飛び込んできた。
「うわぁ〜、綺麗……」
眼下に広がるゾクッとするほどの景色を見て、私は思わずそう口にした。
彼は、景色に見惚れる私の顔を見つめ、「あぁ、美しい……本当に」と、小さくそうつぶやいた。
……あまりに真っ直ぐな視線を感じ、思わず彼を見返す。
その瞳に映っていたのは、景色ではなく、私だった。
心臓がまた大きく跳ねる。
私はいたたまれなくなって、また景色を見るふりをして視線を泳がせた。
「おや!」
「ど、どうしたの?」
やけに近く感じる彼の声に、少し動揺する私。
「もう、動き始めた。さすがはセグナ、優秀だな。ヒースも解除できたな!う~ん、このままだとすぐ見つかるかもしれない」
「もしかして、あの点にしか見えないふたりが見えてるの?」
「あぁ、けど、大丈夫!こっちにはまだ気づいてなさそうだ」
「地味に凄いわね~」
感心する私をノエルはにこやかに見つめ返している。
「シャロン、ごめんね、少し乱暴になるかも……」
「えっ、ちょっと待って!まさか?!」
これは嫌な予感しかしない!
「うん!ごめん、いくよ!」
「ちょ、ちょっと待って、待って、待ってええええええええええっ!!!!」
そう言うなりノエルは抱きかかえていた手をはなし、向かい合わせになると、私の頭と腰に手をまわした。
一瞬で天と地が逆さまになり、私達は加速しながら落ちて行く。
「ぎゃあああああああああああああっ!!!!」
◇
「―――ん?!あれは、……。ぷっ、分かりやすい!おい、ヒース!いつまでそうしている?行くぞ!!」
セグナは、まだ座って木にもたれかかったままのヒースに声を掛けた。
「あぁ・・どうする?」
ヒースは、手をつかずに跳ね起き、首をポキポキ鳴らしながら尋ねた。
「お前の方が足早いから左側から回り込め。私はこのまま真っすぐ行く」
「分かった・・」
一瞬、その場で小さく砂埃が立ったが、ふたりの姿はもうなかった。
本気で逃げる、ノエル!
本気で追いかける、ヒースとセグナ!
本気で目を回す、……私。
―――意外にも?早く決着はついた!
「ギャー、ギャー」言うハンディキャップがあった!と、ノエルが抗議するも聞き入れてもらえず。
―――私たちの負け。
勝者には、この町一番の肉の串焼き二本と、甘くはないが、シュワっとする小麦色の飲物が貰え、敗者はそれを眺めておくそうだ。
「「カンパーーーイッ」」
ヒースとセグナは、飲み物を突合せ、一気に喉を鳴らす。
「プハーーーッ!ん~っ!!うんめ~ぇ~!」
「うん・・美味い・・」
串焼の肉を頬張るヒースが、とても可愛いが、……。
(ゴクリ、……くぅ~っ!!私も食べたかったぁ~っ!!)




