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第52話  上塗り




「シャロン様、ごきげんよう」

「リゼス殿下、ごきげんよう」


私が、部屋に入って挨拶を交わしたこの女性は、ケモ耳と時折ゆらゆらと揺れる長い尻尾が特徴的な獣人族のリゼス。


「うん!いいですね!以前にも増して所作に磨きがかかっていますよ。では、始めましょう。席について下さい!」

「はい、よろしくお願いいたします」


私は、一礼をして席についた。


彼女は、カルヴィナ王国と友好関係にある、獣人族の国、『獣王国エストリア』の第二王女で、私の礼儀作法と外交の先生をしてくれている。


なぜ?!一国の王女が私の先生になっているのかは、実のところ国同士の深い繋がりがある。



   獣人族の国エストリア―――。


獣王国エストリアは、獣の力をその身に宿す種族、獣人族の国で約200年ほど前に建国した歴史的にもまだ若い国。


カルヴィナ王国の南に位置する広大な森、ぺルム大森林とその裾に広がる草原に、それぞれ部族単位でこの地を守ってきた。


肥沃な大地に、暖かな気候。


森の恵みは、豊富だが、魔獣が多く時折活性化して、近隣の村は壊滅的な被害を受けることもあり、人族や魔族は、この地に都市を造ることがなかった。


しかし、千年以上続いた魔族と人族の戦争も、300年前に終結し、エストリア周辺の国が、国力を戻し始めると、国境近くでは土地をめぐっての小競り合いが生じるようになった。


これに対抗する為、それまでバラバラだった各部族をまとめ立ち上がったのが、獣王国エストリアの初代の王でリゼスの直系だそうだ。


元々、ぺルム大森林で起こる魔獣の活性化を抑えることに尽力してきたカルヴィナ王国には、建国後も友好を示し、約150年程前から友好国となり、国交を樹立。


100年続いた友好関係を機に約50年前に同盟を結んだ。


唯一の同盟国となった両国は、交易も密で盛んとなり互いに更なる発展を遂げたのだった。


そして、来年は、同盟を結んでから、ちょうど節目である50年を迎えるにあたり、リゼスは、式典を行う使節団の代表としてカルヴィナ王国を訪れているというわけ。


彼女は、諸国同士の繋がりや外交に詳しく、何も知らない私の為に色々教えて欲しいと、ノエルが頼んだところ快く講師を引き受けてくれた。


そんな彼女と私が、最初に出会ったのは、私の歓迎式の時だった―――。



   【シャロン歓迎式当日】


離宮で生活することになった私の元に、その生活を支えてくれる人達が、次々と挨拶に来る。


もちろん、彼女もだ。


他国の王女様と聞き、どう挨拶するべきなのか?オロオロしていた私だったのに、リゼスの姿を見た瞬間、その優美さと――なにより、本物の『ケモ耳』に見惚れてしまったのだ。


当たり前だけど、獣人族を見るのは初めてだった私は、人の姿に付いた生のケモ耳につい興奮し、思わず、……。


生えてる!動いてる!!可愛い!!!


異世界に来て初めて目にする獣人族の神秘に、私のテンションは振り切れてしまった。


そして、案の定―――。


「『ぴょこぴょこ動く耳、可愛い~っ!ん~、触りたい!!』」


―――と、まぁ、例の『アレ』が、ぽろりとでたわけですよ。はい……。


けれど、この失礼極まりない私の本音を、リゼスは笑って優しく受け流してくれたのだ。


「ふふ、初対面の開口一番に、わたくしの耳を触りたいと言ったのは、シャロン様が初めてよ」


と、大笑いされ、挙句の果てに「これは、教え甲斐がある!」と、まで言われてしまった。



忘れたい過去(黒歴史)ではあるけど、リゼスの顔を見るといつもその事を思い出し、また変な事を言い出さないか、今も冷や冷やして変な汗をかく。


そんなリゼスの授業は、作法や外交に関する事で、とにかく憶えることが多い。


けれど、そのどれもが論理的で分かりやすく、私の知らないこの世界の輪郭を鮮やかに描き出してくれる。


「―――、重要なのは、その時のシャロン様の立場ですね。今は、ノエル殿下の婚約者という立場ですが、妃となれば身分、立場が一変することは間違いありません。ですので、礼儀作法という点においては、今のうちにその違いも合わせて覚える方が合理的だと思いますよ」

