第49話 赤い糸
「どうだ?シャロン。何か違いはあったか?」
「う~ん。ないかも……」
謁見の間に戻った私達は、再度、検証を続けていた。
前回との違いは、これも検証の一つだというノエルの提案で、話し方を変える。
―――つまり、敬語を排して対等に話すという『縛り』が加えられたことだった。
(ん~、それって本当に検証なのかな?ただノエルがそう私に呼ばせたいだけじゃないの?!)
「ダメか……」
私たちは互いの顔を見合わせ、力なく苦笑いした。
「私、能力のようなものを使った感覚は、なかったんだけどな〜」
「しかし、シャロンが感覚的に部屋に入る私だけを捉えたという事なら、やはり刻印が関係しているはずなんだがな」
「そういえば……。ねぇ、ノエル。的外れなら、聞き流してもらっていいんだけど」
「構わない。どんな些細なことでもいい、思ったことを言ってくれ」
「この部屋に入ると、その、背中に注がれている魔力?でいいのかな?それが、なんかギュ~ッと細く、紐というか『糸』のようになる感じがするのね」
「糸?」
「そう。いつもは、刻印全体で受けている感じなんだけど、この部屋だとなんだか細く感じるかな?」
「途切れることは?」
「それは無いかな」
「なるほど……。てっきり、対魔ブロックに囲まれた、この部屋だと魔力は霧散して、届いていないと思ってたよ」
「ただ、引っ張られるような感覚ではないから、明確に(あっちだ!)って方向が分かるわけじゃないの。なんとなく、伸びている方向が分かる気がする、くらいで……」
自分の感覚を言葉にするのは、もどかしいほどに難しい。
「ふむ……、イメージ的には、糸や紐の類いが弛んでいる状態で、縷々と続く感じでいいのか?」
「うん、うん!そんな感じかも」
私の拙い説明でもノエルは、ちゃんと拾ってくれる。やっぱりこの人は凄い!
「わかった、ありがとう。そのあたりも、おババに会った時に詳しく聞いてみるか、―――」
私とノエルは、『糸』をイメージして、できる検証がないかを話し、いくつか試してみた。
けれど、大した結果は得られず、また振り出しに……。
「ねぇ、ノエル。検証に全く関係ない話なんだけど、いい?」
「ん?あぁ、もちろん構わないが?」
この話し方にも、随分慣れてきた。
「糸で結ばれた二人、と言えば……私がいた世界には(赤い糸)という言葉があるの」
「赤い糸……?」
「(運命の赤い糸)って言うのだけれど、聞いたことはない?」
「いや、知らないな」
「私の元いた世界の話なのだけれど」
「ほう。それは興味深いな」
検証に疲れてきたのか、あるいは異世界の文化に興味があるのかは、わからないけどノエルは、前のめりで話を聞いてくれた。
「私の世界では、運命を共にする相手とは見えない赤い糸で結ばれていて、その、赤い糸で結ばれた二人は、どんな困難があっても出会い、恋に落ちる……。それは、どれだけ近づいても絡まることはなく、どれだけ離れていても切れることがないと、言われているの」
恋愛に対してあまり、興味がないと思っていたノエルだったが、私の話を真剣な表情で聞いている。
「発祥は、私の住んでいた国の隣国でそこは、歴史が古く文芸文学に秀でている国なんだけど、とても古い時代から絶賛される書物が、数多く生み出されていた場所。で、その中の一つの物語が由来となって、私の国では、(運命の人とは互いの左手の小指に、見えない赤い糸で繋がっている)と言われているのよ」
私は、自分の左手の小指を立て、ノエルへと向けた。
「左手の小指、……か、」
ノエルも自分の左手の小指を立て見た。
「そう、小指にはあと、『約束』や『愛』の意味があって約束を交わす際は、こうして―――、」
私は、そう言って、見せていた小指にノエルが立てた小指を絡めた。
「指を絡めて、お互いに約束を違えないことを誓い合うの」
するとノエルは、驚いた表情を浮かべ、
「そ、そうか!だから、あの時、シャロンは小指を立てていたのか」
「あの時?!」
私は、わからず小首をかしげたが、ノエルは、私の何かを思い出したのか、急に頬が赤くなった。
(えぇ~、ちょっとお願いだからこのタイミングで、照れないで~!!こっちまで恥ずかしくなるじゃない!)
