第53話 ふたりの距離
私とノエルは、食事が用意されるまでの時間を薄暗くなってきた庭園で過ごしていた。
(そうそう!ここは魔法が存在する異世界!!黒歴史を全て消し去る便利な魔法が、もしかしたら、あるかもしれないじゃん!!)
―――ある訳ないよね……。
「どうした?そんな、憂鬱そうな顔をして?!」
まるで、ゾンビのように歩く私を見て、ノエルは、心配そうに尋ねてきた。
「い、いえ、別に……。『最近、授業が身に入っていないから、気晴らしがしたいのっ!!なんて、ノエルに言えやしないよ〜!』……!!」
ポカーンとしたノエルの顔を見て、私はすぐアレだ!と、気がついた。
「プッ。噓がつけないシャロンは、分かりやすくていいな」
「もう、やだ~っ!この加護」
私は、恥ずかしくなって顔を手で覆い隠したのは、自分でも赤くなった顔が想像できるくらいに、熱くなっているからだ。
「そうか?私は、シャロンのその『歯に衣着せぬ言葉』が心地よいがな」
ノエルはそう言って、私の恥ずかしくなった気持ちを笑みで優しく返してくれた。
「そうだな、だったら明日は、ここでの予定を全てキャンセルして、町にでも行ってみるか?」
「えっ!!ホント?本当なの?!」
ノエルの言葉に、私は、目を輝かせ、リゼスのような尻尾があれば、間違いなくブンブン振り回していたことだろう。
私って案外、『ちょろタン』なのかもしれない。
―――いや、多分そうに違いない!
さっきとは打って変わって、軽やかな私をノエルは、フッと笑い見つめていた。
憂いも晴れ、頭の回転が良くなった私は、『ホウレンソウ』は、大事!と、ブリトニーからの手紙を思い出し、ノエルに報告した。
「―――そうか、であれば、早いに越したことは無いな。分かった日程が決まれば知らせるよ」
「うん、お願いします」
私達は、陽が落ち夕闇迫る庭園を他愛の無い話で埋めながら、束の間の二人きりの時間を時折、手をつないだりして歩いた。
◇
それから、私は、食事と湯浴みを済ませ、部屋でノエルが来るのを本を読んで待っていた。
当然読んでいる本は、テレサから借りた『魔王子と半魔の娘』だ!
コン、コン、コン。
ドアからノック音がした。
「はい」
「シャロン様。ノエル殿下をご案内しました」
ドアが開きナタリーの声がした。
「お入りいただいて」
ナタリーにそう告げると、ノエルが顔をのぞかせた。
「シャロン、入るよ」
ナタリーは、ノエルを私の元まで案内すると、会釈をして部屋を出ていった。
「わざわざ足を運ばせて、ごめんなさい。ノエルにしか相談できない事だったし、人目のない所の方が、話しやすいから」
「いや、私の方こそすまない。色々あるだろうに、『忙しい』を理由に様子を見にも来れずにいた。それで、相談とは?」
彼の質問に、私は今までとは少し違った刻印の違和感のようなものをノエルに話した。
◇
「―――ふむ。背中の刻印が痛む……と?いつ頃からだ?」
ノエルは眉をひそめた。
「刻印の儀から数日経ってからかな?ずっとではないし、痛みと言う程、大したことでもないけど、時よりピリッと電気が走るみたいに」
「デンキ?」
「あっ、そうか電気ってわかんないよね。えぇ~と……」
私が、言葉の選択に悩んでいると、ノエルはしびれを切らした。
「一度、見せてもらってもいいか?」
「え?、えぇ……」
サラッと言われたので、意識していなかったけど、これは非常にまずい状況では?!
部屋にはふたりっきり、ノエルは私を見ている。
「……」
「……」
ふたりの間に沈黙が続いた。
「あの~ノエル。出来れば、あちらを向いてもらえると―――」
「あっ!す、すまない」
ノエルは、「ハッ」として赤くなり、大慌てでくるりと背を向けた。
「『心配してくれているのだろうけど、気付かないってのは、……それは、それなりに』」
「えっ?」
どうやら、ぼそっと『アレ』で小さく呟いたから、ノエルには聞こえなかったようだった。
「ノエル、ごめんね。背中の空いた服が無いから、シーツで失礼します」
「あぁ、構わない」
急に言葉数が少なくなったノエルと私との間に変な空気感が漂い、妙な汗が出そうで、彼に気づかれないかドキドキしてしまう。
サァーッ、というシーツの擦れる音だけが、静まり返った夜の部屋に不自然なほど大きく響いた。
私はベッドに腰かけ、背中が見えるようにシーツをクロスさせた。
「もう、こちらを向いても大丈夫よ」
そう言って、刻印が見えるように背中に垂れ下がった髪をかきあげた。
「―――う~ん。……」
私は、少し恥ずかしくなり下を向いていたから、よく分からないけど、多分、顔を近づけてジッと見ていると思う。
「あの~……ノエル?」
ノエルの沈黙に重さに耐えかねて、つい言葉にしてしまった。
「少し触ってもいいか?」
「えぇ……は、はい!」
妙な緊張感がはしる!
ぴとっ、スゥ~。
あの長い指先で撫でられる感覚が、背中から伝わってきた。
くすぐったいはずなのに、心臓の跳ねる音がノエルに伝わるのではないかと、心配で、心配で、仕方がない。
(あっ!今度は手のひら全体で、撫でてきた!)
想像していたよりもずっと大きくって温かい。
それに、普段から剣を握っているせいなんだろう、ザラっとして、少しだけゴツゴツした感じがした。
(あぁ……。男の人の手だ……)
そう思った瞬間、私はゆっくりと振り返り肩越しにノエルを見つめた。
私の中でノエルに対する気持ちが、ゆっくりと変化しているのがわかった。
(これはいったい何?何なのーーーーっ?)
振り返った私に気付き、ノエルも私を真っ直ぐ見つめた。
「……」
「……」
視線が絡み合った瞬間、まるで時間が止まったかのように、ふたり共動けないでいた。
なのに、背中に置かれた手からは、彼の温もりがどんどん伝わってくる。
「『……ダメ……ッ』」
しまった!心の声が漏れてしまった!!
―――その時だった。
コン、コン、コン、ガチャ。
「おぉ〜い、シャロン!この前、言ってた薬っ!……草……」
勢いよく扉を開けたセグナだったが、私とノエルを見て、手にした袋をポトリと床に落とした。
「「「あっ!」」」
三人仲良く揃った。
セグナは何も言わず、虚空を見つめるような遠い目をして、スローモーションのように後ずさりを開始。
まるで見てはいけない聖域を侵した者のように、一切の音を立てず、ただ気配だけを消して扉の向こうへと溶けていくセグナ。
そして、そのまま一言も発さず、静かにゆっくりとドアを閉めた。
「「……」」
私とノエルは、あまりの気まずさに石像のように固まり、顔を見合わせた。
「セ、セグナ!待ってぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
◇
セグナには加護のお陰で説明したらすんなり信じてもらえ、ほっと一安心。
結局、この後、セグナの誤解を解くのに必死になって、刻印の件は、うやむやになってしまった。
けれど、肝心の刻印の方は、「時間をかけて詳しく調べたいから、後日改めて」とノエルに言われしまった。
「まぁ、今すぐどうこう言う事でも無さそう」だと、内心高を括っていたのだけど。
―――この些細な現象の『本当の理由』を、後の私は、知ることになる。