「妃かぁ~、まだピンとこないですね」


作り笑いの私を見て、リゼスも複雑な顔をした。


「確かにそうですよね。婚約に関しては、噂にはなっていますが、国としての公式な発表は、まだですものね」

「はい」


「来年には、国を挙げた催しもありますし、タイミング的にはその辺りかも?ですね」

「催しとは、同盟の記念式典でしょうか?」


「ええ。国を挙げた祝祭は、貴女という存在を国内外に知らしめるには打って付けの舞台ですね」

「そんなもの、なのでしょうか?」


(まつりごと)とは、そんなものです」


王女のリゼスが、言うことだから、そうなんだろうと、私は、思った。


「―――ですが、何事も無ければ、いずれ。と、いうことになりますね。気負いせずやっていきましょう」

「はい、頼りにしてます」


力ない私の返事に、「お任せください!」と、リゼスは、心強い返事で返してくれた。


式典の話は聞いて知っていた。


正直、『対岸の火事』程度に思っていたけれど、婚約発表プラス私のお披露目?があるなら、そうも言っていられない。


「……あ、そうですわ!シャロン様。式典で思い出したのですが!」


リゼス様がぴょこんと耳を立て、身を乗り出してきた。


「―――今、エストリアとカルヴィナを象徴したような、『共同の国家事業』の取り組みができないか、アイディアを探していまして、思いつきでかまいませんわ、何かございませんか?」


「国家事業?!―――ですか?ん~、私のような凡人には、想像もつきませんわ」

「そんな事、おっしゃらずに是非ともお聞かせください!」


思ったよりも必死なリゼスに、応えてあげたい気持ちにはなったけど、難しそうな話題には、つい思考が停止してしまうので、中々ついていけないのです。


(エストリアかぁ~、確か農業が盛んでカルヴィナは、食料の自給率が悪いから、そこを頼っているのだったよね。とするなら、流通の改善……もしくは、農作物の品種改良……ん〜)


所詮、私が考え得る事などたかが知れてる。


素人の浅知恵だ。


「申し訳ございません。私ではお役に立てそうにもありません」

「そうですか……」


リゼス落胆の表情で、あの可愛らしい耳もペタリと伏せてしまった。


そんな彼女の姿に、私は、エストリアの温暖な気候とイリアとの会話をふと思い出し、取り繕うように話題を変えた。


「あの~、アイディアではないのですが、エストリアで育つ多肉植物の種類は、豊富なのでしょうか?」

「多肉植物……ですか?」


突拍子もない私の質問に、リゼスは、困惑した表情を浮かべた。


「はい、イリア様が、研究の為に今、色んな多肉植物を探しているのですが、ほとんど流通しておらず手に入れづらい。と、おっしゃていたのを思い出しエストリアでは、どうかと思いまして」


「作物としては手掛けていませんから、ほとんど流通しておりませんね。ただ、好んで食する部族もおりますから、そこであれば手に入りやすいと思いますが、イリア殿下は、一体何を研究なさっているのですか?」


