第51話 はじめてのまほう!
「ゔ~っ、アイラ~」
「ひゃっ!? な、なんですか突然!」
ダンスのレッスンを終え、部屋を出るなり私はアイラに飛びつき、そのお腹に顔を埋めた。
「足痛いよ~、くん、くん。腰が痛いよ~、くんか、くんか」
「ちょ、ちょっと!!シャロン様、変な声を出しながらあたしの匂いを嗅ぐのやめてください!」
「いいじゃん!アイラの匂いって、なんか凄く落ち着くんだもん!くんか」
「もう、私をサシェ(香り袋)みたいに扱わないでください! 恥ずかしいですっ!」
「ん?スン、スン、何だか甘い匂いがする!」
「あぁ、ついさっきまで、焼菓子を作っていたからかな~?って、何で分かるんですか!?ある意味、怖いです!ナタリーさんも見てないで、助けてください!」
私の抱擁(という名の捕獲)から逃れようとジタバタするアイラを、ナタリーは涼しい顔で見守っている。
「えぇ~、私もそっちがい~い!二人と一緒に焼き菓子作る~」
「何を言ってるんですか?次、シャロン様は、礼儀作法のお勉強です。アイラ!そのまま、お部屋まで連行なさい!」
「はい、です!!」
「やだ~ぁ~!私、嘘つけないんだから、ナタリーが、《シャロン様は体調が優れません!》って、言ってきて~」
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと行きますよ」
ナタリーは、駄々をこねる私を冷たくあしらい、そう言った。
「ナタリーのケチ!」
その場にしゃがみ込み、床に「の」の字を書く私をナタリーは、フンっと短いため息をついて、次の部屋へと足を向けた。
けれど―――「そうでした!」と、ナタリーは、すぐに立ち止まり、エプロンから一通の手紙を取り出すして、私にそれを差し出してきた。
「先ほどパルテール教の使者の方がお見えになり、こちらをシャロン様へと」
「手紙?ブリトニー様からだ!」
ブリトニーから寄せられた手紙は、私とノエルに宛てられているものだった。
内容は、私を迎える準備が整ったから来て欲しい、との事―――。
「サルモラ大聖堂かぁ~。確か、私に《渡したい物》があって、なんか、たくさんあるとか言ってたわよね」
「はい、ブリトニー様は、それをシャロン様へお返しすると、確かあの時おしゃっていましたね」
アイラは、顎に人差し指を当てながら、そう言った。
「そうだったわ!ん、返す?何を??あなた達、何か心当たりないの?」
ふたり共、首を振った。
「そっか、……。まぁ、行けばわかるか」
そう!考えてもわからないことは、考えない!
私のどうでもいい『何の役にも立たないパッシブ(常時発動)』スキルが効果を発揮した!!
「そうだ!今日、ノエルがここへ来る予定だったわよね?」
読み終えた手紙をナタリーに渡すと、ナタリーは、深く頷いた。
「はい。例の件の報告を兼ねて、夕食時にお見えになると伺っております」
「やっぱり、そうだったよね。じゃ、その時にノエルに相談して、訪問する日程を決めないといけなか~」
さっきナタリーが言った「例の件」とは、三日前に行った魔法実践の結果報告の事。
もちろん、言い訳なんだけど、最近の私が、授業に身が入っていない原因のひとつなのだ。
三日前―――、
◇
「それでは、シャロン様。実際に魔法を使ってみましょう!」
「はい、先生!」
私は、腕まくりをしそうなくらい、興奮気味にそう答えると、クレアは、いつもの困り顔で頷いた。
魔法の実践は、万が一に備え『セグナとヒースがついていれば良い』と、いう条件で許可してもらった。
私のすぐ左隣にはセグナが、少し離れて反対側にヒースが、そして後ろにはクレアが、―――万全の体制!