私は絡めた指を素早く解き、慌てて背中の後ろへ隠した。
「見えないのに、赤いのか……」
自分の小指を見つめノエルは、フッ、と笑った。
すると、
「―――、では、あらためて互いの約束を交わそう」
彼の手が伸び、後ろに隠していた私の左手を掴み戻した。
そして、逃がさないと言わんばかりに再び小指を絡めてくる。
「シャロンは、私を信じること。私は、シャロンを守り抜くことを……」
ノエルは、片膝を折り、右手を胸に添えた。
―――騎士の誓いそのものの所作だ。
「じゃ、じゃあ私も。ノエルは、私を守り抜くこと。私は、ノエルを信じることを……」
私も、右手を胸に添えた。
「約束する」
「約束します」
しばらく沈黙が続き、何だか恥ずかしくなった私は、本当は怖い『指切りの歌』の由来でも話して誤魔化そうかと思った、その時だった。
扉の隙間から、聞き覚えのあるヒソヒソ声が漏れてくる。
「エッチだ!」
「エッチだね〜っ!」
イリアとセグナだ!
「も~う、セグ姉、押さないでよ!」
「おっと!これ以上は、見ちゃダメだよ。お子ちゃまのイリアには、刺激が強すぎる~ぅ!」
「あぁ~、も~ぉ~っ!セグ姉、見えないって!!」
ノエルは、背中から聞こえてくるふたりの会話を聞き、スックと立ち上がると明らかに苛立っていた。
「ふたりとも!部屋に入る前は、ノックくらいしろ!」
「ほら、セグ姉!やっぱり、怒られたじゃん!突然入って、慌てるふたりの顔が見たい!なんて言うから、そうしたのに」
「あはは、でも、『検証』なんて言ってたのに、ふたりで指絡めて何してたんだろうね?」
少し気まずそうなイリアに対し、セグナは、ニタニタと確信犯的な笑みを浮かべていた。
「はぁ〜〜〜っ!まったく、あのふたりは!!シャロン、考え得る検証は済ませたし、このくらいにしておこうか?」
「うん、そうね」
私とノエルは、この憎めない二人の乱入劇に、顔を見合わせて呆れ笑いするしかなかった。
実は、地獄のようなセグナとの鍛錬を済ませたイリアは、ご褒美に私達と昼食を一緒にとりたいとセグナにせがんだそうだった。
けれど、昼食の用意は、とっくにできているのに姿を見せない私達が心配になり、様子を見に来てくれていたみたい。
(イリアも、年相応に可愛いとこ、あるじゃん!)
「私も一緒がいい」と、ノエルに尋ねると「勿論だ」と、快諾してくれ、私達は謁見の間を後に、昼食が用意されている部屋へと向かった。
「あぁ〜!お腹が、空いた〜〜っ」
「えっ?セグ姉ほんと?朝、あれだけ食べてたのに??」
「あん?体動かせば、お腹だって減るだろ?」
「イリアは、しんどくって、減るどころか食欲わかないんだけど~」
「鍛錬サボるからそうなる!鍛錬はひとりだってできるんだから、私が、いないからってサボるんじゃないぞ!」
「み、三日に一回には、ならない?」
「毎日だ!!」
イリアは、あからさまに嫌な顔だ。
「ふふっ、こうしてふたりの会話を聞いていると、なんだか本当の姉妹みたいだね」
前を歩くふたりの後ろ姿を見ながら、ノエルに言った。
「確かにそうだな。セグナは、イリアが2、3歳くらいだったかな?その時から一緒にいるし、母上の側仕えとして、小さかったイリアの世話もしてきたからな。男兄弟しかいないイリアにとっては、セグナの存在は、大きいだろう」
「ん?何か言ったか?」
セグナが、振り向きざまに尋ねてきた。
「ううん。セグナは、イリアのお姉ちゃんみたいだねって、話」
「えっ、そうか?……。フン、まぁ、それは悪くないな」
セグナは、珍しく照れくさそうに笑った。
スラムで育ちの孤独なセグナにとって『家族』という存在が、どれほど特別な意味を持つのかをこの時の私は知らなかった。
「『―――ん!?何?』」
私は、刺さるような視線を感じ、思わず振り返った。
「どうした?シャロン」
足を止め、振り返った私に、ノエルが声を掛けてきた。
けれど、視線を向けた先に人影はなく、ただ静まり返った廊下が続いているだけだった。
「ううん、何でもないわ」
私は、はぐれると迷子になっちゃうから、慌ててみんなの後ろについていった―――。
◇
そんな私達を、物陰から怪訝そうな、そして冷徹な表情で見る女がいる事に、私達は気がついていない。
火種は、煙を出すことなく静かに、けれど確実に燻っていた。




