第54話 休日【前編:感謝とタンブラー】
今、私達は、昨日ノエルの約束通り、ブルング宮殿のすぐ隣にある人族の町に遊びに来ていた。
「ノエル~!ほら、セグナもヒースも!早く、早く!!」
三人は、まるで、はしゃぐ子供を見るかのような目で、先走る私を見ている。
「そんなに慌てなくても、店も露店も逃げやしないぞ」
そう言ったノエルの服装は、いつもと全く違った。
チノパンのような、ダブっとした厚手の生地のパンツに、上は、タイトなロンティを組み合わせている。
さすがに、誰が見ても一国の王子には、見えない格好だ。
「カルヴィナの王子が、町に来ている?!」なんて知れたら、プチパニックになっちゃうもんね。
もちろん、セグナとヒース、それから私も、町の人達が普段から着ている服装に合わせていた。
(森の中に隠れるなら木が一番!って訳ね)
「これ・・帽子・・取っていいか?・・」
どうやらヒースは、普段、被り慣れていない帽子を鬱陶しいと、感じているみたい。
「お前の目は目立つから、ダメに決まっているだろう。もっと目深に被れ!私だってバンダナを使って額を隠しているんだから、お前も我慢しろ」
ヒースは、大きくため息をついた。
「そんなに嫌?ふたりとも似合ってるから、私は、いいと思うけどな~、ねぇノエル」
「フッ、そうだな、よく似合っている」
同意を求めた私に、ノエルは、口に手を当てて頷いた。
「あっ!ノエル!!今、笑っただろう?!」
キッと睨んだセグナに対し、ノエルは、「お互い、見慣れない格好だからな」と、言葉を濁した。
普段と違う格好。それだけで、私にはこの時間が特別なものに感じられた。
「ねぇねぇ、楽しい時の時間は、あっと言う間なんだから、みんな急ごうよ!」
私は、口を尖がらせながら、みんなを急かした。
この世界の店や人達にじっくり触れ合うのが初めてだった私は、どれもこれも気になって仕方がない。
何か、こう、海外旅行で異国の路地を歩いているような、ワクワクそしてドキドキが止まらない。
過ぎ去ったお店が少し気になり、よそ見をして歩いていた私は、危うく前から来る人とぶつかりそうになった。
すると私の肩を、強い力が引き寄せた。
「危ない!」
ノエルの腕が私の肩に回り、そのまま彼の方へと抱き寄せられる。
「大丈夫か?そんなに夢中になって、……仕方ないな」
「う、うん。ごめんなさい……」
小さな子供の様に、妙なテンションで調子にのった自分を少し恥ずかしく思った。
そんな私をノエルは、フッと笑うと、
「ほら、行きたいところがあるんだろ?」と言って、ごく自然に私の手を握った。
不意に握られたノエルの手の感触に、私は、突然昨日の夜を思い出してしまったのだ。
まただ!急に顔が熱くなってきて、鼓動が早くなるのを抑えられない。
ノエルを意識するとさっきから、すぐこうなる!!
彼の手の温もりと感触。その熱量が、一気に昨夜の記憶を呼び覚ます。
背中をなぞった指先……。
あの大きな手のひら……。
あれからいったい何度、これを繰り返しているのだろう?
彼を意識するたびに、私の体は裏腹な反応を返してくる。
「シャロン。買いたい物って、髪飾りとピアス、焼き菓子。それに、紐だったか?」
「う、うん。そう」
指折り数えているノエルは、どうやら、いつもと変わり無い様子。
(私が、今日こんな感じなのに、ノエルは普段と変わらない。それって何か、……ズルい!)
私って自意識過剰 なのかな?
(う~、ダメだ!何なの?!分かんないけど、何か恥ずかし~い!!)
「じゃあ、先ずは、この通りにあるピアスと焼き菓子の店だな」
赤ら顔で目線を逸らした私に、普段通りのノエルは、「ほら、行くよ!」と、声を掛け、私を少し強引に引っ張った。
けれど、珍しく無邪気に笑う彼の笑顔に、さっきまでの恥ずかしさをもう忘れ、また楽しくなってきた。
(最近の私は、いつもこうだ!)
ノエルと一緒にいると、自分の心がクルクルと変わり、かき回されてしまう―――。
◇
私達は、お目当ての物を買いつつ、色んな所を見て回った。
途中、お腹が空いたから、パンとチーズが美味しいと評判のお店で昼食を取り、その後も町を気ままに散策してまわった。
途歩き疲れてきた私達は、休憩に丁度いい木陰を見つけ、少しそこで休むことに―――。
「―――、はい、これ。セグナに!」
私は、さっきそこで買ったばかりの金属製の髪飾りをセグナに渡した。
「これは?……。自分に買ったんじゃなかったのか?」
セグナは、少し驚いた表情で目を丸くする。
「うん!ヒースは、これねっ!」
続けて、私は、小さな赤い魔石が付いたピアスをヒースに渡した。
「あ・・、ありがとう・・」
ヒースも戸惑いながら、けれどどこか嬉しそう。
「うん!私の感謝の気持ち。良かったらふたり共、今、つけてみて」
ふたりは、顔を見合わせ、手にした私からプレゼントをそれぞれつけ始めた。
私は、ノエルの隣に座り直すと、ノエルが、声をかけてきた。
「何だ、ふたりの為に色々選んでいたのか?」
「うん、ふたりには、いつも護衛や何だかんだで、お世話になりっぱなしで、何ひとつ返せてなかったから、いい機会だと思って」
「なるほど……」
ノエルは、口をへの字にして訝しそうに、こっちを見た。
「あっ!もちろん、ノエルにもあるからねっ!!」
そう言って、私は、ここで買った三色の紐を編んで、特別な贈り物にしようとしていることを彼に明かした。
ノエルにとっての異世界。
つまり、私が元いた世界にノエルは、凄く興味があるみたいに感じていた。
そんな彼に、喜んでもらえるものが、何か無いか?