不思議そうな顔で質問したリゼスに、私は、「論より証拠」と言わんばかりにリゼスの近くに寄り、私の髪を見せた。


すると―――。


リゼス様の瞳が大きく、刹那の間に見開かれた。


「何ですのこれは!!す、凄いです!シャロン様の髪は、以前から、しなやかで美しいと思っていましたが、こんな秘密があるなんて……」


「秘密というわけでは、ありませんが、イリア様が個人的に作られている物で、―――」


「シャロン様!!是非!是非!!この件をイリア殿下へお取り次ぎ願えませんか?!」


リゼスは、私の手を取り、鼻息荒く興奮気味に私に詰め寄ったものだから、その勢いに圧倒され、私は、つい後退りして教壇から足を踏み外した。


「きゃ~っ?!」

「危ない!!」


私とリゼスは、教壇にある机ごと折り重なるように、ドン!ガシャーン!!と、ふたりして派手に転んだ。


すると―――、


「どうした?!もの凄い音がしたが、大丈夫か?!」


突然部屋の扉が開き、慌てた様子でノエルが中に入って来た。


「ノエル?!」

「ノエル殿下??」


「「ご、ごきげんよう~」」


私とリゼスは、揃って折り重なったまま、顔を真っ赤にして恥ずかし気に挨拶をした。


私達の様子を見て、ノエルは、大事が無いとわかり、安堵の表情で事情を聞いてきた。



「―――、なるほど、そう言う事だったのか、わかりましたリゼス殿下。その件に関しては、私から妹のイリアへ伝えておきましょう」


「本当ですかノエル殿下?!ありがとうございます!!実のところ来年行われる式典で、互いの国を象徴する様なものが無く、わたくしも苦慮しておりまして、上手く事が運べば、なんとかなりそうです!」


「リゼス殿下には、シャロンのことで、無理もきいてもらっていますから、このくらいお安い御用です」

「助かります。では、よろしくお願いいたします」


リゼスは、深々と頭を下げた。


「ところで、ノエル殿下は、どうしてこちらに?」

「予定していたよりも早く到着したので、授業が終われば夕食までの時間、シャロンと庭園を散策しようかと思いまして」


「なるほど、お熱いことですわね。ふふふ……であれば、ここの片づけは、わたくしがやっておきます。どうぞシャロン様も行ってらして」

「そんな、私も手伝います」


リゼスの耳は、まるで彼女の心のご機嫌を代弁するように、リズムよく左右に揺らした。


「わたくしの侍女達に手伝わせますから、大丈夫ですよ。殿下のお誘いです。どうぞ行ってらっしゃいな」


そう言って私の背中を押し、戸口へと向かわせた。


「わかりました。では、お言葉に甘えて、失礼いたします。講義ありがとうございました」

「はい、お疲れさまでした」


ぺこりと頭を下げた私に、リゼスは、笑顔で答えた。


「あっ、そうだ!忘れないうちに言っておかないと、……」


私は、刻印のあのピリピリが気になり、できれば今夜、ノエルが王宮に帰ってしまう前に相談しようと思った。


「―――、殿下、今夜、私が湯浴みをすませた後で、部屋にお越しいただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


するとノエルは、赤ら顔であたふたするし、リゼスは、にんまりして口に手を当て目を泳がせた。


「バ、バカ!そう言う事は、ふたりっきりの時に!!」

「ん?」


慌てるノエルのその言葉に、私は、はじめ疑問符しかなかったけど、ノエルとリゼスの露骨な態度を見て、ようやく自分の放った言葉に、とんでもない含みがあったことを理解した。


(……!! ま、まさか、二人に『夜のお誘い』だと勘違いされた!?)


やってしまったぁぁぁっ!!


「―――ち、ち、ち、違うからね!そういう意味じゃ、ないからね!!」


私は、慌てふためき全力で否定したが、ノエルは、頭を抱えるし、リゼスには、「おほほ……」と、わざとらしい咳払いまでされてしまった。


(はぁ~)


かつての黒歴史を消し去るどころか、その上からさらに鮮やかな赤っ恥を上書きしてしまった。


私の顔は、もはや重ね塗りを繰り返した安物の漆器よりも赤くなっているに違いない。


……また彼女の前で、忘れたい過去(恥)の上塗りをしてしまった。


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