「では、シャロン様。右手の親指と人差し指を合わせ、指で円を作ってください」
「はい」
私は、クレアの言う通りやってみる。
「―――そうです!できた円の大きさの球体を手のひらの上にイメージしてから、そのまま、手のひらを天に向け、」
「こうかな?」
「―――はい。その球体が闇を照らす、ろうそくの明かりのように光り輝くようにイメージして、―――。最後に、背中に感じる魔力が体内を巡り、右手に収束していく感じで、《光り、照らせ》と言う意味の、イルミネと唱えてください」
私は、目を閉じ、静かに頷いた。
フッっと息を短く吹き、体内を巡る魔力を『ゾワッ』っと感じると、右手にゆっくりとだけど、伝わり集まるのが解った。
けれど、……。
「あっ!消えちゃった?」
右腕にまで感じていた魔力が、そこで霧散してしまった様に感じた。
「シャロン、フェイルだ。魔力の流れは感じとれたか?」
腕組をし、第三の目で私を見ていたセグナが、尋ねた。
「えぇ。ただ右腕に集束した後、消えちゃった様に感じたかな?」
意外と難しいと思った私は、苦笑った。
「なら、大丈夫だ。上手くいってるはずだから発動するまで、コントロールすることを意識して、もう一度」
「うん!やってみる!!」
胸の鼓動が、少しだけ早くなる。
何だか、少し緊張する。
小さい頃に憧れ、妄想した魔法が―――、私にも使えるかもしれない!
そんな逸る気持ちを抑えつつ、私は、フッと短く息を吐き、もう一度やってみた。
『親指と人差し指を合わせ、指で円を……。できた円の大きさの球体を手のひらの上にイメージして、そのまま、手のひらを天に……。球体が闇を照らし、光り輝くようにイメージして』
私は、静かに目を閉じた。
『魔力が体内を巡り、右手に収束していく感じで……』
体を巡る魔力をゾワッっと感じるあの感覚。
今度は、さっきよりもハッキリ感じる。
『魔力の流れを感じ、発動するまで、コントロールすることを意識して、―――』
「イルミネ!《光り、照らせ》」
そう、唱えた後、収束していた魔力がフッっと抜けたような感じがした。
私にとって、『初めての魔法』。
期待を胸に、私はそっと、目を開けた。
すると、手のひらの上で光り輝く球体が、―――。
(??あれ?無い?!)
「あちゃ~、失敗しちゃった!上手くいかないものねっ」
今度は、成功したんじゃない?!
何て、根拠もない自信を持っていた私は、恥ずかしくなって舌を出し、頭を掻いていると、
「ちょっ、シャロン!ストップ!ストッーーープ!!」
慌てて、今にも飛び掛かってきそうな勢いのセグナが、私を呼び止めた。
「えっ?」
ヒースは、ポカーンと、空を見上げているし、クレアに関しては、尻餅を突いて、あわあわしてる。
「ん?どうしたの?みんな」
私は、ヒースにつられて上を見た。
けれど、そこには何も無く、意味が分かんない!
ホッと胸を撫で下ろし、安堵の表情でセグナが説明をしてくれた。
セグナの話によると、私の頭上に、人よりも大きな球体が、直視できないほどに光り輝き、すぐ消えた!と、いう。
初めての魔法というのは、個人差は、あるものの、魔力のコントロールが上手くできずにイメージしていたモノより小さいことは、よくあるが、逆はあまりなく、しかも、これほどまでに大きな誤差は、聞いたことがないそうだ。
術発動のプロセスは、間違っていない!
上手くいった!!
問題は、魔力のコントロールだと、セグナは、そう私に言った。
けれど、魔力量の誤認は、術発動者にも周りにも危険が伴うので、私の魔法使用は、当面、『離宮内で禁止』にされてしまった。
◇
多分、赤ん坊に拳銃を持たせるようなもの、なのだと思う。
当然、その一件以来、魔法に関する授業は無くなり、私にとって興味の薄い、退屈なお勉強の日々が再開した。
「は~ぁ~」
―――だから、ため息だって出る!
カーン、カーン、カーン
到着を知らせる鐘の音だ。
「ん?まだ、到着には早い気がするけどノエルかな?じゃあ、迎えに行かないと!」
お迎え!と、いう大義名分を二人にちらつかせ、この場からの逃走を試みた私だったけど、例のアレが、発動してしまった!
「『本当は、次の授業に行きたくないだけ、なんだけどね。ぷぷ』―――、あっ!」
当然ながら、ナタリーとアイラにしっかり聞かれてしまった。
ふたりは無言で相槌を打つと、私の両脇を抱え、礼儀作法を教えてくれる先生、リゼスが待つ部屋へと私を放り込んだ。