感謝の気持ちを伝えられるいい物は無いか?―――と、前々から思いを巡らせていた。
いつも国の安寧を願い、第一王子が行方不明(不在)の今、彼に圧し掛かる重圧と責務は、計り知れない。
まぁ、だからといって、ポンコツな私が、彼にしてあげる事などあるわけも無く、できる事と言えば、この先の未来が、彼にとって明るいものであって欲しいと願うだけだった。
他人に知られたらちょっと恥ずかしいような、チョット痛いことしか考えない私の思考回路をフル回転して、『願掛け!』『想い!』『この世界にある物!』
―――で、脳内を検索したら。
(なんと、ミラクル!!ヒットした!)
願いを形にすることができる編み込みのブレスレット。
そう!『ミサンガ』
ミサンガを作って彼に贈ろう!そう思った。
確か、色にはそれぞれ異なる意味があって大切な人へ送る、もしくは交換することで具体的な意味とメッセージ性を込めることができたはず。それに加え、この世界にミサンガは無いはずだから、多分ノエルは興味を持ってくれるんじゃないかと思った。
私は、昔から本を読んでいたせいかもしれないけど、一度、興味を持って読んだものは、何となく思い出せる。
だから、上手く出来るかどうかは別にして、何とか出来そうだった。
私は、ミサンガの説明を今、隣に座るノエルにした。
「―――と、いうことは、願掛けやお守りみたいな物なのか?!」
ノエルの顔から察するに、興味津々のようだった。
(良かった!一安心)
「そうね、実は、私の住んでいた国の物ではないし、上手く出来ないかもしれないけど、完成したら渡すね」
「あぁ、それは嬉しいな。楽しみにしているよ!」
まだ貰ってもいないのに、そんな嬉しそうな顔をする彼に、私は早く作ってあげたくなった。
「ねぇ、ねぇ、見て!どう?」
セグナが、髪留めを付けて見せに来た。
「うん!やっぱり、それ、セグナに似合ってる!!ヒースも恰好いいじゃん!似合っているよ!」
珍しくはしゃぐセグナと、恥ずかし気に目を泳がせ頬をポリポリと掻くヒース。
三人の笑顔を見ることができた私は、渡せてよかったと思えた。
四人で、木陰に座り他愛のない話をしていたら、少し離れた通りを男女ふたりが屋台を引いて、道行く人達に声を掛けていた。
「レモネア~、搾りたてのレモネアは、いかがですか~。レモネア~」
「レモネアかぁ~、私、喉乾いたし貰ってこようかな。みんな欲しいなら、レモネアタンブラーを出して、一緒にもらってくる」
セグナはそう言って、カバンから木でできた円柱型の平たい物を取り出した。
「じゃあ、お願いしようかな。シャロンもカバンから同じものを出して」
「あぁ、これね。何だろうと思ってたけど、『レモネアタンブラー』って言うんだ」
「そう。上蓋を外して底に、こうして―――中にある外側の環っかを引っ張り上げたら少し右に回してから、セグナに渡して」
私は、言われた通りにやってみると―――、
「凄い!タンブラーになった!!」
「便利だろ?!このタンブラーは、この町の商業ギルドでしか販売していないし、値段は、同じものの3倍はする。だけど、行商人や旅人のほとんどが、このレモネアタンブラーを持っているだ」
「ん?同じ様な物があるのに、どうして値段が高いこれが、そんなに人気があるの?」
「ふふ~ん。実は、これがあるとタダでレモネアジュースをもらえるから」
「えっ!タダなの?!」
この世界に、タダという概念があることに、正直、驚いた。
「そう!レモネアジュースは、タダなのに儲かる!そこには、経済の仕組みと各組織ごとの連携が上手く作用しているいい例だと言える―――」
ノエルは、レモネアと経済との結びつきを説明してくれた。
レモネアは、この町の特産品の果物で、他国に輸出できるほど沢山採れるそうだ。
果肉は喉の渇きを癒し、皮は疲れをとり、胃腸の調子を整え、二日酔いにも効果があるとして、他国でも人気のある果物。
ただ、その果肉はとても酸っぱく、皮はとても苦い為、そのまま食べるには、ちょっと不向き。
けれど一緒に丸ごと潰した果汁は、酸っぱさは残るものの苦くなくなり、この方法で食べるのが一番良いとされている。
「お待たせ~」
セグナがヒースと一緒に帰って来て、レモネアジュースが入ったタンブラーを私とノエルに渡した。
「ありがとう。シャロン、『物は試し』って言うから、先ずはそのままで試してみて」
「うん、わかった」
酸っぱいと聞いていたけど、どんな感じかまでは、ノエルが言った通り想像がついていなかった。
「おい!ノエル、そのまま飲ませるのか?」
セグナが、慌てた様子で飲もうとした私を止めようとした。
「あぁ。シャロン、ほんの少し口に含む程度で」
ふたりの含みのある言葉に、タンブラー越しに匂いを嗅ぎ、私は、恐る恐るレモネアジュースを口にした。
すると―――、




